第16章 日本国
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「帰ったのですね、黒鋼」
振り向くと、黒髪の美しい女性が立っていた。この城の城主、天照は黒鋼に親しげに話しかける。
「おう」
「少しはマシになって戻ったようですね」
「あぁ?」
「客人たちもこの城で暫しの休息を。まだ旅は続くのでしょうが」
セレス国の次にここにくるように設定したのは侑子だ。対価を各々支払い、ここでわずかな休息を取れるのは非常にありがたい。
「それともう御一方客人が」
「だぁれ?」
促されて、一同はそちらに視線を向ける。サングラスをかけた異世界の出立ちの男がいる。
「あれは…」
「封真!」
モコナが真っ先に飛び出した。
「久しぶりだね。といっても、俺と君達が同じ時間の流れを過ごしたかどうかは分からないけど」
侑子の店の利用者で、星史郎の弟である封真。おなまーえと彼は実は接点がほとんどない。東京では周りに気にかける余裕がなかったからだろう。
モコナは彼にしがみついたまま話しかける。
「日本国には何か探しに来たの?」
「届け物があったんだ」
ゴソゴソと取り出したのはガラスでできた長い筒。封真の腰丈ほどの長さのそれの中には、人の腕のようなものが浸かっている。
(腕…?)
おなまーえはハッとして黒鋼とファイを交互に見た。
「義手だよ。表皮カバーを調達してる時間がなくて、剥き出しで申し訳ない。必要だと思うけれど」
「…なんでてめぇが持ってくる?それ以前になんでお前が知ってやがる」
「侑子さんからの依頼だよ。こことは別の、高度に機械化文明が発展した世界で手に入れた。ピッフルという国だ」
「!」
黒鋼はハッとして知世姫の方を向いた。何かを知っているであろう彼女はただ優しく微笑む。
「……対価は?」
「貰ったよ。俺は侑子さんからね」
「俺は魔女に何も渡しちゃいねぇぞ」
黒鋼は片腕を失ったことすら侑子には伝えていない。
「!」
何か心当たりのあった黒鋼はおなまーえとファイの方を見る。慌てておなまーえは小さく首を振った。
「オレが魔女さんに渡すって約束したんだ。君が眠ってる間に」
「え……黒鋼さんのはファイじゃなくて私のせいだから、私が対価を…」
「そもそもあれはオレの呪いのせいだから」
言葉を遮り、大丈夫だと言うように彼はおなまーえの頭を撫でた。
ファイは目の前で手のひらを広げた。小さな魔法陣が浮き上がり、彼の瞳から蒼い光が飛び出す。蒼い瞳は彼の魔力。
彼がまた何かを失うのではないのか。おなまーえは不安を押し殺すように、袖を掴む手に力を入れた。
青い光はファイの手のひらに集まると1つの結晶になった。透き通る美しい結晶からはファイの優しい魔力を感じる。
「ファイ、お目々の色が…」
モコナの声におなまーえは恐る恐るファイの顔を覗き込んだ。
「金色…」
空のような蒼の面影はもうなく、そこにはキラキラと輝く黄金色があった。
「オレの目の蒼色は魔力の源だから。モコナ、これを魔女さんへ」
「でも…」
モコナは躊躇する。それだけで言いたいことがわかったファイは、平気だと言わんばかりににっこりと笑った。
「大丈夫、ちゃんと見えてるよ。これはオレの最後に残った魔力だ」
「だめだよ!魔力がなくなったら、ファイ!」
「これを渡しても死なない。吸血鬼の血がオレを生かしてるから」
「……」
それすらも嘘なんじゃないかと不安になって、おなまーえは背伸びをしてファイの顔を両手で掴む。
「本当に、本当に見えてる?」
「……」
おなまーえの不安げな声にファイは微笑み、空いている手を彼女の後頭部に回した。彼はおでこに口づけをする。見えているということを示すために。
「っ!」
