3戦目
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OZの世界の中はあいかわらず落書きだらけで、あちこちのコミュニティも混乱している様子だった。
固定アナウンスで一部のサービスが使えないことを繰り返し放送しているが、いつ復旧するのか、原因はなんなのかはまだ明らかにされていない。
「あ…」
健二の元のアバターは案外すぐに見つかった。
耳が付いていて、某テーマパークのメインキャラクターを彷彿させるようなビジュアルだ。
だがその表情は、健二とは似ても似つかないほど、凶悪なものになっている。
「あの…すみません!僕のアバターでいたずらするのはやめてください!」
「……シシシシシ」
グリンと不気味に振り向いたアバターに一瞬たじろぐも、健二はすぐに主張を続ける。
「こ、この人は僕の偽物です!アカウントを奪われたんです!一体誰ですか、この人!」
すると今度は偽ケンジの周りを浮遊していた全てのアバターがぐるりとこちらをみて、一様に不気味に笑い出した。
「こ、こんないたずらして何が面白いんだよ!ネットの中だからってなんでもやっていいと思ったら大間違いだ!」
そう啖呵を切ったものの、威勢が続くことはなかった。
なんと偽ケンジがこちらに向かって殴りかかってきたのだ。
「ぐへあ!?」
もちろんなんの構えもしていなかった健二はそのパンチをモロに食らう。
すかさず猿のアバターの佐久間が解説をいれる。
「バトルモード!?エリア限定のはずなのに!」
「ぶへ、う、ぎゅむ」
リスのアバターはコロコロと転がり、顔から血を流して倒れる。
「えらいことだ。当たり判定のレギュレーションが全フィールドで書き換えられてる!」
「「!!」」
「もっとわかりやすく言うと…?」
「OZのすべての場所が、格闘場になっちまったってこと」
おなまーえと佳主馬は顔色を変えた。
これはまずい。
偽ケンジの攻撃力が低かったため、ワンパンノックアウトは免れたが、仮アバターレベルの体力でこのまま攻撃を食らっていたらK.O.になってしまう。
「逃げろ!」
「話し合いましょう…!話し合いましょう!?」
健二は困惑して逃げることができない。
おそらく彼は格ゲーなんて、ましてやバトルなんて一度もやったことがないのだろう。
リスのもちもちの頬を、偽ケンジはトランポリンのように踏み潰していたぶる。
「あ…」
「ディフェンス!」
「健二さん!なんでもいいからタイピング!」
おなまーえと佳主馬が必死に声をかけても、彼はおろおろするばかりで手を動かさない。
「何やってんの!ちょっと貸して!」
見るに見兼ねた佳主馬が健二をパソコンから引き剥がし、裏に隠していたデスクトップを開いた。
ぎゅむぎゅむと楽しそうにリスのアバターを踏み潰していた偽ケンジは、次の瞬間、見るものを圧倒する蹴りに吹き飛ばされた。
偽ケンジは壁に激突し、大きな砂埃が舞う。
すかさず次の一撃が彼を遠くへと蹴り飛ばした。
そのしなやかなウサギのフォルムを知らないものはいない。
赤いジャケットと、王者の証であるチャンピオンベルトを身につけた彼は、試合の時と変わらない目で敵を睨みつけている。
「あれは……キングカズマ!?!」
その驚きの声から、佐久間が思わず身を乗り出した様子が目に浮かんだ。
OZのコミュフィールドもあちこちに「キングがきた!」とのコメントで溢れている。
悠然とした風格は、この場にいる全てのアバターの目を惹きつけていた。
「えぇ!?」
健二は画面と佳主馬を交互に見て、驚きおののく。
信じられないという言葉が顔に張り付いているかのようだ。
偽ケンジは地上戦ではキングカズマに敵わないと悟るや否や、飛行モードに切り替え、空高く舞い上がる。
キングカズマもそれに倣って彼を追いかけ始めた。
追いかけてきた佳主馬に、偽ケンジは次の手段に出る。
ライブラリにある、ありとあらゆるオブジェクトを引っ張り出し、障害物に見立てたのだ。
本、CD、小物入れ、観葉植物、家具、電化製品、家に至るまで、これでもかというくらいの障害物を引っ張り出す。
だがそれを物ともせずに、佳主馬は複雑なタイピングで回避して追いかけていく。
「すごい……君って…」
「話しかけないで。集中できない」
「しーっ」
佳主馬は今、キングカズマとして真剣に勝負をしている。
この集中力が少しでも乱されたら彼は負けてしまう。
とうとうライブラリを一周した。
偽ケンジは追いかけてくるキングカズマにばかり気を取られていて、自分が仕掛けた正面の障害物への反応が遅れた。
――べし
なんとも間抜けな音を立てて、偽ケンジは地上へと落下していく。
もちろんカズマもそれを追いかける。
――ズドーーン
砂煙が晴れアバターたちが慌てて引き下がると、そこには偽ケンジを縛り付けるキングの姿があった。
「捕まえた!」
「ザコだよ、こんなの」
日々屈強なアバターを相手にしている佳主馬にとって、偽ケンジは敵ですらなかった。
偽ケンジはジタバタと手足を動かしてもがくものの、キングカズマにガッチリとホールドされていて動けない。
勝った。
あとは身柄を管理センターに突き出せば、一連の騒動は収まるだろう。
みな、そう油断していた。
「あ、愉快犯発見しました!」
「よし、逮捕だ!」
「「逮捕だー」」
ここは真夏の陣内家。
納屋とはいえ、いつ誰が彼の集中力を乱すかなんてわからないのだ。
7歳なんて、物事の重要性なんて何もわからない年頃だ。
だから納屋に飛び込んできた真悟と祐平が健二に飛びかかるなんて、誰も想像していなかった。
「うわ!」
「こら、やめろ!」
「佳主馬画面!!」
「え?あぁ!」
健二が子供達に押し倒され、それを退けさせようと、佳主馬はパソコンから意識を逸らしてしまった。
とっさにおなまーえが声をかけたものの、彼が気がついた時にはもう遅かった。
偽ケンジは力の入らなくなったキングカズマの拘束を簡単に抜け出していた。
偽ケンジは近くにいたアバターに襲いかかった。
足の遅い、ごく普通のなんの変哲も無いアバターを。
続けて奴はもう一体、手頃なアバターを掴み、口に頬張る。
「取り込んだ…?」
吸収というよりは咀嚼の方が表現が適切かもしれない。
――ギュワンギュワン
途端に偽ケンジのアバターに後光が差した。
神々しくも禍々しい、不気味な光だった。
あっという間に偽ケンジのアバターの殻が破れ、中から別のアバターが出現する。
「形が…」
「変わった?」
まるで蝶の羽化のように。
新しく出現したアバターは、不動明王を彷彿させるほどのフォルムをしていた。
明らかにステータスが変わっている。
佳主馬もおなまーえもそう直感した。