弐
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玉鋼を選んだあと、体の採寸を測られ、そのあとは手の甲に階級を示す藤花彫りが施された。
鬼殺隊としての簡単な説明を受け終えると、あっという間に隊服が支給され、昼前には一同帰路につくことができた。
来た道を戻るつもりはなかった。
己に必要なものは全て持ってきた。
亡き師の家も自分のものではないし、きっとそのうち解体されるだろう。
早速藤の家とかいうものに行ってみるか。
それとも街で宿をとるか。
野宿はなるべく避けたい。
7日間の疲れをどこか安全なところで癒したい。
おなまーえは山を下り、舗装された道を歩く。
「ちょ、待ってってば!」
後ろから自分を引き止める声が聞こえた。
この声は我妻善逸少年の声だ。
「……なにか?」
おなまーえは緩慢な動きで振り向く。
彼は全身筋肉痛でヨタヨタしながらもこちらに向かって走ってきていた。
「俺生き残ったから!」
「…?おめでとう?」
「ちげーよ!礼は生き残ってから言えって言っただろー!助けてくれたお礼!」
「……あぁ」
1週間も前の会話なんて覚えてない。
たしかにそんなニュアンスのことを言った気がする。
わざわざそれをいうためだけに追いかけてきたのか。
義理堅いのか、馬鹿正直なのか。
「あの時も言ったと思うけど、ただ通りがかっただけだから」
「でも結果的に助けてもらったのは事実だから」
「…随分としつこいこと」
お礼を言われる筋合いはない。
鬼を滅殺しに行こうと西側に向かっていたのだ。
別にそれが数匹増えたところで大差はない。
「それだけじゃない」
「他には何かした記憶ないけど」
善逸は棒を支えにおなまーえの正面に立った。
「あそこにいた鬼、ほとんどお前が倒してくれたんだろ?他の受験者が襲われないようにって。」
「……」
「だからなるべく夜の長い、西側のところで鬼を倒していた。そうだろ?」
「……」
図星、だった。
おなまーえは思わず黙りこむ。
本当にこの少年はなんなのだ。
天の邪鬼な発言を、こうも正確に捉えられるとは。
まるで心が読まれているようで不気味な気持ちだ。
固まって動かなくなったおなまーえに、善逸は構わず続ける。
「おなまーえのそういうところ、俺嫌いじゃないよ」
そう言うと、彼は背中に隠し持っていた藤の花冠をおなまーえにそっと手渡した。
「なに?これ」
「誕生日って言ってたから。あの中にいたから大したもん作れなかったけど。」
「はぁ…」
手先が器用なのだろう。
藤の花冠は丁寧に編み込まれていた。
「……どうも」
予想外の出来事に簡素な礼を述べる。
「…毛虫ついてるけど」
「え!?マジ!?」
「ほらここ」
「クッソー!!」
花。
普通の女の子なら赤面して受け取るのだろう。
この7日間のわずかな時間でもこれに費やす時間があれば鍛錬でもすればよかったのに、と思ってしまう自分はやはり冷たいのだと再認識する。
反面、彼はとても愉快な性格をしている。
人を愛し、人に愛される。
人徳というのだろうか。
きっと私は彼のようにはならない。
「鬼除けのお守りにもなるしさ」
「鬼殺隊が鬼除けしてどうするの」
「遭わないに越したことはないだろ?だって夢主は女の子なんだから」
「……」
女の子。
女の子として、彼はこれをくれた。
『女だからなぁ』
亡き師の言葉が蘇る。
花冠を握る手を強めた。
師はきっとそういう意味で「女だから」と言ったわけではないと思う。
女の子であるから、普通に生きて、鬼なんかとは関係のないところで生涯を終えて欲しいと望んでいたのだろう。
でもそれは私には残酷すぎる言葉だ。
女だから。
女だから、私は。
父のようにはならない。
「…?どうかした?」
「いいえ……まぁ、藤の花は嫌いじゃないから、受け取っとくわ」
「だから半々羽織も紫色なの?」
「そうね」
七宝文様の羽織の袖を見せようとして、おなまーえはそっと持ち上げた。
持ち上げようとした。
(……あれ?)
腕が上がらない。
まるで鉛でもぶら下げられているようだ。
気がつけば瞼も重い。
ふと気を抜けば膝も折れてしまいそうだ。
試験開始から7日目。
緊張で張り詰めていた体が、とうとう限界を迎えてしまったらしい。
(しまった、"見誤った")
己の体力を見誤るなんて未熟者の証ではないか。
善逸はおなまーえに楽しそうに話しかけてくる。
その声がどんどんと遠くなっていく。
少しずつ息が荒くなる。
視界もチカチカしだす。
「――でさぁ、このあとよかったらお茶でも…ってあれ!?顔色悪くない!?」
彼にもおなまーえの不調が悟られてしまった。
「ぁ…」
「え、ちょっと待ってちょっと待って!」
「っ…」
ああ、倒れる。
せめて受け身でもとろうかと腕を上げようとするが、自身の体は言うことを聞かずにそのまま斜めになる。
「おなまーえ!?おなまーえ!?」
意識が途切れる間際。
善逸の心配する呼び声と、ほんのりと暖かい温もりを感じた気がした。