#01
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「じゃあ、あとはよろしくね。わからないことあったら、電話でもかけて。」
「ありがとう、おなまーえちゃん」
「お疲れ様ー」
時刻は17:30。
少し遅れてしまった。
縢と六合塚がいれば何かあっても問題ないだろう。
しばらくすれば征陸も来るし。
おなまーえは急いでホロコスを纏い、デートにふさわしい格好に着替える。
メイクは朝のままだが、化粧室に行く暇はない。
待ち合わせ場所の公園に全力でダッシュをする。
こういう体を動かす時、刑事をやっててよかったと日々痛感するのである。
ベンチには1人の男性が腰をかけていた。
「っ、はぁ、おまたせ、時任さん」
「ああ、みょーじさん。よかった。」
時刻は18:06。
予定時刻より6分オーバーしてしまった。
「ごめん。レストラン予約してないんだけど、適当なところでいいかな?」
「はい、構いません」
自然な流れで、おなまーえは彼の半歩後ろを歩く。
この男・時任智也は、みょーじおなまーえの婚約者である。
****
『成しうる者が為すべきを為す。これこそシビュラが人類にもたらした恩寵である。』
シビュラシステムとは、サイマティックスキャンにより読み取った人々の生体力場を解析し、それをPSYCHO-PASSとして数値化するものである。
その数値をもとに、精神の健康状態、個人の能力を最大限生かした職業適性を示し、人々が最適で充実した人生を送れるように支援を行う包括的生涯福祉支援システム。
シビュラシステムに頼れば生涯悩むことなく生きていける。
進路然り、職業然り、結婚相手然り。
人類が選ぶという権利を放棄したわけではなく、未だにシビュラシステムに対して反抗する者もいるが、シビュラの敷いたレールに沿って生きれば間違いなく平穏無事な毎日が送れるのである。
時任智也はシビュラシステムがマッチングさせた、おなまーえに最も合う結婚相手だった。
穏やかで人当たりが良く、国土交通省に勤務している25歳。
酒もタバコも嗜まず、模範的な一般市民。
おなまーえ自身も、この人のことを好きかどうか聞かれれば、間違いなくイエスと答えられるくらいには好感を持っている。
でもそれだけだ。
頻繁に連絡をしたいわけでもなく、デートも両手で数えるほどしか行っていない。
それも仕事帰りの食事会のみ。
手を繋いだことは数回あるが、キスしたことだって未だにない。
それに不満を感じているかと聞かれれば、それはノーだ。
さすがシビュラシステム様々なだけあって、そうした価値観もおなまーえと時任智也は完全に一致していた。
たまに会って近況報告をする。
その程度で互いに満足している。
いや、その程度以上のことをする気が起きないと言った方が良いのか。
「仕事、忙しそうだね」
「うん、新人が来てくれてね。吸収の早い子だから、教えるのが楽しくて。」
2人が入ったのはお洒落なバーラウンジ。
ホログラムで彩られた店内で、メディカルカクテルで乾杯して、機械が作った食事を頂く。
実に模範的で、一般的なカップルのデートだ。
「2ヶ月連絡できなくてごめんね」
「大丈夫。時任さんも…その、きっと余裕なかっただろうから。」
半年前、彼の弟・時任雄一が亡くなった。
事故だった。
年が離れていることもあり、時任智也はいたく弟のことを可愛がっていたから、彼の死を知らされた時の時任智也はかなり色相が濁ったらしい。
セラピーを受けて、その分の遅れた業務を取り戻すためにここ2ヶ月はおなまーえと連絡を絶っていた。
「結婚の日程も後回しにしてもらっちゃって…」
「いいよ。まだ何も決めてなかった段階だったし、しばらくはこのままで行こう。焦ってもいいことないよ。」
「…ありがとう。やっぱり君は理想の女性だ。」
時任智也はほっと胸をなでおろす。
理想の女性。
理想の妻。
理想の結婚生活。
それを受け入れると決めたのは自分なのに、どうしてか心の中で違和感を拭えない。
与えられた理想郷はどうにも生ぬるく、居心地の悪さすら感じさせた。
「……」
おなまーえは胸に手を当てて、服の下にしまってあるリングを弄る。
何かを思い出したり、考え事をするときの癖だ。
「そういえば、公安の君に聞きたいことがあって」
「なに?事件の内容とかは教えられないけど」
「いや、その、ちょっと不思議なことがあって。公安に届けるべきか否かを判断してもらいたくて…」
「そんなことならお安い御用だよ」
時任智也はタブレットを取り出して一枚の画像を見せた。
「『メランコリー・レイニーブルー』って知ってる?」
「知ってるもなにも、雄一くんのアバターじゃない」
彼の弟はネットでも大人気のアバターの中の人だった。
おなまーえはバーチャルアバターに興味がなく、数えるほどしか利用したことがないが。
「レイニーブルーがどうかしたの?」
「……その、妙な話なんだけどね」
「うん」
「このアバターが、今もネットの中で活躍してらしいんだ」
「…というと?」
「雄一は死んだのに、アバターだけがネットの中で活動してるんだ。これってなりすましか、窃盗か……とにかく事件になるのかなって。」
気になって詳しく話を聞く。
レイニーブルーがネット上で生きていると知ったのはつい1週間前。
きっかけは時任智也が、祖父の年金が異常に多いことに気がついたことだった。
レイニーブルーは祖父のアカウントで、それを弟の時任雄一が動かしていたもの。
いわゆるアフェリエイト収入も祖父の口座に振り込まれていたのだが、雄一が死んだ後も口座に報酬が入っているのだという。
怪しんでネットを見てみたところ、レイニーブルーは本日も千客万来。
相変わらず人気を博しているらしい。
「それ、振り込まれてるだけなんだよね?」
「ああ」
「金銭を要求されたり、雄一くんの人権を侵害するようなことも…」
「ない」
「うーん……不気味な話だね」
「だろう?」
誰かがアバターを乗っ取って動かしているというのに、その報酬であるアフェリエイト収入には一切手がつけられていない。
金銭が目的でないとするのなら、一体誰が何のためにレイニーブルーを動かしているのだろうか。
「……残念ながら、現時点では公安は手出しできないかな。だって被害が出てないんだし。」
「だよな…」
「正式な窓口での対応はわからないけど、多分持ってっても相手にされないと思う」
「そうか」
「……でも、やっぱり気持ち悪いよね」
「ああ。幽霊なんぞついぞ信じたことはなかったんだがな。」
「……そうだね」
死してなお、ネット上を動き回る幽霊アバター。
一応頭の片隅に留めておこう。
――カラン
カクテルの氷が崩れた。
#01 終