第5章 ジェイド国
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眼鏡をかけて、長めの黒鋼は髪を後ろで一つに結んでいる男はカイル=ロンダートと名乗った。カイルは医師をしていて、この町には1年前から住んでいるという。先生と呼ばれていた何も納得がいった。
「ありがとうございます、泊めて頂いて」
「気にしないで下さい。ここは元は宿屋だったので、部屋は余っていますから」
暖かい部屋に温かいココア。宿屋だといっていたから浴室なんかも揃っていることだろう。あわや野宿になるところだったから、この診療所に泊まらせてもらえるのは救いだった。
――バンッ
乱暴に玄関の扉がひらき、2人の男が部屋に入ってきた。白髪の老人と、身なりを整えた若い男性だ。
「どういう事だ先生!こんな時に、素性の知れない奴らを引き入れるなんて、正気か!」
「落ち着いて、グロサムさん」
身なりの良い男性がカイルに食ってかる。老人が男性をなだめるも、グロサムと呼ばれた男は止まらない。
「これが落ち着いていられるか!町長!!まだ誰も見つかっておらんと言うのに!」
「……」
まだ誰も見つかっていない。おそらく酒場で聞いた子どもたちがいなくなったという噂のことだ。
「だからこそです。この方達は各地で伝説や伝承を調べてらっしゃるとか。今回の件、何か手掛かりになる事をご存知かもしれません」
「どこの馬の骨とも分からん奴らが、何を知っていると言うんだ!」
「この地で暮らす者では分からない事を」
「っ!」
グロサムの表情からは本気で子どもたちを心配する様子が窺えた。だからこそ、この手詰まりの状況を打破するために余所者を入れることを全否定することはできなかった。苦虫を噛み潰したような顔をして、彼は背中を向ける。
「…これ以上、何かあった後では遅いんだぞ!」
「グ…グロサムさん!と…とにかくその人たちを夜外に出さんようにな、先生!」
来客は嵐のように去っていった。カイルがゆっくりと腰を下ろす。
「すみません、紹介もできないで」
「いえ…」
「今のが町長とグロサムさん。グロサムさんはこの町の殆どの土地の所有者です」
「大変な時にお邪魔しちゃったみたいですねぇ」
「隣町で聞きました。300年前の伝説の話も」
「私もあれは良くある只の御伽話だと思うんですが、まさか本当に子どもたちがいなくなってしまうとは…」
「見つかった子はいるんですか?」
「我々も手を尽くして探しているんですが、一人も見つからなくて。もう二十人になります」
「そんなに…」
サクラの羽根と子どもたちに一体何の関係があるのかはまだわからない。一行にとって行方不明の子どもたちのことは無関係ではあるが、それを放っておけるほど小狼も冷酷ではない。
夜は外に出るなと釘を刺されてしまったから、明日の朝に街や城周りを見学することにして、一行はひとまず休むことになった。
「とりあえず、宿は確保できたねぇ」
「街の人たちに銃で囲まれた時の小狼くん、ナイスフォローでしたね」
「父さんと旅してる時にもあったので」
小狼が眉を下げて笑った。
「でも、なかなか深刻な状況だねぇ」
ファイが廊下の窓から外を見下ろした。物々しい武装をした街の男たちが見廻りをしている。夜間も交代で警備をするのだろう。
「実際、伝説の通りに金の髪の姫君が関係しているのかは分からないけどねー。とにかく今日はもう遅いしー」
「サクラちゃんも限界みたいですね」
カイルの話を聞いているときこそ頑張って起きていたサクラだが、そろそろ体力の限界だろう。舟を漕ぐ彼女はいつ転ぶか分からなくて、小狼が慌てて支える。今日のところはおひらきにして、また明日話し合おうと一行は各人の部屋に入っていった。
**********
真夜中。慣れない寒さに目を覚ましてしまったおなまーえは、温かい飲み物をもらうためにこっそりと部屋を抜け出していた。
(確か台所はこっちって言ってたような…)
カイルから口頭で受けた案内を思い出し、記憶を頼りにゆっくり歩いていく。
――キィッキィッ
古い建物のせいか、気を抜くと軋んだ音が響いてしまう。ファイや黒鋼は気配に敏感だから、より一層静かに歩くように心がける。
(雪、止んでる…)
窓の外を見ると真っ白な地面が広がっていた。残念ながら窓ガラスが曇っていて遠くの方まではよく見えない。雪なんて風見野ではたまにしか降らなかったから新鮮だ。
ふと、窓の真下に目を落とす。本当に何の気もなしに、ただ雪景色を見るために見下ろしたのだが、思わぬものを発見した。
(…足跡?)
