第16章 日本国
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おなまーえはハタと思い出して口を開いた。
「そういえば私、謝らなければならないことがあるんです」
「んー、たくさんあると思うけどー、どれかな?」
「いや、その、多分どれも違う気がするのですが」
あれもこれも心当たりが多すぎるけど、今謝りたいのは対価として失ってしまったコンパクトのことだ。
「桜都国でファイがくれたコンパクト、覚えてますか?」
「うん。最後まで使っててくれたよね」
「あれをインフィニティに行くために、対価として渡しちゃって、ごめんなさい」
おなまーえは頭を下げた。
生まれて初めて好きな人からもらった大切なものだったのに。いや、だから対価として価値があったのだが。
対価はその人にとって価値のあるものでないといけない。ましてや次元を移動するならば相応の価値の高いものが必要だ。それをわかっているから、ファイは次の言葉を述べた。
「ありがとう」
「…なんで感謝するの?」
「オレのあげたコンパクトが対価になり得たのなら、それはおなまーえちゃんにとって大切なものだった。好きな子にあげたものを大切に使ってもらえたんだ、嬉しくないわけないよ」
「っ、そういうこと恥ずかしげもなく言わないでよ」
心が通じ合った途端これだ。こういうことを恥ずかしげもなく言うから、こっちが恥ずかしくてしょうがなくなる。
「オレの方こそ、謝らなきゃいけないことがある」
「な、なんですか?」
今度はファイが目を伏せた。
「東京で、おなまーえちゃんのことを見て見ぬ振りしたこと」
「……」
レコルト国で魔法少女の正体を知ってからというものの、おなまーえという存在は常にアンバランスな状態で過ごしていた。それが決定的に崩れたのがあの国、あの場所、あの瞬間。
おなまーえが止まり続ける最後の楔が自分であることを理解していながら、それを裏切る選択をした。
「ごめんね」
「……ファイはいつ気がつきましたか」
「桜都国くらいかな。オレの事慕ってくれてるなーって気づいたけど、応える気は無かった」
「そんなに前から…」
モコナもこの頃から既に知っていた。きっと黒鋼も気がついていたし、残り二人も察していたのだろう。自分はそんなに分かり易かったのかと内心がっかりする。
「でもね、すごく心地よかった。すぐに顔真っ赤にするおなまーえちゃんとの関係が」
「バカにしてます?」
「ううん、可愛いなってずっと思ってた。でもね、黒様に怒られちゃったんだ」
沙羅の国で酒盛りした翌日、おなまーえのことも少しは考えろと言われた。気がないのに素振りだけ見せるのも酷だろうと。
「気がついたらオレの中でおっきくなったくおなまーえちゃんが怖かった」
「……」
単なる同行者から、護りたい仲間に。
護りたい仲間から、そばにいたい人に。
そばにいたい人から、そばにいて欲しい人に。
そして他の何にも代え難い、愛しい人に。
この感情が特別なものだと気づくのに時間はかからなかった。
「ファイと私、多分同じこと考えてましたよ」
「そう思った。息ぴったりだったもんねー」
いずれ魔女になる運命のおなまーえと、いずれ片割れに命を返すために生きてるファイ。生きられない者と、生きるつもりのない者。2人が結ばれたところで、その先に待ち受けるのは悲劇でしかなかったから、気持ちを伝えることは決してしなかった。
「でも…」
おなまーえはこぶしひとつ分ファイに近寄り、端正な顔を覗く。手を繋いでいない方の手を、彼の頬に添える。
「好きにならないなんて、できるわけないじゃないですか。貴方はいつだって私の希望だったんですから」
ファイがいるから、生きたいと思った。
ファイと一緒にいたいから、魔女になりたくないと思った。
ファイに会いたいから、神様になることを受け入れた。
ファイを幸せにしたいから、命を投げ出す覚悟ができた。
最後のは、きっと彼に言ったらまた怒られてしまうだろう。
「東京では、すごくすごく辛かった」
「……うん、ごめんね」
もう彼にこの心の叫びは届かないと絶望した。どれほどつらくて、悲しかったことか。気持ちを弄ぶかのようなファイの行動に、身を引き裂かれるような気持ちだった。
「……」
忘れることはできない。この先思い出を塗り替えていく時間も、私にはない。ならせめて、あとほんの少しだけ夢を見させてください。
「三つ、言うこと聞いてください。そしたら許します」
「なにー?」
ファイがふにゃんと砕けて笑った。
「まず一つ目。もう大丈夫だとは思いますが、この先必ず、ご自身の身体を大切にしてください。あなたの体はあなた一人のものじゃないんですから」
「わかった。オレも、もういなくなったりしないよ」
あなたには、まだ肉体があるんだから。
「二つ目。その…おなまーえちゃんって呼び方変えてください。子供扱いされてるみたいで、ちょっと嫌です」
「あははー、それはお互い様だね。おなまーえだって敬語いつまでたっても取れないし」
「それは…」
ナチュラルに呼び方を変えられて、呼ばれたこっちが恥ずかしくなってしまった。ニマニマしてる彼はこうなることをお見通しだったのだろう。
「わかり…わかったよ、ファイ」
「うん、いい子」
投げやり気味に叫べば、彼は満足そうに笑って頭を撫でてくれた。
「で、三つ目ってー?」
次のお願いを彼は促す。
「えっと、その、三つ目は大したことないというか、私から言うほどのことじゃないというか…」
彼女は歯切れ悪く誤魔化すように目をそらす。それでも彼は急かすことはせず、ニコニコしながら待っていた。
「その…」
「……」
「えっと…」
「……」
「もう、察してよ…」
顔を赤くしながらおなまーえが口元を隠す。どうせわかってるんだろう。わかってて己の反応を楽しんでいるのだろう。やれやれといった様子で彼はおなまーえの後頭部に手を回した。
「おなまーえ」
そして自身の唇をおなまーえの綺麗な桜色の唇に重ねる。ゆっくりと、何度も角度を変えて。
「っ…」
しっとりとした感触。互いの息遣い。かすかな水音。ファイの香り。その一瞬一瞬を魂に刻みこむように噛みしめる。
それはまるで、夢のような時間。彼に翻弄されるあまり、溶けてしまいそうとまで感じた。
「っ!?」
「…ん」
ゆるりと舌が入り込む。口にしたことのない感覚。暖かなそれは歯列を丁寧になぞって柔らかな粘膜を舐められる。
「っ…んぅ…っ」
初めての感覚にどうしようもなくゾクゾクしてしまって、媚びるような自分の声に少なからず驚く。
「……かわいい」
「そういうこと言わな…っ、ぅんっ」
反射的に出た文句は、すぐに唇を塞がれてしまって言葉が続かない。さっきよりも深くくちづけられて、舌を攫われる。
細いのに力のある腕が私の腰を一層強く引き寄せて、隣り合っているから腰と腰が密着する。脇に手を回しファイの肩を掴めば、一層口付けは深くなる。
「…はぁ」
「ぁ…っ、や……待って…っ、んぅっ」
キスは終わる気配がなく、途中で漏れるファイ吐息も熱く濡れていて、唇にかかる度に頭の芯がぼうっとしていく。涙目で彼を見上げれば、艶っぽい視線を返された。
クチュッという生めかしい音を立てて2人の顔は離れた。
「……」
「……」
しかし視線が絡めば、すぐにまた唇を重ねる。片想いだった期間を上書きするように、逢えなかった時間を埋めるように。
2人を祝福するかのように桜の花びらが舞った。