第17章 玖楼国
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――ドンッ
地響きが鳴り響き、飛王が歓喜の表情を浮かべる。小狼の手は、わずかにさくらに届かなかった。
「遂に来たか。待ち続けていた時が」
「小狼!!サクラの羽根の力、感じるよ!」
「あの時の玖楼国には羽根はない筈だ!」
モコナが羽根を感知する。だが本来の玖楼国には、羽根は一枚も落ちていない。神官はたしかにそう告げたはずだった。
ここは『切り取られた時間』の中。ここから各世界へと羽根が散らばり、一行の旅が始まったはずだった。
困惑する『小狼』に対し、飛王は不敵に笑った。
「あの時にはな。けれどおまえ達の旅で世の理は崩れ始めている。おまえ達がそれぞれの世界で起こした出来事が、未来だけではない、過去をも変えた様をその目にしただろう」
「「!」」
修羅の国と夜摩の国は、良い方向とはいえ、未来が書き換わってしまった。同じく、見滝原も過去と未来が大きく変わった。おなまーえの纏った因果と、ただ一人の少女・鹿目まどかの力によって。
「砂の国、人々の名前の響き、守られた貴重な水、そしてふたつにそびえる塔のような建物」
「!」
飛王が提示した4つのキーワードから連想される国。思い当たる節がないわけではなかった。
「もしかして…」
「まさか」
「ここは…!」
「東京!?」
砂嵐が吹き荒れる、荒廃した国・東京。与えられたキーワードはたしかに、かの国と玖楼国の類似点を指し示していた。
「そうだ。ここはかつて『東京』と呼ばれていた所。そしてこの地下には、姫自らが残していった羽根がある」
「サクラは、東京にいる人達の為にって、置いていったんだよ!みんなお水がないと困るから。サクラ優しいから!」
おなまーえはこのことは当事者としては見ていないが、話としてなら聞いている。東京国で、サクラはわざと羽根を一枚置いていった。この国と人々と水を酸性雨から守るために。
「『小狼』が教えてくれた!ここにある水は一生懸命サクラを守ろうとしたって!きっと知ってたんだ!サクラの羽根が水を守ってくれてたって!なのに!なのに!!みんなを悲しませる事に使うなんて、絶対だめ!!」
ゴゴゴという地響きと共に、水底から眩い光が漏れる。羽根が水面から飛び出し、一直線にさくらの躯に取り込まれる。
モコナの涙ながらの主張は地鳴りにかき消されてしまった。
「様々な次元を刻んだ躯、そしてこの遺跡深く眠り続け、比類なき力を蓄え続けた羽根。その力でそれぞれの次元を繋ぐ鎖が千切れ……今、世界の最も強固な理が崩れる。」
恍惚とした表情の飛王。顔を硬ばらせる一行。眩く輝くサクラの躯。
「死者は生き返らないという、理が」
歪んだ空間を埋め尽くすように映し出される、世界の記憶。ありとあらゆる、この世界にある全ての命が。
――ガシャン
脆いガラスのように、ガラガラと崩れゆく。
慌てふためきながらも、飛王を止めようと皆奮闘するも、そのどれもが奴に届かない。
逆に『小狼』は、闇に取り込まれつつあるさくらに、とうとう手が届いた。
「お前のその選択で、最後の鎖が切れた。死の間際のものを取り戻そうとしたおまえのその想いが、最後の選択が、同じように死の淵へと歩みを進めるその刹那、時を止められたものを呼び戻す!!」
光り輝く『サクラ』の躯が形を崩し、やがてサクラと同化していく。
「ちっちゃいサクラとおっきいサクラ、一緒になっちゃったの!?」
「なにが…!」
「どうなってんだ?」
「分からない!」
ファイが苦々しい顔をする。
「でも、オレ達が一緒に旅をしたサクラちゃんと、切り取られた時間の中にいたサクラちゃん、どちらも凄い魔力なのに、それがひとつになって…!」
「魂を集め、似せた人型に吹き込んでも、それは出来損ないにしかならなかった。だが次元を刻んだ器、長きにわたって水底で蓄えられた魔力と、そのどちらもを受け継げる資質を持つ真の存在。その全てが揃った!」