おなまーえたちのいる建物からまっすぐ外に向かって、雪の上に人の歩幅ほどの窪みができているのが見えた。旅の仲間が外に出るメリットはないため、あれはおそらくカイルの足跡だ。
(どこに行くんだろう、こんな時間に…)
一度抱いた不信感は募る一方。外に出るなと念押しはされていたけれど、バレなければ問題ないだろうか。最悪の場合、カイルと一緒にいたと言えばアリバイにもなる。
一旦自室に戻り、頭まですっぽりかぶれる上着を羽織ると、おなまーえは玄関からそっと外に出た。真新しい足跡を辿り、慎重に歩く。近くで見てわかったが、やはりこの足跡は旅の仲間のものではない。
ファイと黒鋼に比べて歩幅が小さいし、小狼に比べて足のサイズが大きい。
足跡はそのまま町の外まで続いている。辺りを見回すと、不安になるくらいには静まり返っていた。流石にこの時間だから、自警団の人たちも休んでいるようだ。
(……行くか)
ここまで来たらいよいよ怪しい。街の中であれば、急患などいくらでも理由が思いつく。けれどただの医者がこんな時間に、街の外に用事があるのは変だ。
ブーツに水が染み込むのも気にしないで、足跡を辿っていく。違和感は間もなく確信に変わった。
「お城…?」
足跡は川の手前で途切れていたが、目の前には荘厳な佇まいの城がそびえ立っていた。伝説では子どもたちはこの城に連れ去られ、二度と帰ってくることがなかった。今は廃墟となっているようで城のあちこちにヒビが入り、一部崩れているところもある。加えて、流れの急な川が長年の年月を通して地面を削り、城の基礎の部分を露出させているため、いつ崩壊するかもわからない。
生まれて初めて見る城というものに目が奪われて、私は背後から近づいてくる気配に気がつかなかった。
「おなまーえさんダメじゃないですか、こんなところにいちゃ」
「っ!!?」
突然のカイルの声に振り向こうとしたときにはもう遅い。
「っあ!?」
流れるような締め技で手足を自由に動かすことができなくなった。小さな体がいうことを聞かない。それよりもこの慣れた手つき。一介の医者のものとは思えない。
「まさかこの僕が尾行されているとは」
「くっ…!あなたはさっきまで一緒にいたカイル先生なの!?」
「ああ、正真正銘僕だとも。最も、街の人たちを騙すために良い顔はさせてもらっていたけどね」
するりとポケットに手を入れられる。
「っ!?やめて!」
「ふん、コレが魔力の源か」
取り出されたのは透明に輝くソウルジェム。見る人が見れば魔力の結晶だと見抜かれてしまうのだと、教えてくれたのはファイだっただろうか。
「返して!」
「君はどうやら対人戦には慣れていないようだね」
「っ!」
首元に小型のナイフが宛てがわれる。体を固定されているため避けることはできないし、声を上げたところで街には到底届かない。
「嗅覚は優れているようだが、ひとりで来たのは愚策だったな。悪いが、正体を明かしたということはそういうことだ」
「っっっ!?!」
赤い赤い鮮血が、雪に舞い散った。揺れる意識が空を見上げる。先ほどの天気が嘘のように空は曇っていて、やがて雪が降り始めた。