壱
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尻餅をついた善逸を少女は見下す。
「いつまで地面に腰をつけてるの?情けない」
その辛辣な言葉が、氷のように美しい少女の第一声であった。
「全く。そんなんで鬼殺隊に入りたいだなんて正気?鬼殺は命がけなのよ。その腰の刀はなに。お飾り?お遊戯会?ここはあなたのようなお子様がくるような場所じゃないの。さっさと帰りなさい。」
「なっ…!」
少女の発言は悪意の感じる口調ではない。
意地悪でこんなことを言っているわけでもない。
ただただ不快。
鈴を転がしたような少女の声は、そんな感情のこもった声だった。
彼女の言う通り、情けないのは認める。
正直鬼殺の隊士なんてものにもなりたくはない。
鬼退治が命がけだということも重々承知している。
「けどさぁ、お子様扱いはないだろう!?そもそも年もそんなに変わらないだろうし」
「私14」
「年下かよ!もっと人生の先輩を敬えよ!!」
「あ、今日15になった」
「そうかい!誕生日おめでとさん!!」
あまりに唐突すぎる少女との出会いと、予想以上に辛辣な言葉に、善逸の対女性アンテナはポキリと折れた。
こんな美少女を前にして、こんなにも心ときめかないことが、未だかつてあっただろうか。
「助けてくれたことは感謝するよ!!ありがとう!!でもあの言い方は俺でなくとも傷つくからね!?」
助けてくれたことへの感謝を添えて、善逸は彼女の発言に抗議をする。
「……はぁ」
「ため息ついちゃったよ!!俺の言葉そんなにつまんない!?」
みょーじおなまーえは大きくため息をつくと、もう用はないと言わんばかりに少年に背を向ける。
これ以上は時間の無駄だ。
私は西に行く。
西に向かって、夜になるギリギリまで粘ってなるべく多くの鬼を退治する。
「お礼とかいらない。そういうのは生き残ってから言って。そもそも別に助けようとか思ってないし。私の進行方向の邪魔だから斬っただけ。」
変な期待や気を持たれても困る。
おなまーえは背中越しにまたもや辛辣な言葉をぶつける。
「えぇー!?うそだー!?だって君、西に向かってたじゃん!?なのに俺が叫んだから、わざわざ方向転換してこっちまできてくれたんだろ!?」
「…え?」
ピタリと足を止める。
少女は振り向き、驚いたように目を見開いた。
確かに彼のいう通り、私は西へ向かっていて、彼の叫び声を聞いてこちらに来た。
通り道だと言ったのは嘘だ。
だがなぜそのささやかな嘘がバレたのか、少女にはわからなかった。
(気配?足音?いや、でも鬼に察知されない程度には静かに走ってた。もしかして息づかい…?)
あざかやな黄色の目が何もかも見透かしてくるようで、おなまーえは居心地の悪さを覚える。
「……」
おなまーえは訝しげに眉をひそめて少年から離れた。
まるで不審者を見るかのような視線を向けて。
「違うから!ストーカーとかじゃないから!!」
「ストーカーの人って自覚がないらしいわよ」
「ちょ、本当に違うから!俺耳が良いの!だから君の足音が聞こえてきて、助けにきてくれたんだなーって思ったの!」
「……」
「そんな引いた目で見ないでよー!!」
なんとも賑やかな奴だ。
こいつなら放っておいても死にはしないだろう。
耳が良いというのなら鬼の気配も十分探知できる。
見込みはゼロではない。
今回生き残って隊士になれる見込みはほぼゼロに等しいものだが。
「ってか君って言いにくい!名前!名前教えて!」
「やっぱりそういう目的なんじゃない」
「違うから!!」
人に名前を聞くときは自分から名乗るが通例だろうに。
おなまーえは仕方ないと首を振った。
「みょーじおなまーえ。あなたは?」
「我妻善逸!」
「ぜんざいね」
「ぜんざいじゃねぇ!善逸!ぜ、ん、い、つ!」
「はいはい、善逸善逸」
今度こそ、もう用はないと少女は踵を返す。
「じゃあ私はもう行くわ」
「え!?じいちゃんに無理やり試験に行かせられた俺を助けてくれるんじゃないの!?」
「助けたわけじゃないって言ってるでしょ」
スタスタとおなまーえはゆっくりと歩く。
「次、お互い無事に入口で会えるといいわね、善逸。鬼に出会ったらせめて刀は抜きなさいな。」
その腰の刀がお飾りでないのであれば。
「それはわかったけど、なんでまたわざわざ西に行くんだ?東の方が早く朝になるぞ。」
「そんな微々たる差なんてどうでも良いし。鬼を滅殺するのが鬼殺隊の仕事でしょ。」
そう言い放った少女の声色は、嘘とほんのりと優しさを含むものであった。
我妻善逸は彼女を追いかけるでもなく、ただただ呆然と小さくなっていく背中を見つめていた。
++++++
7日の夜が明けた。
みょーじおなまーえは最初に集合した広間までの道のりをゆっくりと歩いていた。
退治した鬼の総数は13体ほど。
刀は刃こぼれしてしまって最後はのこぎりみたいに扱わないと首を切れなかった。
(手入れって大事なんだな…)
自分の刀を手に入れたらこまめにメンテナンスしようと心に決めた。
自分の呼吸のせいもあるかもしれないが、刃は鋭ければ鋭いほど都合が良い。
氷の呼吸は水から派生したものであるが、水に相反して、自由に形を変えることはできない。
そのせいか型自体の数も少なく、同じ技を連発するため、長期戦には向いていない。
氷の呼吸の最大の特徴は、回避技がとても多いこと。
直線的で応用がきかないぶん、パワーを出しにくいため、回避からの打撃技が主流なのである。
パワーと剣術に優れていない自分には、この呼吸が一番合ってはいるのだが、メリット・デメリットがあることはきちんと把握していた。
藤の花が見えた。
そろそろ出口だ。
(そういえばあの子、生き残ったのかしら)
道中で助けた黄色い髪の少年。
あの後、何度か別の受験者にも遭遇したが、おなまーえが鬼を退治している間に大抵逃げ出すか、その逃げた先で鬼に食われたかのどちらかであった。
名前を聞いたのは彼だけだったというのもあり、善逸少年のことはそこそこ気になってはいた。
(まぁそれも、出口に行けばわかることか)
朝日が鳥居を照らし、神々しい光景が広がる。
――みょーじおなまーえ、最終試練合格。
【続】