おなまーえは一部始終を眺めていながらも、別のことを考えていた。
「……そうか」
状況が状況なので混乱しがちだが、今私たちが直面している問題は主にふたつ。ひとつは世界中がひとつにつなげられようとしていること。もうひとつは、さくらの力を使って、そこに新しい概念を書き加え用としていること。
概念の書き換えを防ぐためには、さくらと同じほどの魔力をぶつけるか、さくらを飛王から引き剥がすしか方法はない。
けれど前者の方。ひとつにつなげられようとしている世界を、元のバラバラの時空に戻すことくらいなら自分にもできる。
(全ては必然…)
綻びた次元を無理やり繋げ、ありとあらゆる魔法を否定する、一度きりの魔法。おなまーえにしかできない魔法。
セレス国で使おうと思ったけれど、ワルプルギスの夜が止めてくれたおかげでこの大事な場面に役に立つ。
(……わかったよ、まどか)
自分はこのために、もう一度送り出されたのだ。これで最期。もう悔いはどこにも残っていない。
「おまえが成し得なかった夢!今我が手で叶うぞ!クロウ!!」
「サクラ!!」
誰もがこの状況を絶体絶命だと絶望した。
さくらを助ける手立てがないと悲観した。
ただ一人の女神を除いて。
「いいえ。その夢は誰にも叶えることができない」
「「!?」」
ピシャリと言い放ったおなまーえに、一同は動きを止める。
「私たち円環の理のこと、少しみくびってないですか?」
「なに?」
飛王・リードが手を止める。
おなまーえは曲がりなりにも神だ。因果を消費したため、その力はほとんどただの小娘と変わりはなく、それ以上に得体の知れない力を持っている可能性はないと見限られていた。それが勝敗を分ける満身とも知らずに。
「……」
一歩、また一歩と飛王・リードとサクラに近づく。
サクラをどうにかすることはできない。けれどバラバラになった世界に糸を通して繋ぎ合わせることはできるから。
「おなまーえ…?」
ファイが不安げな声をあげた。
「……」
後悔はないって言ったばかりだけど、唯一心残りがあるとすれば、彼との約束を破ってしまうこと。またファイを一人にしてしまうこと。
「……ごめんね」
「っ!?」
夢を見たのだ。この戦いが無事に終わって、あなたとふたりでカフェを開く夢を。叶わない妄想と知りながらも、それでも願わずにいられないくらい、あなたとの時間はかけがえのないもので、大切だった。
せっかく心を通わせたばかりだというのに、こんな女でごめんなさい。
「っ、おなまーえ!!」
彼の手はおなまーえに届かなかった。
「世界を書き換えて、私たちが次の手を打っていないと思った?」
「たかだか小娘がよく口の回る。この期に及んで、一体何をする気だ?」
「かわいそうに、わからないのね」
少女はニヤリと笑い、両手いっぱいの糸を空に放り投げた。一本一本の糸が破片を拾い集め繋ぎ合わせていく。
糸とは本来結びあわせるもののこと。これはおなまーえにしかできない、おなまーえがやるべき仕事だ。
――カラカラ
どの世界のどの時代も、決して取りこぼしてはいけない。緩やかに、崩れた世界の破片が集まりだす。まるでステンドグラスのように、原型に近い形が整っていく。
「貴様!!」
「いい顔。やっと一矢報いることができた」
飛王・リードの余裕のない顔がたいそう愉快で、おなまーえは隠す様子もなく笑う。
「やめろ!小娘!」
「おなまーえ!!」
「おなまーえさん!」
女神の力では、世界の記憶を束ねて繋ぎ合わせることはできても、完全に元通りには戻せない。あくまでこれは応急処置。だからここから先は彼らに託す。
彼女は旅の仲間に振り返り、綺麗に笑った。
「またね、みんな」
「っ!!」
そんな悲しい顔をしないで。きっとまた会えるから。
せめてまた会える希望を紡がせて。この大事な人たちに、私がどこか知らない場所で幸せでいると、優しい夢を届けて。
――ガシャーン
《第17章 終》
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