第18章 世界の片隅
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世界の片隅
ゆるりゆるりと身を任せる。心地良くて、ほんのり甘い香りがする。淡いピンク色。ふわふわした空間。ここは夢の中の世界。来るのは3度目だ。
「おつかれさま」
「…ありがとう」
まどかは優しく微笑んだ。
夢心地で、地に足がついているのか分からず下を見れば、私の足はすでになかった。そういえば肉体はとっくになくなっていたんだっけ。豆電球くらいのちっちゃな光が私の魂で、消えかけた残滓。非常に不安定だから、何処かに行ってしまわないようにまどかが両手で救いあげた。
「おなまーえちゃんには辛い役割を押し付けちゃって、ごめんね」
「気にしないで」
これは、異世界を渡ったことのある私だからできたことだった。まどかだけの力では及ばず、他の円環の理でも代わりにならない。でもこれは私が望んでやったことだから、貧乏くじを引いたとは思わない。
「…世界の記憶を繋いで小狼くんとサクラちゃんに渡す。無事に成功した?」
「うん、2人は消滅してしまったけど『小狼』と『サクラ』は生きてる」
なら大丈夫。あのふたりなら、きっと遂げてくれる。
「……黒鋼さんは怒りそうだな」
「あの人優しいけど怖そうだもんね」
ゲンコツ一発ではきっと済まない。女子とはいえ、彼は容赦しない。私の傷がすぐに治るとわかってから遠慮がなくなった。それともそれほどまでに距離が近付いたからなのか。
「……ファイには、また悲しい思いさせちゃうな」
唯一の後悔は叶わない約束をしてしまったこと。
「いっそ記憶を全部抜いてあげた方が幸せだったかもしれない………私自身も」
怒った顔、悲しむ顔、喜ぶ顔、楽しい顔。いろんな思い出が蘇ってくる。もう見えない目でそれらひとつひとつを大事になぞる。
おなまーえという魂はもうすぐ消滅する。帰る場所を失い、魂のみで現界していられたのも、神様としての魔力のおかげだった。それを失った今、少女は終わる時をただただ待つのみ。
「…ううん」
だがまどかは笑顔で首を振った。
「それについてなんだけどね」
「ん?」
まどかはその消滅を良しとはしなかった。希望を抱いて、希望を叶えるために大事な人たちを置いてきたおなまーえの末路が、こんな寂しいものだなんて許せない。
だから、彼女はある人物と取引をした。
「おなまーえちゃん、もう一度だけ対価を払うことはできる?」
「…存在そのものが消えようとしているわたしにそれを聞くの?もうこんな状態だから、記憶でもなんでも払えるよ」
今だってたんぽぽの綿毛のようにどこかに飛んでいきそうな状態で、消滅をただ待つだけの身。これ以上失うものなんてなにもない。
「消えない。おなまーえちゃんは絶対またあの人に会える」
「…本当に?」
「私が個人的に次元の魔女さんと取引してたの」
「!」
淡い期待に声が上擦りそうなのを理性で抑える。
「……何を差し出せばいいの?」
「時間」
まどかは即答した。
「…時間?」
「うん、時間。待つことってすっごく辛いでしょ?おなまーえちゃんはね、今後限られた結界の中でしか生きられなくなる。限定的だけど、でもこの方法ならファイさんと会えるんだ」
「それは…」
有り体に言ってしまえば、それはもう一度生き返れるということだ。とても厳しい条件で、生きている間にファイが自分のもとに帰ってきてくれるかはわからないけれど、可能性はゼロじゃない。
「言ったじゃん、悪いようにはさせないって」
まどかは両の手でおなまーえを包み込む。
「……いいの?私、本当にファイにまた会えるの?」
「うん。一緒に旅させてあげることはできないけど、いつかきっとおなまーえちゃんのところにファイさんは来てくれる」
「!」
目なんてとっくに朽ちているけど、全身で泣いた。心で泣いた。嬉しすぎて泣いた。そんなこと、あるはずがないと諦めていた。
「おなまーえちゃんはいっぱい頑張ったから、頑張った人にはご褒美をあげなくちゃ。明日になるか、遠い未来になるか分からないけど、おなまーえちゃんが待っている限り、あの人は会いに来てくれるよ。」
まどかの優しい声が未来を描く。だって奇跡だ。これまでいろんな奇跡の連続だった。必然だなんて思えないほどに、天文学的な確率で私はここにいるのに、彼女はさらに奇跡を起こしてくれる。
「おなまーえちゃんの身体ね、実は次元の魔女さんに対価として渡してるんだ」
「え?」
「おなまーえちゃんの魂をインフィニティって国に送るための対価だったんだよ。魔女さんは、多分こうなるってわかってたんだろうね」
「……」
