第6章 桜都国
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「ん〜、あともうちょっとだけ…」
あたりが眩しい。電気が付いたままのようだ。ガサゴソと物音が聞こえる気がする。浮上してきた意識が五感を少しずつ取り戻す。まずは視界、次に聴覚、そして鼻腔をくすぐる上品な香り。
「…あれ…?お茶の、香り…?」
サクラはゆっくりと体を起こした。
「目が覚めましたか?」
すかさず駆け寄った小狼はサクラにそっと手を差し伸べる。サクラは片目を擦りながら、地面に足を下ろした。
「はい。あの、これ…」
昨夜と違う部屋の様子に戸惑う。意識を失う直前のこの家には、今自分が座っているソファしか置いてなかったはずだ。ところが今はおしゃれなテーブルや椅子が並び、まるでカフェのよう。
「昨日、鬼児を倒して市役所で貰ったお金で用意したんだよー。服もこの国のに着替えたんだー」
皆それぞれ元いた国の服装ではなく、おなまーえとファイが見立てた服装で作業していた。なかなかな着こなしに、自身の目に狂いはなかったとおなまーえは自負する。
「でも黒るんのそれ、どう着るのかさっぱり分からなかったよー」
「こりゃ袴だろ」
「やっぱり黒鋼さんによく似合いますね」
「オレはー?」
「ファイさんはスタイルが良いから何着てもかっこいいですよ」
「きゃー!おなまーえちゃんにかっこいいって褒められたー!」
「モコナはモコナはー!?」
「モコナはフォルムが丸いから何着ても可愛いよ」
「きゃー!おなまーえにかわいいって褒められたー!」
「…一生やってろ」
モコナとファイは手を取り合ってクルクル回る。呆れた黒鋼は壁紙を貼る作業に戻った。おなまーえは残る買い物袋を両手で持ち、サクラにそれを手渡す。
「サクラちゃん用にも一応買ってきたんだ。そんなに難しい服じゃないから着てきてくれる?」
「は、はい!でも、あの…」
元気よく声を出したサクラは顔を真っ赤にして俯いた。
――ぐぅ〜〜〜
そして部屋に響く腹の虫。
「あ…」
「そうだね、まずはご飯からだね」
「モコナもー!」
「てめぇはさっき食べただろ!」
**********
食事後、サクラは着替えるため自室に向かった。おなまーえが食器を片付けて洗う。
「おなまーえちゃん家事手慣れてるねぇー」
横からファイがおなまーえの手元を覗き込み、ふにゃんと笑った。褒めてもらってると思っていいのだろうか。
「一緒に住んでた人が一切家事をしてくれなかったので、やらざるを得なかったんですよね」
「それって男の子?」
「いや、女の子です。粗雑で身勝手な子だから男の子みたいなもんですけど」
杏子はいなくなったわたしのことを心配してくれているだろうか。それとも都合の良い使用人が居なくなってイラついているだろうか。どっちにしても彼女らしいと思う。
異世界に飛ばされる前の最後の連絡も、結局夕飯のことだった。
「…その子のこと心配?」
「はい……カップ麺ばかり食べてないか心配です」
「おなまーえの料理、きちんとバランスとれてるもんね。侑子に食べさせたいくらい」
「ファイさんの足元にも及ばないよ」
「料理は練術と似たようなものだからねー」
ファイはテーブルを整えながら黒鋼に声をかける。
「黒わんこは料理できるー?」
「んなのやったことねぇよ。だいたいのもんは焼けば食えるだろ」
「ワイルドすぎません?」
「食って寝るとこがあれば生きてけるんだろ?」
「まぁそうですけど…」
「小狼くんはー?」
「おれは旅の途中でよく父さんの手伝いをしていました」
「じゃあ今度小狼くんに店番お願いしよっかなー」
話がひと段落し、2階からサクラが降りてきた。手を前に組んで、緊張した面持ちの彼女はそっとリビングに入ってくる。
「あの、これでいいんでしょうか」
「うん、似合ってる!」
「やっぱカフェにはウェイトレスさんだもんねー」
「ねー」
モコナがサクラの背中を押して小狼の前に立たせた。
「変じゃ…ない、かな?」
「!」
小狼は少し頬を赤く染めて、ふるると首を振った。可愛らしいサクラをみてうっすらと頬を赤らめているのを、外野は見逃さない。
「イチャイチャしてるー」
「いい雰囲気だねぇ」
「モコナはお子さまだから見ちゃだーめ」
「純愛だからセーフなの!」
「そういうもの?」
「そういうもの!…あ!」
突然モコナの目がめきょっと開かれ、口からお皿を吐き出した。さっきまで普通に談笑していたから、とっさにおなまーえは飛び退く。
「わ!?」
「何かあったんですか!」
「なんだぁ?」
一同の関心は一枚の皿に注がれる。モコナが吐いた大きめの皿には、茶色いかたまりが等間隔で並べられている。
「侑子から」
「ひょっとして差し入れー?」
「あの魔女がタダで差し入れなんかするか?」
「でも、美味しそうです」
「もしかしてこれ…フォンダンショコラ!?」
「ふぉんだん?」
「中にチョコが入っててね、あっためて食べるの!」
モコナが解説する。
ほんのりと甘い香りが漂う。まだ作られて間もないデキタテだ。フォークを差し込めば、トロットロのガナッシュが溢れ出てくることだろう。
「ちょうどいいからみんなで食べようよー。お茶もはいったし」
「やったー!」
モコナとおなまーえが手を取ってくるくると回る。ファイがお茶を淹れ、優雅なティータイムが始まった。おなまーえは大切に一口一口噛み締めながら食べる。底に細かく砕いたナッツが敷き詰められていて、いくら食べても飽きない食感だ。この旅に出てからというものあまり贅沢はできず、デザートなんて滅多に巡りあえなかった。
「おいしい…」
幸せそうに食べるおなまーえとは対照的に、黒鋼は怪訝な顔でフォンダンショコラを拒否した。
「俺ぁいらねぇぞ」
「じゃあわたしがもらいます」
おなまーえがすかさずショコラを横取りするより早く、ファイはショコラにフォークをぶっ刺し、それを黒鋼の口に放り込んだ。
「えいっ!」
鮮やかな犯行だった。黒鋼も口を閉じる間もないくらいで呆気にとられている。
――パクン
それ以上におなまーえの真っ白な顔が灰のようである。
「何しやがる!!」
「黒鋼食べちゃったー。侑子に言っちゃおうーとっ!」
「なんだと!?」
「いらないなら私にくださいよ!なんで食べちゃうんですか!黒鋼さんのばかばかー!」
「俺のせいじゃねぇ!!」
5人の愉快な声が夕方の空に響いた。