第17章 玖楼国
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「雷帝、招来!!」
――ドォーン
『小狼』の魔力と、ファイの魔力を取り込んだ小狼の魔力がぶつかる。その衝撃は凄まじく、時が止まった神殿をビリビリと揺らす。
小狼の魔力は、使えば使うほどに強くなる性質。ファイの魔力を半分取り込んだ上、羽根を集めるために惜しげもなく魔法を放っていたから、すでに魔力だけなら元となった『小狼』をも凌ぐ。
――ドガンッ!
とうとう『小狼』の刀が弾き飛ばされ床に打ち付けらる。その胸に小狼が足を乗せる。
ファイと黒鋼が駆けよろうにも、黒い人形が行く手を阻み、駆け寄ることができない。
「っ!」
「……」
燃える炎のような刀が、小狼めがけて振り下ろされた。
――ドシュッ
「「「!!」」」
小狼の刀が垂直に『小狼』の胸に突き刺さった。勝利の剣塚を立てるように、飛王・リードに見せつけるように。
「っ!」
息を飲む。
「どけぇ!!」
黒鋼が刀を振り前に進む。小狼も『小狼』も、私たちにとっては大事な仲間だから、仲間が傷ついて駆け寄らないわけがない。
「……」
小狼はこちらを一瞥すると手から膨大な魔力を放つ。それは、例えるならば竜巻のごとく。この狭い空間に突如現れた災害は、駆け寄った黒鋼だけでなく、遠くに避難していたおなまーえをも巻き込む。
――ドンッッ!!
瓦礫と水しぶきが襲いかかる。
「っ!」
「ファイ!」
ファイは咄嗟におなまーえを庇ったが、それでも無傷では済まないほど。それは私たちを殺すための攻撃ではないが、動けなくする程度には痛めつけるためのものだった。
「っ…」
「くそっ…」
瓦礫が邪魔ですぐに起き上がらない。小狼が『小狼』を引きずるのを、ただ見ていることしかできなかった。
「あの三人だけではなく、出来そこない達も吹き飛ばしてしまったか。しかしあの魔術師の目は思いの外役に立ったな。そこの小娘と違って」
「……」
「クロウ・リードの血を引く者。死してその躯のみでも利用価値はある。写身の躯が滅したら、今度はその魂を本体の躯に移すとしよう」
まるでおもちゃを買い換える程度のものいい。彼にとって命なぞその程度でしかないのだから。
飛王リードは時空の狭間を覆っていた膜に向かって手を伸ばした。
「そして存在る限り、我が願いの為に」
膜が裂ける。
「虚無となるまで」
とうとう飛王が、その姿を玖楼国の外気に晒した。
――ドッ
鈍い音。舞い散る血飛沫。
次の瞬間、緋炎が飛王リードの胸を貫通する。
「「「!?」」」
眉ひとつ動かさない小狼、鋭い目で飛王リードを睨みつけている『小狼』。『小狼』の胸に傷はなく、小狼の足の甲から血が流れている。とどめを刺したと思わせて、飛王・リードが油断して出てきたところを仕留める作戦。それは2人が協力したからこそできた技。
「謀った、か…!」
飛王は怒りに満ちた声で唸る。
「傀儡の分際で!」
「……」
『小狼』に向かって剣を持っている手を振り上げた。
――ザクッ
その剣が貫通したのは『小狼』ではなく、小狼だった。心のないはずの小狼が、オリジナルの『小狼』を身を呈して庇ったのだ。
「小狼!!」
「っ!」
小狼がファイの魔力を使って
「何故、おれを!」
庇われた『小狼』が叫ぶ。相も変わらずに光のない目で、小狼が答えた。
「…続きが、知りたかったからだ。あのとき聞けなかった言葉の、続きを」
「……」
日本国で花びらとなって消えたさくら。サクラの魂が消える間際彼女が残した言葉を、小狼はずっと知りたかった。知らなければならないと泣いていた。
「っ」
カハッと小狼は口から血を吐き出す。弱々しい呼吸なのが遠目からでもみて取れた。
彼の右目にありったけの魔力が集まる。キラキラと輝く魔力の結晶。透き通るような蒼はファイの色。
「羽根を…さくら、に…」
小狼は空を仰ぐ。
「黒鋼さん…ファイさん…おなまーえさん…」
