第5章 ジェイド国
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サクラが目を覚ますと、隣のベットにいるはずのおなまーえが既にいなかった。身支度を整え、モコナを抱えて廊下に出ると、ファイと小狼と黒鋼が待っていた。
「サクラちゃん、おはよー」
「おう」
「おはようございます」
「…おはようございます」
特に変わった様子はないし、誰もおなまーえについて触れない。サクラはキョロキョロと周囲を確認する。
「どうしました?」
「あの、おなまーえちゃんが…」
「もしかしておねぼーさんだった?」
「いえ…夜中目が覚めたとき、夢かとも思ったんですけど、そのときは隣にいました。でも朝起きたらいなくって…」
「!」
3人の顔が強張る。サクラが今出てきたばかりの扉を開けると、やはり毛布の下はもぬけのからであった。争った形跡は特になく、彼女の上着がなくなっている。
「多分おなまーえちゃんが自分から出ていった感じだね」
毛布の下は冷え切っている。いなくなったのはつい最近のことではなくて、真夜中の時間ということになる。
「子供がー!!」
「!」
「今度はなんだぁ?」
外から女性の叫び声が聞こえた。4人は慌てて玄関から外に出る。女性が昨夜見回りをしていた男性に縋り付いている。
「子供がどこにもいないんです!!」
女性の持っていたぬいぐるみから、いなくなった子供は昨日小狼が話しかけた少女であるとわかった。街の人々が騒めく。
「ちゃんと鍵も掛かってたのに!!」
「壊されたのか!?」
「中から開いてるんです!!絶対に鍵は開けちゃいけないと教えてあるから、あの子の筈ないわ!やっぱり金の髪の姫が子供達を…!」
おなまーえがいなくなったのは昨夜。この女性の娘がいなくなったのも昨夜。偶然にしては出来すぎている。
「…じゃああれは夢じゃない?」
サクラが静かに呟いた。
「あれって何だ!?」
その言葉を聞き逃さなかった男がサクラに食ってかかる。小狼が男とサクラの間に立ちはだかる。
「昨夜、雪の中を金色の髪をした白いドレスの女の人が、黒い鳥を連れて歩いて行くのを見たんです」
「やっぱり金の髪の姫が子供をさらって行くんだわ!」
「北の城の姫君だ!」
「姫の呪いだ!」
「いい加減にしないか!」
街の人々は不安の声をあげた。グロサムの叱りつけるような声も、今は悪戯に市民の不安を煽るだけであった。カイルが騒ぎを聞きつけて走ってきた。
「また子供がいなくなったんですか!?」
「先生、昨夜この余所者達は家から出なかっただろうな」
「いつ急患が来ても良いように、私の部屋は入り口のすぐ隣です。誰かが出ていけば分かります」
「…婚約者とやらがいないようだが?」
「…体調が優れなくて、まだ部屋で寝てるんですー」
「……」
ファイがあっさりと嘘を答えた。ここでおなまーえが行方不明と言ってしまえば疑いの目は一層深くなる。今は情報収集のため、自由に動く方が先決だ。
「す、少しでも手掛かりがないか探しましょう」
町長の掛け声とともに、街の人たちは辺りの散策に繰り出した。グロサムからの突き刺さる視線はそのままに、一行は宿屋に一時避難をする。
「朝食の準備が出来てます。昨晩はろくにご用意できませんでしたから、まずは召し上がってから捜索しましょう」
「ありがとうございますー」
「あ、あとこれ…」
カイルは透明な宝石のような石を取り出した。
「!」
「これ、今朝方玄関の外に落ちていたんです。みなさんのものだったりしますか?」
「いや…」
「オレの婚約者のです」
「…?」
見覚えのないそれに小狼が首を振るより早く、ファイが遮った。いつにない真剣な彼の声に、サクラも驚く。
「じゃあファイさんにお渡ししておきますね」
「ありがとうございますー」
だが次の瞬間には、元のにこやかな笑顔に戻り、ファイはその宝石を両手で受け取った。透明に輝くそれは、阪神共和国で見た時よりやや霞んでいた。カイルが行ったことを確認して小狼が口を開く。
「それ、おなまーえさんのなんですか」
「おなまーえちゃんの魔力の結晶っていうのかなー。一回見せてもらったことあるんだけどね。これって手放しちゃいけない系のやつなんだよね」
「つまりなんだ?あの小娘は失くしちゃならねぇモンを落とすくらい急いで出ていったか…」
「もしくは誰かに襲われて宝石だけ玄関に置かれていたか」
「そういうことだね…」
彼女は本当に危ないと感じたときは、夜中であっても声をかけていくタイプの性格だ。だから小狼の言う通り、油断していたところを襲われた可能性の方が高い。しかも魔法少女になって逃げるタイミングを窺う余裕もなく拐われた。
ひんやりと冷えきった宝石を、ファイは温めるように両手で包み込んだ。
**********
死の冷たさは新雪に足を下ろした感覚に似ている。つけた瞬間はほんのりと暖かく、滲み入る氷が体を崩していく。少しずつ失う感覚で、人は錯乱する。
(私は…いまどうなってるの?)
**********
ときは遡り、昨晩遅くのこと。
――ドサッ
おなまーえの体を石と砂の床に叩きつける。血は止まっているものの、その体はすでに呼吸をしていなかった。
「…魂うつしか」
カイルは先ほど取り上げたおなまーえの魔力の結晶を眺める。ゾッとするほどに美しい造形だが、それだけではないことに彼は気がついている。
「…僕が言うのもなんだが、悪趣味だな」
不穏分子を除去するのは簡単だが、殺すのは今ではない。イレギュラーの4人目が今後どういった働きをしてくれるのか、それを見届けてからでも遅くはないだろう。
カイルは宝石を壊さずにポケットにしまうと、鎖もつけずにおなまーえをそこに放置した。城の暗い一室は、まるで牢獄のようだあった。
**********
物語であれば、起承転結の『承』に当たる部分だが、ここではとある1人の少女の夢の話をしよう。
その子どもは現代社会ではわりと珍しく、孤児であった。両親の顔はとうに覚えていない。保護していた施設もひとりひとりの面倒までは見切れないから、比較的大人しかった少女はいつも一人で本を読んでいた。
その中でも特にお気に入りだったのが女児向けの童話。いわゆるお姫様と王子様が結ばれてハッピーエンドになる物語だった。
同級生より成熟した彼女は、だが夢だけは人一倍だった。
「キミは魔法少女になる素質がある。さぁ言ってごらん。キミの願いはなんだい?」
だからキュゥべえに声をかけられたとき。弱冠10に満たない歳の大人びた少女は、なんとも可愛らしい願いを告白したのだ。
「わたしは…お姫様になりたい」
少女の望みはお伽話の王子様への憧れそのもの。
16歳で歯車の糸に指を刺してもいい。継母のもとで使用人のような扱いをされてもいい。毒のりんごを食べて永遠の眠りについてもいい。
「じゃあその願い、叶えてあげるよ」
なんだって構わない。助けに来てくれる王子様がいるのであれば。