1戦目
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「あ、そういえば」
ふと思い出したかのように夏希が視線を逸らした。
「なんか健二くんも、日本代表になれなかったーって言ってたよね?あれなんだったの?」
「えっ」
「日本代表…?」
姉妹喧嘩なんてなかったかのように、夏希はケロリとした顔で問いかけた。
「なに?スポーツ?サッカーとか?」
「あ、いやそういうやつじゃなくて…」
「運動系じゃなくて文化系じゃない?健二さん線が細いし」
「それ遠回しに貶してるよね??」
姉の夏希も天然なところがあるが、妹もなかなかに天然だ。
天然で毒舌だ。
二人とも興味が完全にこちらに移ったようで、健二は両サイドから美人に食い寄られた。
「佐久間君が言ってたよ。あとちょっとだったのに惜しかったんだって?」
「えっと…その、数学オリンピックです…」
「オリンピック?なにそれ?数学の?」
「検定じゃなくて?」
「うん、オリンピック。世界の」
「へえ…」
意外だ。
人間見た目には寄らないのだなと実感する。
今度数学を教えてもらおう。
なんなら夏希との仲を応援すると言って、夏休みの宿題全部押し付けようと、おなまーえは心の中でほくそ笑む。
「得意なんだ?」
「ええ、まぁ、というよりそれしか特技がなくて」
「へえ、なんかやってみてよ」
「『なんかやってみてよ』??フリが雑すぎない?」
「え、だって数学の問題とか今持ってないし…」
わがままにもほどがある。
だがそんな無茶振りに対しても、健二は誠実に対応した。
「そうですね……じゃあ先輩の誕生日いつですか」
すかさずおなまーえは健二の耳元に口を寄せる。
「さりげなく夏希の誕生日を聞き出すあたり策士」
「そ、そんなんじゃないって!」
清純派な姉とは違い、妹は蠱惑的で、ちょっと意地悪だ。
「あ、えーっと、私?7月19日。平成4年の…」
「日曜日です」
健二は間髪入れずに答えた。
「1992年の7月19日は日曜日でした」
「…ひょっとして、全部覚えてつるの?」
「な訳ないでしょ、バカ姉」
「なによー!おなまーえだって数学得意じゃないでしょ!」
「あの、えっと、モジュロ演算というのを使って…」
「聞いたことはあるかも」
「なによ知ったかぶりしてー」
「あの、当たってましたか?」
時折挟まれる姉妹喧嘩を物ともせずに、健二は回答の正否を問うた。
だが残念なことに、この世の中で自分の生まれた曜日を覚えている人の方がまず少ない。
「んーごめん、何曜日か知らないや」
姉も例外ではなく、困ったように笑ってごまかした。
新幹線を降り、一行はローカルの電車に乗り換える。
上田駅の掲示板を見ながら、夏希が少しずつ陣内家の話をしていく。
「おばあちゃん、今度の誕生日で90歳」
「ってことは大正9年生まれですね。お元気ですね」
「役所の大正の欄ってまだ需要あるんだね」
曽祖母は90歳。
久しぶりに会いに行くが、きっと変わらずに元気に満ち溢れているのだろう。
「夏希ちゃん?おなまーえちゃん?」
ふと姉妹の名前が呼ばれた。
振り向くと、2人の子を連れた陣内典子がこちらに駆け寄ってきた。
「典子叔母さん!」
「ひさしぶりー!おなまーえちゃん大きくなったわねぇ!」
「お久しぶりです。典子さんはお変わりなく。お子さん二人目ですか?」
「あら、下の子はおなまーえちゃんに会うのは初めてかしら?4.5年ぶりかしらね?」
「はい」
おなまーえの知らないところで月日は流れているようで、4年前はまだ小学校にも入っていなかった子供が9歳に、会ったことすらない赤ん坊が6歳になっていた。
子供にとっての4年は随分と大きい。
自分だって、この4年で体は大きく変わった。
「……」
佳主馬はどうしているだろうか。
もう他の同級生のように声変わりしてしまっているのだろうか。
おなまーえは言いようのない不安を抱きながら、曽祖母の家までの道のりを歩んでいった。
途中で祖父の兄弟の娘、由美叔母さんと奈々さん(嫁入り)と出会い、女性4人、子供3人、健二1人の華やかな旅路になった。
たかが帰省なのだが、こうも田舎だと最早旅と同じようなものだ。
「健二さん大丈夫?」
「平気平気」
健二は夏希の荷物を全部持たせられている。
おなまーえはリュックひとつだが、姉は手提げを2個も3個も用意していた。
絶対に要らないものとかたくさんあるだろうに。
門を超えてもなお続く坂に、健二は少しバテ気味だ。
「あらいらっしゃい。暑かったでしょう?」
次期当主の万理子が一行を温かく出迎える。
「まぁおなまーえちゃん!久しぶりにねぇ!」
「お久しぶりです」
「まぁまぁ!大きくなって!」
「万理子さんはお変わりなく」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
ニコニコとした笑顔のまま、万理子は健二の方に向き合う。
「あら?いらっしゃい」
「あの、この度は90歳の誕生日おめでとうございます」
「あ」
なにを勘違いしたのか、健二は万理子に深々と頭を下げて90歳の誕生祝いの言葉を述べた。
きっと緊張していたのだろう。
悪気はない。
悪気はないとはいえ、心象の良い間違われ方ではない。
「私の、母の、誕生日なの」
万理子は口角をヒクヒクさせながら、震える声で言葉を紡いだ。