昨日の夜のことがフラッシュバックして、おなまーえは真っ赤になって少し身を引いた。
「約束したから。自分の命と引き替えにするようなもの渡さないよ、もう」
「……」
黒鋼と『小狼』は安心したように少し口角を上げた。おなまーえも嬉しそうに笑う。
好きだった蒼色はもうそこにはないけれど、彼が生きようとしてくれることの方がずっとずっと大切だ。
(よかった、もう未練はないね)
ほっと胸を撫で下ろす。
モコナがファイの魔力の結晶を飲み込んだのを確認して、黒鋼は義手を受け取る。筒から取り出したそれは、黒鋼の左肩に充てがうだけでひとりでに神経系と接続された。
「……」
手のひらを握ったり開いたりして彼は感触を確かめている。
「妙な感じだが、悪くねぇ」
これで黒鋼も普段通りに生活できる。戦いに出るためには慣れが必要だろうが、それまでここで休めば良いだろう。だがそれは甘い考えであった。
――キィィィイイン
耳をつんざくような、甲高い音が広間に響いた。随分と聞き慣れた音だ。時空が繋がれる瞬間の、軋んだ音。誰かがここにやってくる。
音とともに現れた男をみて一同は血相を変えた。
「「「星史郎!」」」
みな一斉に動き出す。蘇摩は天照を守るように前に立ち、『小狼』はサクラを守るように覆いかぶさる。黒鋼は知世を守るように身を乗り出し、ファイはおなまーえを守るように彼女の腕を引いた。その間僅か2秒。ほぼ反射的に警戒態勢を取ったと言っても過言ではない。
星史郎はそんなことをは気にも留めずににこやかに話しかけた。
「久しぶり…なのかな。君たちと僕が過ごした時間の流れが同じかどうか分からないけれど」
「封真と同じこと言ってる。やっぱり兄弟だから?」
「うーん、ちょっと複雑だなあ」
兄弟だとしてもなかなかなシンクロだ。
「相変わらずそうだね、星史郎兄さん」
「封真もね」
2人は互いに微笑み合い、簡単に挨拶を交わした。
星史郎はこちらに視線を戻す。
「そっちは相変わらず、とはいかないようですね」
黒鋼の赤い目、ファイの黄色い目、おなまーえの紫色の目が星史郎を睨みつけた。
「随分変わったらしい、色々と」
「……」
「魔力を失って別の力を得たようですね。吸血鬼の力を」
星史郎は助走もなしに、勢いよく突進した。圧倒的な速さ。狙いは神威の血を受けたファイの首。
「ファイ!」
「させない!」
――ガッ
ファイと星史郎の間に割って入ったのはおなまーえ。星史郎はおなまーえの首を掴み、おなまーえは星史郎の首筋に糸を巻きつける。互いにあと少し力を入れれば命を落とすことになる。
「……あなたも随分と稀有な経験をされたようですね」
「覚えてくれたんですか」
少し意外だった。桜都国では小狼以外眼中に無さそうだったから、忘れられてると思っていた。
「ええ、とても可愛らしいお嬢さんだったので」
「…お褒めの言葉をどうも」
「たくましいですね。あの時のように無力ではないようだ」
「えぇ。大切ものは自分で守る、それだけの力を手に入れました」
「……私が用のあるのは彼ではなく、彼に血を与えた者なんですけどね」
「……」
ピクリとも動かないふたり。見かねた黒鋼が新調したばかりの腕を鳴らす。
「ったく、それがヒトにものを訪ねる態度か?」
「…君が言うか?」
「あ?」
黒鋼の言葉に、ファイがおちゃらけて返す。まったくもってその通りだ。
「「まったくですわ」」
「だからうるせえってんだ!!」
外野の天照や知世姫もファイに同意するように頷く。あまりに気の抜けた会話に、おなまーえは思わず謝罪をする。
「ごめんなさい、うるさくて」
「いえ、こちらこそ失礼」
星史郎が手を緩めたから、おなまーえも糸を緩める。緊張感のない会話に脱力してくれたようだ。