1戦目
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荷物を置いて、居間に向かう。
夏希と健二は祖母の栄の元にお目通りに行った。
健二が下手を打たなければ良いが。
まだ親戚は集まり始めたばかりのようで、居間には女性が1人だけ、扇風機の前で涼んでいた。
「聖美さん」
「ん?あら?おなまーえちゃん?」
池沢聖美。
佳主馬の母だ。
「お久しぶりです」
「えー!本当に久しぶり!佳主馬と同じだから、中学生?」
「はい。この春から」
「人の子は本当に早いわねぇ」
最後に会った時は小学3年生のとき。
そりゃあ当時に比べれば、背丈も伸びて、体も女の体型に近づいている。
「聖美さん、それ…」
「ああ、これ?大きいでしょ」
おなまーえは聖美の膨らんだお腹を指差す。
言わずもがな、彼女は妊婦だった。
「体は大丈夫なんですか?」
「今は安定してるから平気。せっかくだしほら、触ってみて」
「え…」
腕を掴まれ、おなまーえは聖美の腹に手を当てさせられる。
ウニョウニョとしていて妙な感触だった。
脂肪とも筋肉とも違う、よくわからない感触。
この肉壁を隔てた向こうに、新しい生命があるのだと言われても、いまいちピンとこなかった。
「あら、今日はおとなしいわね。元気な時は結構お腹蹴っ飛ばすのよ」
「わんぱくですね。男の子ですか?」
「ううん、女の子」
「ってことは佳主馬がお兄ちゃんで、この子が妹になるんですね」
妹。
自分と同じだ。
佳主馬は夏希と違って、多分良い兄になってくれると思う。多分。
おなまーえはキョロキョロと辺りを見回す。
聖美がいるというとこは佳主馬ももうここに来てるはず。
だが彼の姿はどこにも見当たらない。
「佳主馬?」
「えっと…」
探し人の正体をズバリと当てた聖美に、言葉を濁しながらも小さく頷いて、肯定の意を示す。
「あの子ね、今納屋にいるの。おなまーえちゃんがこなくなってから、毎年ずーっと納屋に引きこもっちゃって」
「私?」
「多分遊び相手がいなくて寂しいのよね。ここ、佳主馬くらいの年齢の子って、一番近くても夏希ちゃんで、他はちっちゃい子ばかりだから」
昔はよく一緒に遊んでいた。
OZのアバターを初めて作るときも、佳主馬と一緒に試行錯誤して作った。
『作るならかわいいのがいい』
『可愛さは求めてないんだけど…』
『佳主馬、ウサギにしよう、ウサギ』
『僕の話聞いてる…?』
『服の色は赤がいいかな』
『なんで赤?』
『だってさ、赤い色っていうのは――』
懐かしい会話が脳裏に蘇る。
ウサギにしたいというおなまーえのわがままを、佳主馬は否定することなく受け入れてくれた。
一緒の頃に初めた格ゲーでは、最初は五分五分の戦いができていたのに、いつの間にか勝てなくなり、佳主馬のウサギはキングカズマとして、プロに移行していった。
それに寂しさと嫉妬を感じなかったと言えば嘘になる。
「おなまーえちゃんが来てるって知ったら佳主馬嬉しいだろうから、よかったら納屋に顔出してあげて」
「あ…」
聖美の言葉で我に帰る。
きっと聖美は友人として佳主馬と接してあげてくれと言っているのだろう。
おなまーえが彼に恋心を抱いているだなんてきっと思ってもいないはずだ。
「あ、えっと、わかりました…」
はっきりとしない口調だが、おなまーえは確かに肯定の言葉を述べ、その場を後にした。
++++++
納屋はどちらだったか。
数年前の記憶を頼りに、広い屋敷をとことこと歩き回る。
そこでおなまーえは偶然、姉と姉の彼氏役の健二の姿を見つけた。
「ごめん」
「無理です」
姉が90度の礼をしている。
様子から察するに、おそらく結局何の相談もせずに彼氏だと曾祖母に紹介したのだろう。
「お姉ちゃんのバーカ」
「おなまーえ!?」
