第5章 ジェイド国
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馬は大人しい性格だったようで、穏やかに揺られながら生い茂った木々の合間を進んでいく。
「いい感じにホラーってるねぇ。この木の曲がり具合がまたいい雰囲気出してる」
「…ホラーは嫌いです」
「どうでもいいが、冷えて来たな」
「大丈夫ですか?サクラ姫」
「平気です。この服、暖かいから」
女性モノの服はロングスカートのようになっているけれど、ペチコートだとかいろいろ履いているから意外にも暖かい。ショートブーツも足先を温めてくれていて、サクラの言う通り寒さは感じなかった。
「サクラちゃんの国は砂漠の真ん中にあるんだっけ」
「やっぱり日に焼けちゃうくらい熱いんですか?」
「はい、でも砂漠も夜になると冷えるから」
「そっか、遮るものが何もないから寒暖差激しいんだ」
「そのぶん星はとてもよく見えるんです。みんなキラキラしてて、星座を見つけるのも大変なくらいに」
「それは是非見てみたいな」
「いつか玖楼国にきたら、おなまーえちゃんも一緒に見ようね」
「うん」
サクラの言葉に相槌を打ちながら、記憶が順調に戻ってきていることに安心する。
「黒るんとこはー?」
「黒るん言うな!……日本国には四季があるからな、冬になりゃ寒いし夏になりゃ暑い」
「私のとこと同じですね」
「おなまーえちゃんと黒るんのところは似てる地域だったんだねー」
「でも春に生まれたので、寒いのは苦手です」
「じゃああっためてあげるー」
「へ?」
ファイはそういうとおなまーえの腰に手を回し、ほんの数センチ手前に引き寄せた。流れるような仕草に抵抗する間もなかった。
「っ…」
微かに保っていた距離感が一気に詰め寄られ、いよいよおなまーえは顔の赤みを隠しきれない。耳まで真っ赤にして、まるで熱でもあるかのようだ。
「あ、あの、ファイさんのところはどうだったんですか?」
「寒いよー。北の国だったからここよりもぉっと寒いかな」
頭の真上から声がする。その身長さも、蕩けるような声色も、ほのかに香る爽やかな匂いも、ドクドクと波打つ心臓を早まらせるには十分すぎるものだった。
(分かっててやってるわけないよね?)
飄々としているファイのことだから、からかっているのではないかともさえ思えるけど、そのような素振りは一切感じられなかった。それどころかより一層優しく包まれているような気もする。
「小狼くんは?」
サクラが問いかけた。
「おれは、父さんと色んな国を旅してきたので」
「寒い国も暑い国も知ってるのね」
「…ええ」
寒さも吹き飛ぶような笑顔で、彼女は笑った。
同郷の小狼は本当のことを話せない。話したところでサクラは思い出せない記憶と葛藤する羽目になるのだろうから。
「ねぇあれ!」
モコナが何かに気づいて声を上げた。小さな手が指差す方向を見ると、木の看板が寂しくぶら下がっていた。
「看板だな」
「何て書いてあるのかなぁ」
「…あれって英語?『スピリット』かな、多分」
「あってると思います。おれが父さんに習ったのと同じ発音です」
「精神とか魂って意味だった気がしますけど、町の名前ですかね」
「二人とも読めるんだー」
「ふたりともすごーい!」
こんなところで学校の勉強が生かされるとは思わなかった。この国では英語が主流のようで、知っている言語にどこか安心する。
「おい、はしゃいでる場合じゃねぇみたいだぞ」
黒鋼の低い声に一行は街を見渡した。酒場で聞いていたように、この街は決して広くはないけれど狭くもない。花屋や仕立て屋の看板は見えるが、どこも固く閉ざされていて、人の気配はあるのに誰も外を歩いていない。その代わり、窓からこっそりこちらの様子を伺う目は、帰れと言わんばかりに鋭く暗い。雲行きは怪しくなっていく一方である。