その姿は、もはや心を失った少年のそれではなかった。
「モコナ…サクラ…『小狼』…」
たった二言告げるためだけに、彼は最期の力を振り絞る。
「ごめんな、さい」
たくさん迷惑をかけて、ごめんなさい。
裏切るような真似をして、ごめんなさい。
ここまで追いかけてきてくれたのに、こんな別れ方になって、ごめんなさい。
「……ありがと…」
自分を信じてくれて、ありがとう。
――パキン
小狼の体は砕けてガラス片となった。
「小狼…くん…」
歴史が大好きでいつも本を好んでいた小狼。
さくらを助けるのに必死で周りが見えていなかった小狼。
生真面目で、だけどお茶目な一面も持ち合わせている小狼。
虚ろな目で刀を振っていた小狼。
羽根を奪還する化物に成り果てた小狼。
さくらを想いながら、後悔の果てにガラス片になった小狼。
どの記憶も小狼が生きた証で、小狼がいなければこの旅は成立しなかった。
「詫びるくらいなら、なんで生き残らなかった…」
黒鋼が悔しげに、小狼の持っていた刀・緋炎を握りしめた。
彼が死の間際に作った蒼い結晶は、元の持ち主に引き寄せられるようにその手元に降りる。ファイはそれを大切に両手で握りしめた。
「君は、オレに魔力を残して元に戻す為に、ずっと力を使い続けていたんだね。でも…」
小狼の魔力は使えば使うほど大きくなっていく性質。しかし、身の程に合わない魔力はその身を滅ぼす。体に負荷がかかるのを承知で、敢えて大きな魔法を使っていたのだ。ファイから奪ってしまった魔力を返す為に。
結晶を取り込み、ファイは眼帯を外した。現れた透き通るような蒼は、悲しげに揺れていた。
「でもね、君が帰って来てくれたほうが…ずっとずっとよかったよ」
「……」
おなまーえは悔しそうに歯を食いしばった。
守りたいと願った人が次々に死んでいく。小狼もさくらもまどかも、これまでの旅で出会った人たちもみんなみんな。
「……」
悲しみの連鎖はここで断ち切る。なんとしてでも自分が最後の楔になるのだと、彼女は覚悟を決めた。
――パキンっ
『小狼』に刺された飛王・リードのガワが剥がれていく。ガラスが落ちていくように、中から現れたのはカイルだった。
「…この、為…に…側に…」
「置いていたのだが、身代わり程度にも役に立たなかったな」
部下の命ですら、消耗品の一つとして使い捨てる。身を粉にして仕えたカイルの末路は、主人からの失望と裏切りだった。
現れた本物の飛王・リードはサクラの体を膝に転がし、制圧者のように大きな椅子に腰をかけている。その腰掛けの礎には、どれほどの人の命と希望が埋まっているのか。
「飛王…」
絞り出す声は怒りの咆哮。『小狼』は全身から声を出す。
「飛王…!」
愛する者たちをこいつに殺された。幸せな時を壊された。
「飛王!!!!」
『小狼』の言葉に奮い立たされた一行は、激しい怒りの色を瞳に宿し飛王を睨みつけた。彼はそれを物ともせず、話を続ける。
「やはり、
カイルの体が少しずつ消えて行く。カイルも小狼もサクラも、出来損ないだと大量に消費された人形たちも、全て飛王が作ったもの。なのにそれに自ら手をかけることを厭わず、悲しむ素ぶりすらも見せることはない。
飛王の手が値踏みするように、さくらの頬をねっとりと撫でる。
――ふわっ
彼女の体が緩やかに宙に舞った。
空間が大きく歪む。水はせせらぎを取り戻し、太陽の光も動き出す。止まっていた時が、息を吹き返した。それと同時に、幼いサクラを取り込まんとする闇が蠢く。
「姫の所へ行け」
「!」
黒鋼が『小狼』の背中を押した。
「貴方は今までそのためにずっと待ってたんでしょう」
「あの手を掴むために!」
3人が飛王と『小狼』の間に割って入る。ふたりの時間はこれ以上壊させない。
「行け!」
黒鋼の言葉を背に、小狼が走り出した。
(行って『小狼』。私が必ずふたりを守るから。)
おなまーえは小さな覚悟とともに、大きく息を吐き出した。
これが最終決戦。
ここが私の戦場。
そしてここが、私の墓場だ。