伍
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善逸は吐血をした。
あのままでは拉致があかない上、善逸の体にどんどん毒が回ってしまう。
おなまーえに毒が注入されて25分が経過。
朦朧とする意識の中、彼女は力を振り絞って声を出す。
「っ、善逸!あなたは確かに臆病者だけれど、誰よりも強い。だからお願い。自分の力を信じて。私はあなたのことが好き!だからあなたも自分のことを好きになって…!」
全く。
我ながら、誰かにエールを送るだなんて、強がりで意地っ張りな自分が良くできたと思う。
というか今余計なこと口走った気がする。
好きとか言ってしまった気がする。
違う、断じて恋愛とかそういうのではない。
纏う雰囲気が先ほどまでの善逸とは全くの別物で、その剣技につい見惚れたとかそんなことはない。
普段はダメダメで、ただ優しいだけの腑抜け野郎のくせに、こういう時に限って男の顔をする彼に不覚にもときめいたわけでもない。
友として。
友として、エールを送ったのだ。
決して好きだなんて口走ってはいないはず。
いや口走ったけど、善逸の優しさが好きだと言ったのだ、うん。
そこまで考えると彼女はがくりと意識を落とした。
いくら状況が好転しようが、体内を巡る毒は健在であった。
「…!」
おなまーえがエールを送った瞬間、善逸の纏う空気がさらに一変した。
空気が震え、ビリビリとした緊張感がおなまーえ にも伝わってくる。
鬼蜘蛛はただならぬ空気を感じ、おなまーえを引っ張って小屋に避難する。
その気になれば、今一番人に近いままであるみょーじおなまーえを食べて、力を強化しようという魂胆である。
――そんなことはさせない。
彼は上半身を前に倒し、刀の柄に手を置く。
鬼蜘蛛はまたあの毒をこちらに向かって吐き出そうとしている。
この状況で正面から突っ込んでも勝ち目はない。
だがおなまーえが鬼に食われるまで一刻を争う。
自身も毒で意識が朦朧としている。
この究極の状況で彼は己のできる技を、新たなるステージにもっていった。
直線軌道の霹靂一閃しか習得できなかった善逸が、己で導き出した答え。
それは、一閃を六連続で放つ事。
これにより、鬼の意識の外からの攻撃や、複数対象への同時攻撃を成すことができる。
それこそが『雷の呼吸 壱の型・霹靂一閃 六連』。
――ドドドンっ
善逸は居合の構えから、目にも留まらぬ速さで飛び出す。
一回。
二回。
三回。
この瞬き1つの刹那の瞬間に。
四回。
五回。
足がガクガクと震える。
耐えろ。
耐えるんだ。
今ここで挫ければ、あの子を助けられない。
あの子を守ってあげられない。
そして六回目。
彼は小屋に向かって突き進み、鬼の首とみょーじおなまーえを縛っていた蜘蛛の糸を斬りあげた。
――ザンッ
宙に浮いたおなまーえはぼんやりとする意識の中、まばゆい黄色に抱きとめられる。
その揺れる髪は、さながら雷の閃光のように月明かりに照らされていた。
やってくれた。
彼が鬼を倒したのだ。
みょーじおなまーえでも届かなかったこいつの首に、我妻善逸が届いた。
――ドサッ
2人はそのまま落下し、鬼の隠れていた小屋に仰向けに転がる。
おなまーえは霞んだ視界で、必死に彼に歩み寄ろうとするも手足の形が歪んできてしまっていてうまく近づけない。
(ここまでか…)
時計の針が四半刻を超えた。
呼吸で毒のめぐりを遅らせてはいたものの、これでもう限界だ。
みょーじおなまーえはゆっくりと目を閉じ、意識を失う。
我妻善逸は夢を見る。
とても暖かくて、幸せな夢を。
我妻善逸は強くて、誰よりも強くて、弱い人や困っている人を助けてあげられる。
いつでも、どこでも、何度でも。
じいちゃんの教えてくれたこと、俺にかけてくれた時間は無駄じゃないんだ。
じいちゃんのお陰で強くなった俺が、たくさん人の役に立つ夢。
我妻善逸は夢を見る。
それが走馬灯のようなものなのかはわからない。
でも、少なくともこれ以上この鬼蜘蛛の餌食になる被害者は現れない。
それはまぎれもない事実だ。
とっさに抱えたおなまーえの体が縮まってきた。
ダメだ。
自分では彼女の毒に対処することができない。
せっかく鬼を倒したのに。
せっかく彼女を守れたのに。
自分自身を好きになれと、言ってもらえたのに。
我妻善逸は呼吸で毒のめぐりを遅らせる試みをする。
諦めるな。
まだ彼女が人間に戻る手段はあるはずだ。
生きろ。
彼女を離すな。
善逸はおなまーえを握る手を強くしめる。
そして彼は夜空をひらひらと舞う、美しい蝶に出会う。
【終】