参
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「ん…」
意識が覚醒する。
柔らかい布団の上。
清潔な畳の匂い。
ほんのりとしたお香。
「ああぁ…」
ここがどこだとかそういうことを考えるよりも先に、やってしまったという気持ちの方が大きく、彼女は頭を抱えた。
己の体力の残量を測ることもできないだなんて、未熟者にもほどがある。
これが鬼を相手にしている時だったら間違いなく食われていた。
「……はぁ」
「目ぇ!?覚めた!?!」
ため息をついた瞬間、あの賑やかな声が降ってきた。
「ねぇおなまーえ大丈夫!?」
「大丈夫だから静かに…」
「あれから13日も寝てたんだよ!?」
「…頭に響くから静かに…」
「普通に考えてよ!?俺びっくりしたんだからね!?」
「うるさいって、言ってるの!」
――バコーン
おなまーえは手元にあった枕で善逸の頭をひっぱたいた。
「ってぇー!!?」
「寝起きに耳元で騒がれると頭に響くのよ」
もう一発、枕を掴んで彼の顔面に投げつける。
「ふごっ!?」
「っていうかあなた、私が寝てる間に変なことしてないでしょうね?」
「してない!してないから!!」
力いっぱい叩き込んだが善逸は未だ普通に喋れている。
(…筋力が落ちてる)
2週間も寝ていたのであれば、それなりに体は鈍っている。
善逸が受け身をとったことを加味しても、これはなかなかに酷い体たらく。
おなまーえは己の弱体化に落胆した。
善逸がこれまでの経緯を説明してくれた。
ここは試練会場の近くの町の宿屋らしい。
2週間、彼は毎日2人分の宿代を払ってここに滞在してくれていた。
育手に会いに行かなくていいのかと聞いたところ、少し視線を泳がせたあと、雀で連絡は送ったし、何よりおなまーえのことが心配だったと彼は言った。
わざわざこんなところにいなくても、医者に預けでもして帰っても良かったのに。
第一印象の通り、彼は本当に心根の優しい少年らしい。
昼餉にと彼が用意してきてくれたのはお粥だった。
試練前から絶食していたため、暖かい粥は空っぽの胃に心地良かった。
「聞いてもいいか?」
一通り状況説明を終えて、善逸はおなまーえに問いかけた。
彼は恩人だ。
いや、一度はおなまーえが彼の命を助けたのでトントンかもしれないが、それでもただの同期以上の関係ではある。
「どうぞ」
デザートにと団子まで用意してくれていたので、それを口に含みながらおなまーえは答えた。
「なんで突然倒れたんだ?」
「体力の限界値を超えたから」
「……俺さ、前も言ったけど耳は凄くいいんだ。あの時のおなまーえ、身体中の骨と筋肉が軋んでいたのに、普通の顔しててちょっとビビった。」
「…音ってそんなに情報量多いものなの?」
「あぁ」
彼曰く、生き物からはとにかく音がしているのだという。
たくさんの音が溢れ出しているのだとか。
呼吸音・心音・血の巡る音。
それらを注意深く聞けば、相手が何を考えているのかもわかるのだという。
「おなまーえは優しい音がする。けど、時々嘘をついてるのもわかるんだ。」
「……善逸は私の天敵ね」
「なんで!?」
みょーじおなまーえという人物はとにかく天邪鬼だ。
人が助けを求めていたら、たまたま通りがかったからという理由をこじつけて助ける。
試練でなるべく受験者が死なないように、陰ながら多くの鬼を葬ったりもしていた。
別に善行を隠したいだとかそういう崇高な理由は持ち合わせていない。
とにかく、恥ずかしいのだ。
人に感謝されたり、優しさを向けられることに慣れていない。
そこでやさぐれた性格に育てばまた変わったかもしれないが、生まれついてのお人好しは早々に変わるものではなかった。
「おなまーえさ、そもそもなんで体力の限界超えられるの?普通辛いとか痛いとか、どこかでリミットかかるだろ。あんなに体ガタガタで、どうしてなんともない顔できてたのさ?」
「…こういう時に限って妙に勘が鋭いのもマイナス点、と」
