第6章 桜都国
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愚かな人間は何かを失うことで初めて平穏の大切さを学ぶ。
愚か者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。
だがこの世に賢者と呼ばれるものは誰一人としていない。
歴史なんて、結局その程度のことの繰り返しなんだから。
桜都国
可愛い女の子に出迎えられた、花散る都の桜都国。
一行は市役所から紹介されるがままに、とある一軒家でくつろいでいた。サクラはうとうとと舟を漕いでいたが、やがてポトリと頭を落とす。
「なんだか不思議な国だねー」
「ホテルとかコテージならわかるんですけど、普通の家ですよね、これ」
「住民登録ってのもなんだったんだ?」
「あ、えっとそれは…」
「小狼くん、その話はまた別の時にしよー」
「はい…」
「あ?」
解説をしようとした小狼を不自然に止めるファイ。この国に来てすぐに登録をすすめられ、面倒な手続きは全て小狼とファイに任せていた。結局なんのための登録だったのかも聞いていない。
「さて、寝る所も確保したし後は…」
「羽根の在り処ですね」
「…本当に少しだけどサクラの羽根の力感じる。羽根、この国にある」
「また誰かに取り込まれてたりするのかもしれないねー」
「すぐに見つからないものですね。高麗国のときはわかりやすかったけど…」
阪神共和国の時と同じように曖昧な回答だが、この世界にあるというのであれば留まる必要がある。
「じゃあ…」
続けて小狼がモコナに問いかけようとしたその瞬間。
――ガシャーン
「「「っ!?」」」
突如サクラの寝ている背後の窓が割れ、黒い鬼のようなものが入ってきた。素早く、黒鋼がサクラを抱えて下がる。ファイはおなまーえの手を引き自身の背後に回した。
「あー、お家を借りたらいきなりお客さんだー」
「招いてねぇがな」
「なんですかアレ」
真っ黒な体と真っ白な目が、生ある生き物でないことを表している。異様に長い手足の先は鎌のようになっていて非常に鋭い。そして極め付けは額から生えているツノ。まるで昔話に出てくる悪鬼や悪魔のような形相であった。過剰表現無しに、気持ちの悪い生き物だ。もはや生物かどうかも怪しいところ。
ソレは刃物のような腕を振り回し、小狼を追いかけ回す。鋭い攻撃を彼は難なく避けていく。
「っ!」
右からの攻撃に小狼が対応できず、肩に傷を負った。彼は少し顔を歪ませたが、壁に足をつくとくるっと一回転し、鬼に向かって一気にかかとを叩き落とした。
「ナイス小狼くん!」
地面にめり込みこそしなかったが、相当な圧力で潰された鬼は沈黙する。得体の知れないものがひとまず動かなくなり、一同はほっと胸を撫で下ろした。
「お疲れさまー」
「肩の怪我、大丈夫?」
「はい、これくらいは大丈夫です」
「可愛い女の子が出迎えてくれたり綺麗な家を紹介してくれたり親切な国だと思ってたけど、結構アブナイ系なのかなー」
――ブアッ
ファイの呟きに反応するかのように、鬼が溶け出した。
「消えた!」
小狼が驚きの声をあげる。まるでわたあめが水に溶けるように、跡形もなく消えていく。残ったのは割れた窓と荒れた室内のみ。
普段魔女という敵と戦っていたおなまーえにとっては、敵が消えることなど見慣れた光景だったが、普通は消えてなくならないのかと納得した。
「やっぱり、危なそうな国だねぇ」
黒鋼の言う通りリラックスしてる暇は、本当はないのかもしれない。
**********
2日目の朝。
ファイと小狼が役所へ行き、おなまーえと黒鋼が留守を預かっていた。家の掃除を一通りこなし、やっと腰を下ろした頃に勢いよく玄関の扉が開いた。
「ただいまー」
「ただいま帰りました」
「おかえりなさい」
ファイはすぐさま黒鋼に近寄る。
「黒わんた、いい子で待ってたー?」
「だから犬みてぇに呼ぶな!」
「忠犬みたいに丁寧に掃除手伝ってくれましたよ」
「…いい度胸だな、小娘」
「あのねぇ、仕事決めてきたよー」
「あぁ?」
「この国で仕事するんですか?」
「働かないと情報も何も買えないと言われてしまいまして」
「へぇ…」
そんな簡単に仕事ができる国なのだろうか、ここは。普通は資格とか許可とかいろいろなものが必要なはず。それらを全てすっ飛ばしてやりたいものができるだなんて、まるでゲームのようだ。
ファイを引き離すと、黒鋼は乱暴にソファに座り込む。おなまーえも隣にそっと腰をかけた。
「で、なにすんだ?」
「えとねー、小狼くんと黒わんは鬼児を倒して、んでお金持ってきてー」
「…はい?」
オニを倒してお金を持ってくる?狩りのようなことをするのだろうか。そもそもオニとは一体何のことだ。ファイの説明は省略されすぎてて、詳細が全くわからない。
「…ガキ、説明しろ」
「はい」
ファイから聞き出すことは諦めて、黒鋼は小狼に説明を求める。
「鬼児っていうのは…」
「えーん、黒わんころがほったらかしにしたー」
「嘘泣きはやめろ!」
ファイはおなまーえの元にフラフラっとやってきてしゃがみ膝に突っ伏した。ソファに腰をかけるおなまーえの膝が重くなる。
「!」
「慰めてー、おなまーえちゃーん」
肺がへこんでいくのがわかる。心臓がうるさい。うるさい。うるさい。
「……」
短く息を吐き、精神を落ち着ける。いつも通り、いつも通り振舞えばなんてことはない。
「……よーしよし、ファイさんはいいこですねー」
「小娘も甘やかすんじゃねぇ!」
いつもやってもらっているように、小さな手のひらで金色の髪を撫でつけた。糸のように繊細なそれが指の間を通り抜けていく。溢れるそれが光に反射してとても綺麗で、まるで絹を触っているようで、うっとりと眺める。
「モコナもモコナもー!」
「ハイハイ。定員1名なのでファイさんどいてください」
足をよじり、ファイを引き離す。ほらこれで元通り。
「うえーん、おなまーえちゃんもオレを仲間外れにするぅ」
「嘘泣きはやめてください。ほらおいで、モコナ」
柔らかく白いもこなを引き寄せる。黒鋼がまんじゅうと呼ぶのも納得の触り心地だ。
いつも通り、平常心。
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