第16章 日本国
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
部屋の前まで送ってくれたファイは、再びおなまーえに軽い口づけしてから黒鋼の様子を見に行った。
「キス…しちゃった…」
布団に横になり先ほどの感触を思い出す。マシュマロよりも湿ってて柔らかい感触。口元が緩むのを抑えられない。
「はぁ〜」
艶やかしいため息。そこにいるのは神様でも魔法少女でもなんでもない、ただの恋する少女だった。
おなまーえは幸せな気持ちのまま夢の中に落ちていった。
**********
「久しぶり、おなまーえちゃん」
懐かしい声に呼ばれた。可愛らしい女の子の声。いつしかと似たような状況に笑みが溢れる。
「久しぶり、まどか」
内側に宇宙を閉じ込めたような、白いドレス。美しくたなびく、ピンクの長い髪。世界中を見渡せる、透き通った黄色い目。
前会った時となんら変わりない少女の姿に安心した。
「ここは?」
「ここは夢の中。今はおなまーえちゃんの夢にお邪魔させてもらってるんだ」
夢、それは魂だけが行ける場所。風もなく灯りもない場所だが、ほんのりと暖かく視界は良好であった。
「……」
辺りを見渡したが、わざわざおなまーえの夢と言っただけあって、サクラの姿は見当たらなかった。
そのことにほんの少し落胆する。もしかしたら彼女を迎えに行けるかもと期待したのだが。
「おなまーえちゃん?」
「…ううん。なんでもない」
今はまだその時ではない。おなまーえはまどかと向き合い、頭を下げた。
「ありがとう、旅に出させてくれて」
「えへへ、よかった。ちゃんと幸せになれた?」
「うん、まどかのおかげ」
二人は微笑みあった。
神さまと呼ぶにはあまりにも幼い二人。各々が背負うものは決して生易しい運命ではないけれど、それでも彼女たちは微笑みあった。
何もない空間を、どちらからともなく歩き始める。
「まどか、時間ないから単刀直入に聞くけれど…」
「うん」
「帰る場所のなくなった私は、飛王・リードを倒したらどこに行くのかな。やっぱり無に帰る?」
飛王リードを倒すことだけを目的に現界しているおなまーえは、本来還る場所が断たれればただの無に帰す。それを、改めて確認したかった。
まどかは少し口を噤み、首を振った。
「それは私からは言えない。せっかくサクラ姫が変えた未来が変わっちゃうから」
「そこをなんとか」
「そういうものだから、だーめ」
足を止めて、まどかはおなまーえの頬を突いて優しく笑った。
「おなまーえちゃんは今やりたいことをやりきって。大丈夫、安心して。おなまーえちゃんの悪いようにはさせないから」
「どういうこと?」
「内緒」
「まどか…」
彼女の姿が少しずつ薄くなる。夢から覚める時だ。
「また会えるかな?」
「うん、おなまーえちゃんが望むならきっと。だってここはおなまーえちゃんの夢の中なんだから」
**********
目覚めの良い朝とはまさにこのこと。柔らかい布団、穏やかな日差し。胸の暖かさにおなまーえは穏やかな気持ちになった。
ふと昨日の夜のことを思い出して自然と頬が緩む。
(敬語、使わないようにしなきゃ)
おなまーえは布団からのそのそと出て身支度に取り掛かった。
「おなまーえ様、おはようございます。開けてもよろしいですか?」
女中らしき人の影が障子に映っている。
「はい、大丈夫です」
「失礼します」と言う言葉とともに障子が開き、2人の女官が姿を現した。その手には道具箱のようなものが。何かあったかとおなまーえは首を傾げた。
「よろしければ御髪を整えさせて頂きたく参りました」
「あ…」
おなまーえの不揃いな髪。セレス国でワルプルギスの夜と決別した時のままだった。たしかにこのままでは少しみすぼらしい。
彼女が決死の覚悟を決めてくれた証。
少女は毛先をいじり、もの憂げに目を細めた。
「ぜひ…お願いします」
**********
腰辺りまであったおなまーえの髪は肩にギリギリつくほどの長さになった。ボブヘアというものに憧れはあったからちょうど良い機会だ。短くなった毛が耳からこぼれ落ちる。
「おはようございます」
『小狼』、ファイ、そして昨晩目が覚めた黒鋼の元に足早で駆け寄る。白銀の髪がかすかに揺れた。
「おはようございます」
「おはよー。その髪型も素敵だね、おなまーえ」
「ありがとう、ファイ」
ファイの呼び方に『小狼』と黒鋼は何か気づいたようだが、詮索はしてこなかった。
おなまーえは黒鋼の前に立つ。
「黒鋼さん、腕大丈夫ですか?」
「あぁ」
彼の左腕は肩から消失している。セレス国でおなまーえを引っ張り出す際に失われたもの。その手で守らなければならないものもあるだろうに、彼は迷わず片腕を切り落とした。
「助けてくれて、ありがとうございました」
「次は助けねぇからな」
「はい、もう大丈夫ですよ、パパ」
「誰がパパだ!!」
一行は知世姫の案内で白鷺城の中央、桜の木の間へと辿り着いた。
そういえば修行のためにここを借りたが、結局使い魔は最後まで言うことを聞いてくれなかった。
広間に入ると、相変わらず桜の木が満開に咲き誇っている。その木の枝分かれのはじめのあたり、木の中央に見知った人影が横たえられていた。
「サクラだ!」
「っ!」
モコナが叫ぶな否や、『小狼』が真っ先に駆け寄った。ひと蹴りでサクラの元まで行くと心配そうな顔でその寝顔を眺める。
「躯の傷は手当てさせて頂きました」
その心配を拭うように知世姫が澄んだ声で『小狼』に話しかけた。ファイがインフィニティでつけた傷のせいで、胸元には包帯が巻かれていた。
「ありがとう知世姫。でもどうして木の上に?」
モコナがぴょんと知世姫に飛びつく。
「これは日本国で一番寿命の長い神木です。この樹なら魂がない躯に少しでも精気を送れます」
「桜の木…」
彼女と同じ名前の木に、『小狼』は嬉しそうに笑った。