願いと対価を通じてしか動くことのできない侑子。彼女は彼女の守りたいものがあった。部外者でイレギュラーな存在のおなまーえのことなんて気にかける余裕はなかったはずなのに、最期まで考えてくれていた彼女に、まぶたの裏が熱くなった。
「あっちの世界での注意事項はひとつだけ。絶対にお店のある結界から外に出ちゃダメ。出るとおなまーえちゃんの存在証明ができなくなって消えちゃうから気をつけてね」
「……わかった」
買い物に行くことも、ふらっと散歩に行くこともできない。これから、私の世界はあの屋敷の中だけになる。でもきっと退屈はしないだろう。あの店はきっといつだって奇想天外なことが起きるから。
籠の中の鳥のように待ちましょう。
愛しい人が会いにくるのを待ちましょう。
人類が滅ぶまで、悠久の時を待ちましょう。
それが私の希望だから。
――フォン
宙に小さな魔法陣が浮かびあがる。手のひらほどの大きさの魔法陣の上に、まどかはそっとおなまーえを置いた。
「あの人に伝えたいこと、ある?」
「……いいえ、なにも。わたしが生きていることだけ伝えてくれれば、それだけで十分」
「わかった」
話したいことはたくさんある。でもそれは、次に会ったときに話すのだ。この世に偶然なんてない。あるのは必然だけ。ならばきっと出会うべくして、私たちは再会できる。
「…元気でね」
「うん。ありがとう、まどか」
極彩色の暖かな光が包み込む。
別れは呆気ないもので、ほんの少しの熱とともに、おなまーえの魂は別世界へと転送された。
「感謝してるのはこっちだよ、おなまーえちゃん」
おなまーえがいなければ、魔女という概念を書き換えるための因果律が足りなかった。おなまーえがいなければ、飛王・リードの思惑を阻止することができなかった。おなまーえがいなければ、多くの魔法少女を救うことはできなかった。
役に立たないと心を病んだ彼女は、実は誰よりも凄いことをしたのだ。本人は気がついていないのが惜しいところではあるのだが。
「……さーて、お仕事お仕事。そろそろ起きなきゃ、さやかちゃんに怒られちゃう」
今日はとても良い日だ。明るい声でまどかは大きく背伸びをした。
**********
一粒の水が静かに水面を描くように。
綿毛が地面に着地するように。
柔らかい風が少女の髪をさらうように。
おなまーえの魂は静かに降臨する。
四肢に血が通い、ほのかな熱が蘇る。感覚が戻っていく。
「……」
ゆっくりと薄いまぶたをあけた。視線の先には和風の天井と、青年の姿がひとつ。
「あ…」
「おなまーえさん」
にっこりと微笑みこちらを覗いている眼鏡の少年。どこかミステリアスな雰囲気で、どこかで見たような、なんだか懐かしいような感覚。
「あなたは…えっと…」
「……」
「………………誰だっけ」
「覚えてないのかよ!!」
突っ込むや否や、ミステリアスな空気はぶち壊された。
「四月一日君尋です!侑子さんの元で働かされてた!!ほら、最初モコナ持ってったのおれですよ!」
「あーーーー………いた…ような??」
「どんだけ影薄いんだよ!!」
「……っ…ふふ、あはは」
四月一日のツッコミが面白く、おなまーえは思わず笑ってしまった。自分の体で、声を出して笑った。釣られて四月一日も笑い始める。
「ふぅー、四月一日くんって面白い」
「至って真面目なんですけどね」
「そこがいいんだよ」
これならば侑子さんも飽きないだろうと考えたところで、彼女の存在を思い出す。
「……侑子さんは?」
「……」
四月一日は小さく首を振った。彼の中でもまだ整理がついていないのだろう。
「…そっか……じゃああなたがこの結界の管理者なのね」
「管理?」
「違うの?」
「いえ、そうなんですけど……なんだかまだ実感がわかないというか…」
「最初なんてそんなもんだよ。私だって元神さまだし」
「神様!?」
「そ。だからたかだかお店の店長になったくらいでビビってちゃダメだよ」
「え?えぇーー!?」
コロコロと表情を変える彼が楽しくて、ついからかってしまう。
重たい体を起こして、おなまーえは久しぶりの肉体を味わう。
魔力はほとんどない。当たり前だ。私はただの普通の女の子なんだから。変身することも、傷がすぐに治ることも、魔女になることもない。それが生きているということ。
「あ、まだ寝てたほうが…」
「大丈夫、怪我とかしたわけじゃないから。それより、早速店長さんに相談なんだけど…」
「あ、お客さんですか?」
「違う違う」
「?」
「あのさ、バイト募集してたりしない?」
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