「え、マイナス!?」
嘘だ。
むしろ好感を持てた。
どうやら彼はここぞという時に力を発揮するタイプのようだ。
この鋭い洞察力と直感力で彼はあの七日間を生き延びたのだろう。
普段は情けないくせに、とおなまーえは心の中で悪態を吐く。
「……善逸、耳が良いって言ったよね?それは生まれつき?」
「え?う、うん」
「じゃあ私とお揃いだ」
「え?耳が良いの?」
「違う。私はね、生まれつき触覚というものがほとんどないの。」
「え!?触覚ないの!?!?」
善逸は驚き仰け反る。
「なんで!?え?じゃあなんか触ってもわかんないの!?」
「ゆっくり長時間触られればわかるけど、基本的にはほとんど何も感じない。同様に痛みもそう。というか、痛覚はもう存在しないわ。多分内臓引っ張り出されても血が足りなくならない限り、私動けるんじゃないかな。」
「ヒィー!!」
痛みを感じないというのは便利だ。
痛みによる恐怖を感じないから、相手を徹底的に追い詰めることができる。
「割とメリットだよ、この触覚障害と神経障害」
自身のリミットさえ分かっていれば、どんな鬼相手にも有利に戦えた。
腹を切り裂かれたって、刀を振るうことができた。
そうやって今まで鬼を滅殺してきた。
「……でもそれってつらくないか?」
「…つらい?」
善逸の言葉に、おなまーえは首を傾げた。
「体が悲鳴をあげてても、動き続けるって結構拷問だぞ。たしかに戦闘においては有利かもしれないけど、それって要は諸刃の剣じゃん。」
諸刃の剣。
一方では非常に役に立つが、他方では大きな害を与える危険もあるものの例え。
なるほど、言い得て妙だと思った。
「…でも私は剣士だから」
「剣士でもなんでも、おなまーえは女の子だろ?自ら傷を作りに行くなんて絶対ダメだ。」
善逸はおなまーえの手を握った。
ぎゅうと壊れるほど握られて、やっと彼の温もりが伝わってくる。
目と目が合う。
「……えっと」
どうしようもなく恥ずかしい。
なぜ手を握られたのだ。
妙な空気も漂っているし、本当に恥ずかしい。
真剣な眼差しから視線をそらすと、握る手を強くされた。
「俺が守るから」
「!」
ドッドッドッと心臓が早まる。
妙な汗もかいてきた。
「おなまーえが傷つかないように、俺が盾になる。だから俺と結婚――」
「カァーッ!!みょーじおなまーえ!」
善逸の言葉はおなまーえの鎹鴉によって遮られた。
「なんだよもう!!邪魔すんなよ!!」
「カァーーッ!!」
「あっ」
握られていた手が離された。
おなまーえは心拍数の上がった心臓を押さえつけるように呼吸を殺す。
(善逸は耳が良いんだ。これは隠さなきゃ。)
なぜかわからないけれど、この胸の動悸は善逸に悟られてはいけないと本能で感じ取っていた。
一度大きく深呼吸するとだいぶ気持ちが落ち着いた。
「みょーじおなまーえー!刀がぁ届いた!!」
「しゃ!しゃしゃしゃしゃべったーっ!?」
「当たり前でしょ」
おなまーえは鎹鴉を腕に乗せる。
くりくりとくちばしを撫でてあげれば、鎹鴉は嬉しそうに目を細めた。
「届いたってどこに?」
「宿の前にぃ!刀鍛冶が待っている!」
「わかった」
おなまーえは立ち上がり、壁にかけてくれていた半々羽織に手を通す。
ほんのりと洗剤の匂いがするのは、善逸が洗ってくれたのだろう。
ほつれも直っていて手先の器用さが伺える。
「善逸」
「なに!?」
「…結婚の話、私にはもったいないから別の子にやってあげて」
「…え?」
おなまーえは半月分の宿代の入った巾着を彼に放り投げる。
「わわっ」
「世話になったわ」
彼は良い人だった。
捻くれ者の自分なんかにはもったいないくらい、本当に優しい人だった。
「…花冠、嬉しかったから」
最後の言葉は聞こえるか聞こえないかの小さい声で。
あ、でも善逸は耳がいいからどうせ聞こえているのか。
どうか、彼が鬼に殺されることなく、無事でありますように。
そう思わずにはいられなかった。