肆
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伊之助と炭治郎に置いていかれた善逸は、それでも禰豆子を追いかけて哪吒蜘蛛山に足を踏み入れた。
「炭治郎たちも見つからないし、最悪だよ。どこいったのよ。どっちよ!」
炭治郎であれば匂いを嗅ぎ分けて目的まで辿り着けたかもしれないが、あいにく善逸が優れているのは耳だ。
炭治郎と伊之助が見つからず、完全に真っ暗な森の中で一人きりで、あたり一帯に意味不明な腐臭も充満している。
「蜘蛛がカサカサする音すごい気持ち悪いし、いや蜘蛛も一生懸命生きてるんだろうけどさ!」
そして何よりここには蜘蛛がたくさんいる。
耳を澄ませても、聴こえるのはほとんどこのカサカサ音なのである。
――ガサガサ
低木が一層大きく揺れた。
恐怖心でたまらなくなった善逸は叫ぶ。
「もーっ!うるさいよ、じっとしてて!」
ビシッと指を指してその草むらに振り向いた瞬間。
「……」
「……」
彼の時がほんの一瞬止まった。
現れたのは虚ろな目をした人の顔と、そこから生えている蜘蛛の手足。
「…こんなことある!?!?」
善逸は猛スピードで森の奥へと駆け抜ける。
「人面なんですけど、人面蜘蛛なんですけど!どういうことこれ!!どういうこと!?夢であれ夢であれ夢であれよ、お願い!」
彼は逃げるのに夢中で、進行方向で腐臭が強くなっていることに気がつかない。
「夢であってくれたなら俺頑張るから!起きたとき禰豆子ちゃんの膝枕か、おなまーえの抱擁だったりしたらもうすごい頑張る。畑を耕します。一反でも二反でも耕してみせる!!」
可愛い禰豆子か美人なおなまーえに、いや、とにかく可愛い子によしよしされたい。
怖い夢を見たねと慰めてもらいたい。
いや、慰めてもらう。
禰豆子にはアタックしにくいから、次おなまーえにあったらお願いしよう。
――カサカサ
だがそんな現実逃避も現状打破においては意味を成さず。
人面蜘蛛に追いかけ回されているという事実は変わらず。
「悪夢から覚めてくれぇーー!!」
彼は腹の底から渾身の叫びを上げた。
「っ、善逸逃げて…!」
「え!?」
そして我妻善逸は、ぐるぐる巻きにされて吊るされているみょーじおなまーえとの再会を果たした。
++++++
おなまーえはぷらんぷらんとミノムシのように釣らせられていた。
(私ってほんとバカ…)
蜘蛛に咬まれたことにも気がつかず、兄を名乗る鬼に威勢良く挑んだのも10分前の出来事。
だんだんと体に力が入らなくなり、気がつけば体が縮んでいてバランスを保てなくなった。
体勢を崩したところに蜘蛛の糸から絡みつき、あれよあれよと言う間にこの体勢に釣らせられてしまったのである。
「はぁ…」
何が腕試しをしたいだ。
物足りないだ。
全然実力が伴っていない。
己の力を過信していた。
自分は剣技にも優れてないし、パワーもない。
強いて言うならスピードとセンスだけはあるものの、それも新人の間の中では抜き出ていたというだけであって、鬼殺隊の中では中の下程度のスキルしか揃っていない。
おなまーえは、地面を這う蜘蛛化した先輩隊士を見下ろす。
髪も抜け落ち、目は虚ろになり、手足は縮みきってしまっている。
彼らの方が自分よりずっと経験豊富で、剣技に優れていただろう。
今はもう蜘蛛化によって、体もろとも知性まで溶かされてしまっているが。
(私もああなるのか…)
体の痛みは感じない。
めまいは多少してきたものの、まだ平衡感覚は失ってはいない。
「はぁ…」
助けは期待できない。
というか、癸の位が束になってもこいつには敵わないだろう。
まさかたかが蜘蛛に噛まれたぐらいでこんなことになるとは誰も思うまい。
みょーじおなまーえはがくりとうな垂れた。
このまま蜘蛛として生きるのは生理的にかなり嫌悪感を抱く。
憂鬱になるのも訳ないだろう。
「っ、悪夢から覚めてくれぇーー!!」
「!!」
聞きなれた声に、おなまーえはハッと顔を上げた。
いけない。
彼がここにきてはいけない。
だって彼は弱虫なのだ。
鬼が目の前に迫ってきても剣を抜けなかった程度には臆病なのだ。
その彼が、この兄を名乗る鬼相手に戦えるとは到底思えない。
「っ、善逸逃げて…!」
「え!?」
我妻善逸は顔を上げた。
彼の目に飛び込んできたのは、ぐるぐる巻きに吊るされたみょーじおなまーえと他隊員、そして宙に浮いている薄汚い小屋。
「なんでおなまーえ吊るされてるの!!?」
「私には構わないで!もう助かる見込みないから!」
「助からな…え!?見込み!?」
以前会った時よりも随分と切羽詰まった顔でみょーじおなまーえは叫ぶ。
基本的には本心を表に出さない彼女だから、おなまーえはそんな顔もできるのかとほっこりするのも束の間、彼女の発言は聞き捨てならないと首を振る。
「いやいやいやいや、おなまーえそんな状態で置いてくなんて、で、ででできるわけななないだろ!待ってて、すぐに…」
「いいから帰りなさい!お願いだから帰って!!」
「え、でも…え!?」
もう手遅れかもしれないけれど、まだ蜘蛛に咬まれていないのであれば、こいつを倒せる強い隊士を連れてこれる。
「蜘蛛に咬まれないで帰って!応援を呼んで!」
「え、蜘蛛…?」
そう、蜘蛛。
――カサカサカサ
今自分を追いかけてきている人面蜘蛛のことだろうか?
「っ…!」
指をさしておなまーえに確認した瞬間、彼女は絶望に満ちた顔をした。
彼女の黒い目に、彼の手が赤く腫れているのが見えたからである。