第5章 ジェイド国
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閑話休題。
小狼の推理で子どもたちを拐っているのはカイルであるということがわかった。彼が問診した子どもが数日後に必ずいなくなっていることと、昼間問診していた子どもの不可思議な発言から、カイルが催眠術かなにかをかけているという結論になったのだ。
そして一番決定的だったのは、この国の歴史書の破かれた不自然なページ。グロサムが所有していた歴史書と合わせると、そこから抜け落ちているページが明らかになり、ほんの少しの記述が子どもたちを見つける手がかりになった。
「城にいるのは明白だったが、こうも冷たきゃ渡れねえな」
幅の広い川は勢いが強く、上流へ向かって歩いているファイと黒鋼にも時々水しぶきがかかる。そしてそのソレは巧妙に隠され、だが魔術を知るファイの目は欺けなかった。
「あー、あったあった、水を止める装置」
不自然に整った隠蔽。誰かが新たに被せたであろう新雪を払い除けると、バルブのような装置が現れた。黒鋼がそれを軽くひねる。
――ギィッギィッ
鈍い音を立てて川の底がもりあがる。
――ズシン
バルブが動かなくなると、川は完全に分断されて流れが堰き止められた。簡素なダムは流れの激しい川を穏やかにさせた。これならば泳いで渡ることもできるし、足元に岩なんかがあれば子どもでも渡ることが可能だ。
「『ひゅー』さすがくろりん。これで城のある反対側まで行けるねー」
「小娘もあの城にいんのか」
「うん、いるよー。確実にね」
「どうしてそう言い切れる?」
「この宝石が持ち主を求めて魔力の信号みたいなものを発してるんだよ。引き寄せられる感覚っていうのかなー?」
昨日カイルから受け取った宝石を見せる。宝石は持ち主を求めて淡く光っていた。
「体が無事なら平気だけど、この寒さだと凍傷とかになりそうだから心配だねー」
「とか言いつつ冷静だな」
「そう見える?」
「カイルからその石っころ受け取ったときは相当焦ってたみたいだがな。なんなんだ?その石は」
「…オレの口からは言えないかな。オレだって全部見抜けてるわけじゃないし、おなまーえちゃんも全部知ってるわけじゃないと思うー」
「……」
「でも確実に言えるのは、これはあの子が持ってないと意味がないし、持ってなくちゃいけないものだよ」
黒鋼や小狼ですらみたことのないそれをなんでこの魔術師が知っているのか、黒鋼は見当がつかない。ただ一つわかるのは、悪意を持って誰かが何かを隠しているということ。それをファイは薄々気がついているが、当の本人であるおなまーえは知らないということ。
「……」
だがファイもそれ以上話すことはせず、黒鋼もそれ以上は詮索することはなかった。
**********
城の造りというものはだいたい似通っているもので、ファイは慣れたように城内を散策する。小狼の元に戻り、いよいよカイルも正体を現した。
小狼・黒鋼・モコナがカイルを追いかけて城の地下へと行くのと反対に、ファイはおなまーえを探すために上層階へと足を進める。ソウルジェムが持ち主の方向を微弱な魔力で示してくれるから、それを頼りに大体の方角を把握できる。
「……みつけた」
おなまーえの体は思いの外すぐに見つかった。カイルも隠す気はなかったのだろう。この城の姫が使っていたと思われる部屋の床におなまーえは打ち捨てられていた。
「……」
首にベットリとついた血はすでに凍ってはいるが、見ているこちらとしてはひどく痛々しい。おなまーえの胸元にそっと手を添える。
「……誰も連れてこなくて正解だったね」
その体は息をしていなかった。心音も脈も動いていなくて、ぐったりとした様はまるで死体のようである。
おなまーえは繰り返し繰り返し、自身のことを『普通の女の子』と評していた。その言葉に嘘はないし、彼女はれっきとした一般人だ。天性の素質も魔法を使えるほどの魔力も持っていない。ただの少女がどうして魔法を使えるようになったのか。その理由も対価も、きっと彼女自身は自覚していない。
(なら、せめて知らないままでいてくれ…)
ファイはおなまーえの手にそっとソウルジェムを置いた。
**********
「んっ」
おなまーえは冷たい床の上で目を覚ました。結構長いこと眠ってしまっていたらしい。首やら腰やらがひどく痛む。
はて、私はどこにいて何をしていたのだっけ。ぼんやりする彼女の視界に、白く温かな影が写る。
「起きたー?」
「…ファイ、さん?」
寝起きにしても感覚が鈍い。クラクラする頭と回らない呂律でぽつりぽつりと言葉を吐く。
「あれ…たしか私…足跡を追いかけて…」
宿屋から出て怪しげな足跡を追って、そして最後に見た人物の邪悪な笑み。
「っ!カイル!!」
寝坊した学生のようにおなまーえは飛び起きる。先程の無気力がまるでウソのようた。
「ファイさん聞いてください!カイルが子どもたちをさらって城に!」
「うん、大丈夫だよ」
「違うんです!あいつが犯人だったんです!」
「うん、今は小狼くんが追いかけてくれてるー」
「あ…」
あれからどのくらい時間が経っているか分からないが、カイルが悪人であることはすでに承知済みらしい。
「よかった」
ほっと胸を撫で下ろし、肩の力を抜く。ようやく辺りを見回す余裕も出てきた。
「ここは…お城ですか?」
「せいかーい。たぶんお姫様の部屋だったんじゃないかなー」
なんせ300年前のお城だから砂と埃がひどいけらど、インテリアが端々で女性らしさを醸し出していて、辛うじて元の雰囲気が伝わってくる。
「それよりおなまーえちゃん、首痛くないー?」
「首…?」
ファイに促されて、でもさすがに首を見ることは出来ないから自らの視界の届く範囲を見下ろす。紺色のドレスにべったりとこびりついている赤。それを理解するまでに少々時間を要した。
「…血?」
「すっごい派手についてるけどおなまーえちゃんの血かなー?」
「えっと…」
気絶する前の記憶がかなり曖昧だ。足跡を尾行していたらカイルに見つかってしまって、そのあとなにをされたんだっけ。覚えているのは薄暗い冬の空だけ。
「わかんない…」
気絶したショックで記憶が飛んでしまったらしい。加えて長時間の気絶のせいでひどく頭が痛い。我ながら情けない。
だが思い出せないと告げると、ファイは安心したように微笑んだ。
「でも、傷はないみたいだから大丈夫そうだね」
「はい、寝くじいた以外は特段なんとも…」
「よかったー。おなまーえちゃんにはあとでたっぷりお説教が待ってるからねー」
「ええ!?」
「当たり前でしょー。危険なのわかっててひとりで出ていったりしてたし?」
「いや、あれは確信がなかったから声かけなかっただけで、時間も遅かったし…」
「そういう変な気遣いは大丈夫だから、ちょっとでも危ないなーって思ったら遠慮なんてしてないでオレか黒様を頼ってよ」
「…はい、すみません」
有無を言わさないファイの笑みに、首を縦に振らざるを得ない。実際、甘い読みで失敗してしまったのは事実だし、その結果旅の仲間に迷惑をかけてしまった。もっと早く魔法少女化していれば、もっと早く事は済んだだろう。
(あれ?そういえばソウルジェム…)
最後取られたような気がしたが、透明な宝石は今自分の手元にある。カイルがそのまま返してくれたのだろうか。何にせよ、壊されなくてよかった。
おなまーえは人肌に暖かいそれをギュッと握った。