第16章 日本国
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「っ!!」
突然知世姫が弾けたように顔を上げる。釣られておなまーえとファイも顔を上げた。
「結界が…歪んでいる…?」
知世姫の張った結界がうねっていた。まるで強制的に内側から捻じ曲げられているかのようだ。
「さがって…」
知世姫とおなまーえをかばうようにファイが前に立った。
――パシィ
限界にまで膨らんでいた結界がとうとう弾けた。
星史郎と『小狼』が転がり出てくる。羽根はひとりでに星史郎の手から離れた。今がチャンスとばかりに『小狼』が摑みかかる。
――ガバァ
だが、彼の手が羽根に届いた瞬間、羽根から黒いツルが伸びた。『小狼』を飲み込まんとするそれは、別世界への入口だった。
「「小狼くん!!」」
おなまーえとファイが同時に叫んだ。
「戻ってくる、サクラ姫と一緒に!」
彼はそう言い返すと黒いツルに飲み込まれていった。
「ぁ…」
小狼の叫びを最後に、あたりに静寂が訪れる。桜の花びらがひらひらと舞う。
「何が起こったの?」
おなまーえとファイは状況を掴めず、呆気に取られる。
「小僧は!?」
「夢の中に行かれました」
慌てた様子の黒鋼に、知世姫が冷静に返した。夢という単語で合点がいく。あの羽根は仮想空間である桜都国を現実化させたもの。異なる世界を繋ぐという点に関しては異世界も仮想空間もそう変わらないものだ。そしてこの桜の神木が夢の入り口になった。
「夢の中にいる姫の魂を連れ戻すつもりか」
桜の樹の上では、穏やかな顔のサクラの躯が横たわっている。
それとは対照的に、桜の樹は脈打つ。呼応するように空は荒れ、ただならぬ気配が漂う。
――ドクン
――ドクンドクン
ファイに手を引かれて樹の上に登る。黒鋼も軽々と枝に足をつけた。眠っているサクラをみて一同は沈黙する。
最初に口を開いたのは黒鋼だった。
「……追いかけねぇのか」
「オレにはもう、魔力はない」
「私にはできます。けど、待っててくれって言われたから」
おなまーえとファイは顔を見合わせて微笑んだ。
「「約束、ですものね(だもんね)」」
「……」
幸せそうな2人をみて黒鋼が満足げな視線を送った。
(……なんてね)
ごめんなさい。私、今嘘をつきました。
時間がないんです。せめて今この時だけでも、誤魔化させてください。
夢を見させてください。
――ビシッ
「「「!!」」」
突如、桜の樹に大きな亀裂が入った。悲鳴を上げるように花びらが大量に舞う。
「夢で何かあったかな」
「…これはサクラちゃんの夢を繋いでいる樹。つまり、夢の中のサクラちゃんの身が傷つけられたってことじゃないのかな」
「そんな…」
小狼が現れたのだろうか。それとも飛王リードの刺客か。いずれにせよ、危険が及んでいるのは間違いない。
一同は険しく顔をしかめる。
――メキメキ
不安になるような音を立てて樹が割れていく。この国の歴史ある神木が崩れていく。
「わっ…」
「つかまって」
バランスを崩したおなまーえの体をファイが支えた。一行は地上から、ただただ樹が裂けていくのを見ることしかできない。
――バキッ
亀裂が根本にまで到達した。
「なに、あれ…」
その幹から出て来た黒いコールタールのようなもの。ドロドロと溢れ出る液体からは禍々しい気配を感じた。
サクラを避難させようにも樹に近づけない。
――パァン
黒い塊が弾けた。耐えきれなくなった夢の世界の殻が破裂したのである。
「小僧!!」
「小狼くん!」
そこから現れたのは小狼と『小狼』。
どろっとした黒い液体が広間に広がる。
「くっ…」
おなまーえは魔法少女化して持ち前の神性でその液体を払ったが、他の人たちは呑まれてしまったようだ。
「みんな!」
彼女は広間を覆うように糸を張り巡らせる。せめてこれで浄化されれば良いのだが。
効果は半々といった様子で、完全に浄化することはできなかったものの、黒い液体がほんの少し緩んだ。皆が溺れることも絞め殺されることもおそらくないだろう。
足場のない『小狼』と小狼は、黒い液体の水面にかろうじて浮いている桜の枝に足をつけて、互いに大きく跳躍した。
「っ!!」
トドメを刺そうとお互いに剣を突き刺す。
この時、この瞬間。もし誰かが止めに入ることができれば。あるいは、そんなことができる余地などはなかったかもしれない。
――ゴォォッ!