「健二さん完全に困ってんじゃん。せめて事前に説明してあげないと」
「それもそっか…」
こほんと夏希は咳払いをする。
「じゃあ改めてバイトの内容を説明するね」
「無理です」
「おばあちゃんや親戚の前で、私の恋人のふりをしてほしいの」
「無理無理無理無理、絶対無理!!」
「……流れるように拒否するね」
まぁ聞く限り、夏希と健二はたかだか高校の先輩後輩関係。
普段も別に特別親しいわけではなさそうだ。
「第一、僕女の人と付き合ったことないですし」
「大丈夫、お姉ちゃんもないから」
「え?そうなの?」
「おなまーえ、邪魔するならあっち行って」
「静かにしまーす」
夏希は健二の両手を握った。
好きな人に手を繋がれて、嬉しくないわけがない。
健二の顔はみるみる赤くなっていく。
「がっかりさせたくないの。勢いで言っちゃったし…。元気なおばあちゃんが寝込んでるって聞いたから、あたしの彼氏連れてくるまで死んじゃだめだよって…思わず…」
そんなしょぼくれた顔で頼まれて、健二が断れるはずがないのに。
姉はなかなかに人が悪い。
「ね?わかってくれる?」
「わ、わかります…先輩の気持ち…」
とうとう彼は合意の言葉を紡いでしまった。
「ありがとう!じゃあこれから先輩って呼ばないで、夏希ちゃんって呼んで」
「へ?」
途端に水を得た魚の如く、夏希は顔を明るくさせて上機嫌で喋る。
「設定があるの」
「設定?」
「東大生で、旧家出身で、あとアメリカ留学から帰ってきたばかりってことになってるから」
「お姉ちゃん、それって…」
「おなまーえはシャーラップ」
まんま侘助叔父さんじゃないか。
天下の東京大学を卒業し、陣内家という歴史ある家を出て、アメリカ留学にも行ったことのあるあの侘助ではないか。
(そういえば夏希の初恋は叔父さんだったっけ)
健二は与えられた設定を復唱する。
「えっと、東大で、旧家出身で、アメリカ留学から帰ってきたばかり…って、僕と真反対じゃないですか!」
「覚えた?」
「やっぱ無理です、無理です」
「何でもやるって言ったくせに」
「はうっ」
頼み込むだけでは足りないと、夏希は健二を脅しにかかった。
約束を違えることは、誠実な健二にとってはできないことだった。
「ね?たった4日間だけ。あとは別れたことにするから、お願い!」
「えぇ…」
「それは健二さん可哀想だよ。お姉ちゃんのわがままに付き合わされてるんだから」
「でもバイトよ、バイト。やるっていってくれたんだから」
「バイトって言ったって、夏希お金ちゃんと払ってんの?」
「え…」
そういうところだ。
この姉、健二の優しさにつけ込んで、振り回すだけ振り回すつもりだ。
もちろん無償で。
だから彼氏ができないんだと、おなまーえは内心悪態を吐く。
「健二さん、今なら帰りのタクシー代出すけどどうする?」
「え!?ちょっと待って、もうおばあちゃんに紹介しちゃったもん!」
「おばあちゃんだけでしょ。親戚中に紹介したら後に引けなくなる。断るなら今しかないですよ」
健二は縋るような目で見てくる夏希と、それに冷めた視線を送るおなまーえを交互に見比べる。
妹の言う通り、引くなら今だ。
親戚全員に挨拶をしたら、今度こそ戻れない。
「……やります」
けれど、困っている夏希を放ってはおけなかった。
それに、命に代えてでも夏希を守ると、栄の前で宣言してしまった。
勢いに任せた発言とはいえ、あの真剣な目を裏切りたくはない。
「本当!?やったぁ!」
「…お姉ちゃん本当にさ、その人のこと大切にしなよ」
「わかってるわかってる!」
わかってないだろう、この能天気な姉は。
この数秒の間に、健二さんがどのくらい葛藤したかなんて。
その上で覚悟を決めて、首を縦に振ってくれたんだから、この人は相当夏希に惚れ込んでいる。
それを無下にはするなよと釘を刺し、おなまーえはその場を後にした。