肆
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「ふふふっ」
不気味な笑い声を上げて、やつが小屋から出てきた。
蜘蛛らしく糸を伝ってスルスルと降りていく。
「へぐっ!?」
これまで見かけた人面蜘蛛よりずっとずっとでかい。
それこそ手足はおなまーえの背丈よりもずっと大きくのびている。
あれ?
というかおなまーえはあんなに身長小さかっただろうか。
というかいたいけな女子を縛り上げるとか何事?
変態なのか?変質者なのか!?
よし、おなまーえを離せとあいつに叫ぼう。
多分無理な話だろうけど万が一ってこともある。
ああでも気持ち悪い。
あいつと話しなんてしたくない。
口も聞きたくないな。
「俺、お前みたいなやつとは口聞かないからな!!あとついでにおなまーえを離せ!!」
「…私後付けなの?」
善逸は恐怖のあまり己の思考についていけず、まず本音を口走った。
「大丈夫!おなまーえ ならその程度の糸きっと解ける!自分を信じて!」
「えぇ…」
人面蜘蛛が善逸に追いついた。
「ヒィーッ!!」
彼は再び走り回る。
「くふ、逃げても無駄だぜ。お前はもう負けている。」
「話しかけんなよ!!嫌いなんだよお前みたいなやつ!」
こいつの言い方から、やはり善逸の手の腫れは間違いなく蜘蛛の毒だ。
だが彼は咬まれたことの重大さも、この毒の恐ろしさも、まだ気がついていない。
「くふふっ、手を見てろ」
「手がなにさ!!」
「ふふふ、噛まれたろ?蜘蛛に。お前も蜘蛛になる毒だ。」
「!!」
「四半刻後には俺の奴隷となって地を這うんだ」
これは遅効性の毒である。
咬まれた箇所から血流にのってじわりじわりと全身に回り、10分経つと手足に痺れと痛みが、20分経つとめまいと吐き気、そして30分経つと体が大きく縮み始め失神する。
おなまーえは既に毒を食らってから15分ほど経っている。
呼吸で毒のめぐりを送らせてはいるものの、所詮は糠に釘。
既に手足は麻痺してめまいも十分してきた。
痛みは感じないものの、失神するのも時間の問題だ。
鬼は時計を指し示し、楽しそうにリミットを告げる。
「目覚めた時には…」
「ギャアアアッ!ギャーーッ!」
善逸は恐怖のあまり叫び出した。
足元には人面蜘蛛。
頭上には蜘蛛の手足の蜘蛛と、その隣に吊るされているおなまーえをはじめとする先輩方。
助けは来なく、今自由に動けるのは自分だけ。
絶体絶命。
超絶ピンチ。
ここで自分が動かなければ、我妻善逸はただ蜘蛛になっていくだけで、あの鬼を倒すことはできない。
だがやはり気持ち悪い。
というか毒って何?
聞いてないよ??
「ア゛ーーッ!」
思考回路がショートする。
彼は暗い森を走り出した。
「逃げても…」
「無駄ね!ハイハイハイ!!」
おなまーえは内心ガッツポーズをする。
いいんだ。
癸の自分たちではこいつには敵わない。
ならばせめて、森の外に出て上の位の鬼殺隊を呼ぶのだ。
彼らに「蜘蛛に咬まれるな」と言えれば、完璧。
この鬼は力自体はそんなに強くない。
この厄介な蜘蛛化さえ免れれば、鬼殺隊ならば難なく倒せるはずだ。
「わギャってんだよ!わかってんの!!」
だが善逸はこの場からは逃げ出さなかった。
半泣きで鬼に背を向け、それでも視界の端に囚われたおなまーえが映り込み、彼は手頃な木に登ったのである。
「善逸、逃げなさいってば!」
「ハハハハ!何してるんだお前」
「うるせーよ!うるせぇ!!」
彼は木の上で膝を抱えてうずくまった。
恐怖に体が震えて冷静な判断ができなくなっているのか。
「怯えることはないぞォ。毒が回りきって蜘蛛になったら知能もなくなる。」
「いや、だからそれが嫌なんだわ、それが!!なんでわかんないのお前さ!友達恋人いないだろ、嫌われるよ!」
「……」
「……」
せめて蜘蛛になった先輩方を足止めすれば善逸は逃げてくれるだろうか。
そう思って力のあまり入らない腕に意識を向けるが、蜘蛛の糸はビクともしない。
「ひぃぃいい!!ひぃぃ!嫌だ嫌だぁ!あんな風になりたくない!!ひぃぃいい!!」
「しっかりして善逸!泣くな!にげるな!そんな行動に意味はない!」
「っ!!」
それは我妻善逸を剣士として育てた育手のじいちゃんの言葉とそっくりそのままであった。
善逸はじいちゃんが好きだった。
惚れた女に別の男と駆け落ちするための金を貢がされ、借金まみれになった自分を助けてくれた。
まぁ剣士育てたかっただけかもしれないが、助けてくれたことは事実だ。
じいちゃんの期待に応えたい。
じいちゃんに恩返しがしたい。
そう思って剣士の修行をしてきた。
でも無理なんだ。
こっそりじいちゃんの目を盗んで、寝る間も惜しんで修行もしたけれど、全然結果が出ない。
才能があるって言われても納得できない。
(嫌な人生だよ)
雷に打たれて髪の色変わるし。
生きてるだけありがたかったけど。
俺は、俺が一番自分のこと好きじゃない。
ちゃんとやらなきゃっていつも思うのに、怯えるし、逃げるし、泣きますし。
囚われてる好きな女を前にしても、手も足も出せずにこうしてうずくまっている。
変わりたい。
ちゃんとした人間になりたい。
「でもさぁ!俺だって頑張ってるよ!なのに最期髪ズル抜けで化け物になんの!?嘘でしょ!?嘘すぎじゃない!?」
頭を抱え、ぶんぶんと首を振る。
他人の声なんてもう入らない。
彼は己の精神の未熟さにヤケになっていた。
その時、ズルリと彼の髪が抜けた。
頭を抑えていた手をハッと見ると、1束なんて量ではない数の毛髪が抜け落ちている。
(え、このタイミングで抜けるの…?)
先の説明に髪が抜けるタイミングは言われていなかった。
なんだよそれ。
好きな子の前で頭ツルツルになって、地面這いつくばるのが最期なのか?
いや、自分より先にあの国宝級の美人のおなまーえが、自分同様頭ズル抜けで蜘蛛になるのか?
「…ばうっ」
善逸は恐怖のあまり気絶した。
【続】