「歓迎されてないみたいですね」
「されてねぇだろ、実際」
馬に乗ったままゆっくり街中へ入っていくと、次々と街の窓が閉じられていく。これまでの町や村とは違って、非常に排他的な空気である。
少し進んで、やっとこの街で初めて人影を見つけた。小さな女の子が家の扉の前に立っていたのだ。小狼がなるべく警戒させないように、馬から降りてゆっくり話しかける。
「こんにちは」
「……」
「聞きたい事があるんだ。この町の…」
――バタンッ
すると突如女の子の家の扉が開き、彼女が引き込まれる。
「外に出ちゃダメって言ったでしょ!」
閉ざされた扉の向こうからは、母親らしい人の叱咤の声が聞こえた。
「…これはやっぱりあの酒場で聞いた話のせいかなぁ。伝説を確かめようにも、これじゃ話も出来ないねぇ」
「せめて、金髪の姫がいたという城の場所だけでも、教えてもらえるといいんですが…」
「一旦建て直しします?」
「でもあの酒場で聞き込みしたけどあんまりいい情報なかったよね」
北の町の近くにある城という情報しか得られていないため、正確な位置がわからない。探すにしても、このぶんだと今夜泊まるあてもなさそうだから正直手詰まりだ。
――バタバタバタッ
「いたぞ!」
「こっちだ!」
突如物々しい足音と叫び声が町のあちこちから湧いてくる。やがてどこからともなく現れた男たちにあっという間に囲まれ、一行は狩猟用の銃を向けられた。
「……」
「……」
ファイと小狼はそれぞれ同乗者を守るように馬の向きを変え、代わりに黒鋼が前に出る。
「おまえ達何者だ!?」
「…旅をしながら、各地の古い伝説や建物を調べているんです」
「そんなもの調べてどうする!」
「本を書いてるんです」
小狼がしれっと、それでいて堂々と答えた。思わぬ機転についおなまーえも騙されそうになる。
「本?」
「はい」
「おまえみたいな子どもがか!?」
「いえ、あの人が」
小狼が真っ先にこちらに指をさしてきた。
「そうなんですー」
バトンを受け取ったファイはにこやかに答える。
確かにこの中で一番柔軟に対応できるのはファイだろうし、それっぽく見えるのも彼だ。黒鋼はどうしたって強面な用心棒にしか見えないし、それ以外はまだ年齢が幼いため本を書くようには見えないだろう。咄嗟とはいえ、しっかりと考え抜かれた配役だ。
「その子がオレの妹でー、その子が助手でー、こっちが使用人」
「誰が使用人…がっ!!」
「んで、この子がオレのかわいい婚約者」
「っ!!?!」
おなまーえが叫ぶ前にファイはぎゅうっと抱きしめる力を強めた。抗議したい気持ちでいっぱいいっぱいだったけど、せっかく小狼がつくったチャンスを無駄にはできない。俯きたいのを我慢して、真っ赤な頬で引きつった笑みを浮かべる。
「……」
作家の一行という設定を作ったまではよかったが、状況は相変わらず。銃口をむけられているから下手な行動はできないし、彼らも交渉に応じてくれそうな気概ではない。どうしたものかと考えあぐねていると、まだ若い男の声が広場に響いた。
「やめなさい!」
「先生…!」
「旅の人にいきなり銃を向けるなんて!」
「しかし今の大変な時期に余所者は…!!」
「余所から来た方だからこそ、無礼は許されません!」
先生と呼ばれた男が、銃を構えている男と一行の間に割って入る。話し合いの通じる誠実そうな男性だった。先生と呼ばれているところを見ると、この町の人たちに慕われていて尊敬されている立場なのが窺える。
「失礼しました、旅の方達。ようこそ『スピリット』へ」
男は銃を下げさせると、手ぶらの両手を広げる。出来過ぎなくらいの救出劇に感謝を述べて、一行は先生と呼ばれた男の家に招かれた。