そのとき、小さな竜巻のようなものが2人の間に割って入った。どこから出てきたのかもわからない。ほんの小さな竜巻。けれど、それは彼にとってなにものにも代え難い、大切なもの。
――ドシュッ
生々しい音が、広間に響き渡った。
「っ…!」
おなまーえは、一同は、その光景に息を飲んだ。体温がすうっと下がるような感覚がする。
舞い散るサクラの血。空な目。
夢から覚めた魂のみで、サクラは彼らの間に割って入ったのである。そして宙に浮いた細い体に、似つかわしくないものが突き刺さっている。
「サクラちゃん…!」
少女の体を貫通するのは、小狼の持つ緋炎。
「…!」
少年は、かけがえのない大切なものを、己の手で壊してしまった。
いっそ小狼に心がなければまだ幸せだったかもしれない。けれどこの長い旅路で育ててきた大切なそれは、小狼の中に確かに芽吹いている。
「さくら!!」
動かない小狼とは対照的に、『小狼』はすぐに事態を把握し、彼女に向かって叫ぶ。呼ばれたサクラは首だけを後ろに回し『小狼』に話しかけた。
「…貴方のサクラは、わたしじゃない」
「っ!」
悲しげに微笑んだ彼女の姿は少しずつ花びらになっていく。ひらひらと、可憐な桜の花びらに。
「私も『同じ』だから。貴方も知っていたでしょう。私本当のサクラではないと。だからあの時私に言った」
『あのサクラを一番大事だと思ったのは"おれの心"じゃない!おまえだろう!!』
東京で小狼の封印が解けてしまった時、『小狼』が言っていた言葉。この言葉の真意に、彼女はもう気がついていた。
「…あなたのサクラが、待ってる」
慈しみに満ちた目で、涙をこぼしながら、サクラはなおも懸命に伝えようと口を動かす。とうとう力が入らずがくんと前のめりになる。
「だから、どうか…これからは…」
もう彼女の半分以上が桜の花びらと化してしまっている。
「貴方の、本当の大切な人の為に…自由に……」
この旅の始まり、小狼が大切に思ったサクラは、小狼と同じように創りものだった。
飛王・リードは周到だったのだ。何かあったときのためにと、『小狼』と『サクラ』の両方のスペアを作っていたのだから。
サクラは小狼に向き合い、すっと手を差し出して彼の頬に手を当てる。
「……わたし達は創りもの。でも同じだから」
「っ…」
「あの二人が生きていてくれれば、終わりじゃ、ないから…」
その身体は既に顔と手しか残っていない。魂の核を貫通されて、助ける手立てはもう残っていない。
「ねぇ…」
小狼の耳元に寄せるようにサクラは最後の力を振り絞った。
「 」
そしておなまーえたちには聞こえないほど掠れた声で何かを呟やいた。
それが彼の心にどう働いたのかはわからない。言葉の内容だってこの距離では十分に聞き取れなかった。けれども少女の放った言葉は決して恨みつらみといった類ではなく、小狼を大切に思うゆえの言葉だったということは理解できた。
――サァッ
サクラは桜の魂は花びらとなり散った。
「あぁ……ああぁああぁぁあ!!」
花弁を握りしめた小狼の咆哮が広間に響いた。
「あぁあああ!」
「っ…」
「サクラちゃん…」
愛しい人を、己の手で殺めた。
「あぁぁあ!」
「……」
「小狼…」
これ以上の過ちがこの世の中に存在するだろうか。
「ああぁあぁあ!!」