第16章 日本国
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――キィィィイイ
そのとき、図ったかのようなタイミングで、時空を渡るとき特有の甲高い音がした。星史郎はもういない。
弱り目に祟り目とはまさにこのこと。
「あいつは!」
「カイル…っ!」
現れた人物は憎き敵、飛王・リードの使いのカイル。
「…ふっ」
カイルはサクラの躯に軽く触る。
「っ!!」
コールタールに飲まれていない『小狼』とおなまーえが動いた。カイルが手に持っている羽根に力を込めると、黒い液体が2人以外の体を縛り付けるようにうねった。ファイも黒鋼も身動き一つできない。
「風華…!」
「フッ」
『小狼』が放とうとした魔法はカイルの持つ羽根に阻まれる。
「今度こそ頂いていく」
カイルが不敵に笑ったとき。
「カイルッ!」
おなまーえが男に襲いかかった。
――ドォォン
羽根を挟んで2人の魔力が激しくぶつかる。
サクラを連れて行かせはしない。こいつにサクラを渡したら、本当に世界が書き換えられてしまう。死者を蘇らせるという、飛王リードの望みが叶ってしまう。それは誰もが一度は願うことだけれども。けれど亡くなった者は決して蘇らない。
かつて母親を錬金術で蘇らせようとした兄弟がいた。
かつて育ての親の魂を呼び戻してアクマにしてしまった少年がいた。
かつてタイムリープできる少女が大切な人の死ぬ未来を変えようと変えようとした。
けれど、どんな方法でも死者が生き返ることはない。巨額の富を費やしても、強大な力を手に入れたとしても。どんなに運命を変えようとも。
行かせない。サクラを連れて行かせはしない。
「っ!!」
血走った目をしたおなまーえに、カイルは憐れみの目を向けた。
「そうやって目先のことしか考えないからこうなるんだ」
「なに?」
「だめだ!!」
ファイの悲痛な叫びが聞こえた。
――ビュッ
次の瞬間、黒い液体が鋭い刃となって、背後からおなまーえの胸を突き刺した。
「…え?」
自らの胸を突き抜けた液体。鋭く尖ってはいるものの、風穴はあいていないし血も流れていない。それこそ痛みだってなにも感じない。
じわりじわりとそこから染み出すものに、おなまーえは気がつくのが遅かった。
「っ!?これ…!?」
呪いの類だ。純然たる神であるおなまーえにとっては天敵。
この液体の正体を悟ったおなまーえはもう麻痺しかけている手足を懸命にふる。だがささやかな抵抗も所詮は糠に釘。
「君にはこちらの駒として人質にさせてもらおう。まぁそんな必要はないかもしれないが」
ずるっと液体が抜かれた。
「はっ…」
ガクンと垂れ下がった彼女の髪を、カイルは乱暴に掴む。
だめだ、体が動かない。意識が落ちていく。
「待て!!」
「おなまーえー!!」
薄れゆく意識の中、『小狼』とファイの叫びが聞こえた気がした。必死に伸ばした手は彼らには届かず、おなまーえはがくりとうなだれた。
**********
〜Another side〜
「カイルッ!」
サクラを抱きかかえたカイルにおなまーえが掴みかかった。羽根を挟んで2人の魔力がぶつかる。
「……そうやって目先のことしか考えないからこうなるんだ」
カイルは呟きながらおなまーえの背後に黒い液体を集めた。ファイや黒鋼を捉えていたコールタールが少女の背後に集まっていく。
おなまーえはカイルのことしか見えていないため気づいていない。
「だめだ!!」
ファイが叫んだ。
「っ!!」
次の瞬間、黒い液体が鋭い刃となって背後からおなまーえの胸を突き刺した。
「っ!!」
体が自由になったファイは、己の足を捉えようとする液体を振り払い少女に駆け寄ろうとする。
「私を堕とすつもり!?外道!」
「君にはこちらの駒として働いてもらう」
だが遠い。あまりにも遠すぎる。
少女の体からずるっと液体が抜かれた。ガクンと垂れ下がった彼女の髪をカイルは乱暴に掴む。
「っ!!」
あの生糸のように流れる髪がぐしゃりと掴まれていて、ファイは言いようのない怒りを抱く。
意識が落ちているのか、おなまーえは抵抗しない。
「待て!!」
「おなまーえー!!」
届かない。彼女の伸ばしてくれた手に届かない。
カイルはサクラとおなまーえを抱えて、時空の狭間に戻っていく。
やめてくれ。これ以上オレたちから二人を奪わないでくれた。
「っ!!」
時空の狭間まであと数センチ。閉じかけているわずかな歪みに、ファイは手を伸ばした。
――スカッ
だが彼の手は空を切った。初めからそこにはなにもなかったかのように。二人の少女の姿も、カイルの影も、黒い液体も、初めからそこになかったかのように消えていった。残ったのは呆然と立ち尽くす一行と、無残にも引き裂かれた桜の木。時の流れを告げるように、無情にもひらひらと花びらが舞う。
――ドサッ
力尽きた『小狼』は床に打ち付けられた。それを皮切りに、モコナが声を上げる。
「サクラとおなまーえ、連れていかれちゃったよ!」
「……もう1人の小狼くんもいない」
ファイは冷静を装って辺りを見渡した。拳を握りしめる。吸血鬼由来の長い爪が手のひらに食い込もうとも。
(無事でいてくれ…)
今の彼にできることはただただ祈ることばかりであった。
《第16章 終》
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