第16章 日本国
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星史郎は穏やかに笑う。互いに三歩引いて距離を保つ。
「では改めて。双子の吸血鬼に会ったんですね」
「そうですね」
「こことは別の世界の東京で」
「…はい」
良い思い出はない。荒廃したあの世界で、多くのものを失ったから。
「ふたりはまだ東京に?」
「私たちより封真さんの方が詳しいと思います」
「……」
「あのふたりなら移動したよ。彼らが旅立った後にね」
「どこに?」
「弟の俺に教えてくれると思うかな?」
「……」
「……」
答えは否。兄弟はにっこりと笑い合った。
「ハンターは獲物に引き寄せられると言うけれど、僕はなかなか本当に会いたいモノには会えないようだ」
もうここに用はないと言わんばかりに、星史郎は魔法陣を展開する。
「待て!」
だがそれを相殺するように、『小狼』が魔法を放った。
邪魔をされた彼は『小狼』の姿を見て一瞬目を見開くが、すぐに落ち着いた様子で話し始める。
「君も…小狼だね」
「羽根はどうした」
「あるよ、ここに」
星史郎の胸元が淡く光る。
「返せ」
桜都国、実際は桜花国で星史郎はそれを手に入れ、そのまま持っていってしまった。ひとつの架空空間を現実にしてしまう程の力を持つこれを、彼が素直に返すはずがない。
『小狼』と星史郎は互いに自分の剣を取り出す。星史郎のそれは不気味な鳥の形をしていた。
「話し合いで解決する方法は?」
「ずっと見て来たからな、貴方がどういうヒトか」
「もう一人の君を通じてね。そういう所はお父上にそっくりだな。本当の親子だからこそ、なのかもしれないけど」
星史郎が胸ポケットからメガネを取り出す。これは『小狼』の戦いだから、他の出る幕はない。
「では始めよう。羽根を賭けた戦いを」
「……」
2人は各々魔力の渦を放つ。インフィニティでおなまーえと『小狼』は直接対決したが、あの場はマスターの精神力が体の自由に影響していたから全力を出してはいなかった。あの時とは比べ物にならないくらいの魔力の渦がぶつかり合う。
「…お待ちなさい」
啖呵を切った2人に割り込む者がいた。力強く凛とした声の主は天照だ。
「そのまま始められたら白鷺城が壊れてしまいますわ。戦いは結界の中で」
「……」
その言葉に知世姫が手を掲げた。
――ファァー
星史郎と『小狼』の足元に三日月型の結界が現れる。眩い光の柱が登り、おなまーえとファイと知世姫以外は結界の中に閉じ込められた。これで周りに被害が及ぶこともない。非常に高度な防御魔法だ。
「すごい…」
結界の中は異界化されており、おなまーえたちからは中が見えない。魔女の結界よりもずっと清浄な魔力なのに、それ以上に強力な結界に、おなまーえは感嘆の声を漏らした。
「あれ?黒鋼さんたちは?」
「彼らには中に入ってもらいました」
「…なぜ私たちだけ?」
おなまーえが知世姫に問いかけた。
「どうやらそちらの殿方が私にお話があるようですから」
「……」
「え?」
おなまーえはファイと知世姫を交互に見る。
「……私、邪魔ですか?」
「いや、おなまーえも聞いてほしい」
「……わかった」
立ち去ろうとしたおなまーえをファイが引き止めた。しずしずと彼女はファイの隣に立つ。
「貴女は夢見だと伺いました。夢で未来を視ることができると。けれど日本国に来て貴女に会って、オレは貴女から夢見の力は感じられなかった」
夢見とは、先を見る能力を持つ者のこと。サクラの他に、東京で出会った牙暁がそうだった。夢見の力を持つものは特殊な魔力をしている。だが知世姫に出会った時、ファイはそれを感じとることができなかった。
「…貴方と同じですわ」
知世姫はすがすがしい顔で答えた。
「あの方にお渡ししました。対価として」
「それはオレたちをセレスの次に日本国に移動させるためですか」
「……」
「あの時あの人が言っていたのは貴女のことだったんですね、知世姫」
心当たりのあるファイは目を伏せた。
おなまーえの中で疑問がパズルのように解決していく。
おかしいと思っていた。セレス国の後に、安心して治療に専念できる国に、よりによって黒鋼の母国に都合よくくることができるはずがない。それが叶ったのはファイと知世姫のおかげだった。
「でも知世姫、それじゃあこの国だって…」
「いいんです」
この国には知世姫の夢見の力で回避できる運命があっただろう。繁栄のために必要であったそれを、黒鋼たちのためだけに対価として差し出した。この国にとっては大きな損失なのは間違いないはずなのに、彼女は気に留めていないように振る舞う。
「私たち未来を視る者は先を読むことしか出来ません。だからこそ、少しでも愛せる者が幸せな道を歩めるように願う。できることはとても少ないのですけれど」
知世姫は視線をおなまーえからファイに移した。
「貴方の王のように」
「!」
ファイは金色の瞳を大きくする。
「…アシュラ王を、ご存知なんですね」
「夢は繋がっています。その夢で先を見られる夢見もまた、その夢の中でお互いの存在を知ることができる。」
「王は夢で未来を知っていたんですか?」
「……」
知世姫はこくりと頷いた。
「王は先を視、少しでも貴方に救いの道はないか探し続けていました。壊れていく中で。けれど先を変えるのはとても難しい事です。」
未来を変えることは容易だ。しかし変えられたとしても、それが望んだ結果になるとは限らない。さらなる悲劇を生むことだってある。
「ほんの少しの言葉、動き、そして心。未来はそれをきっかけに道筋を変えて行く。まるで水面に描かれる波紋のように。サクラ姫もそれを知っていたからこそ、貴方達に何も告げられなかったのでしょう」
ファイは寂しそうにサクラを見上げた。
他人に不用意に未来を伝えることはできない。伝えたところでそれを回避することはできないし、悪用される可能性が非常に高いから。
先を知っていながら、ひとりで戦うしかない。夢見として、一体どれほど孤独な戦いを強いられたのだろうか。
「……」
ファイは顔を俯かせる。
「王の行動や色々な事は、理に適っているとは思いがたい事が幾つもあります。それはやはり…」
「その理が崩れてきているのです」
「…飛王・リードの夢のために、ですか」
「はい」
「飛王・リードは何のために理を手に入れようしてるんですか」
おなまーえが問いかけた。
「いいえ、彼の目的は理を手に入れるのではなく壊すことこそが望みです。あの人の望みは誰しもが願うこと。けれどそれは誰にも覆せない理でもありますね」
「?」
「…オレと同じだよ」
彼の最初の望みを思い出す。ファイの全ての始まり。ユゥイとしての最後の望み。
「!」
ハッとしてファイと知世姫の方を見る。2人は目を伏せていた。
彼の望み。それは片割れに命を返すこと。どんな神様でもできないこと。
『死んだものを蘇らせる』
春香がお母さんを望んだように。阿修羅王が夜叉王を望んだように。大切な人の死は誰にとっても辛いこと。
飛王・リードは一体誰を失ったのだろう。藁にもすがる思いで、一体誰を。
己の望みのためにファイの片割れを殺し、黒鋼の母親を殺し、サクラと小狼を利用したことは許せない。許すつもりもない。
だが、そのありふれた望みに対し、彼を倒す以外に止める方法はないのだろうかと思わずにはいられなかった。