#08
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……縢は」
掠れた声。
絞り出したような声。
「縢は…シビュラを憎いとは思わなかったの?」
己の人生を全て台無しにさせたシビュラを。
正義を名乗るシビュラを。
幼き少年少女を引き裂いたシビュラを。
憎いとは思わなかったのか。
縢は表情を変えずに答えた。
「……思うぜ。クソッタレめってな。」
「…なら――」
「だがな。それ以上に、今はお前にムカついてるんだよ。」
「……そう」
そうか。
ムカついてる、のか。
おなまーえは悲しげに眉を下げた。
――縢に、嫌われてしまった。
「だいたいな、重いんだよ。いつまでオレのこと引きずってんだっつーの。」
「…ごめん」
「いつまでもこんな指輪身につけてよ」
縢は首元に手を添えて、ネックレスに通されたおもちゃの指輪を拾い上げた。
「……お前には婚約者がいんだろ」
本音が漏れた。
幸せになってほしいと願った。
オレとの約束なんて忘れて、オレのことなど気にしないで、オレがいるだなんてことは忘れて、ただ幸せになって欲しかった。
潜在犯である自分では彼女に人並みの幸せを与えることはできない。
ならば、非常に癪ではあるが、シビュラが判定を下したという彼女にぴったりの男と添い遂げてほしい。
そして、自分が彼女にしてやれなかったことを、その男からたくさんたくさんしてもらってほしい。
それが縢秀星の恋のあり方であり、何よりもの願いだった。
だが彼の切なる祈りは、彼女の言葉で簡単に打ち砕かれた。
「……時任さんとは別れたよ」
みょーじおなまーえは天井のシミを見つめながら、いとも簡単に言ってのけた。
「…は?」
「だから別れたの。時任さんとは。」
絶句。
文字通り、言葉が出なかった。
別れた?
善良で人畜無害で、一般市民の代表のような優男と?
なぜ?
話で聞いた限り、時任は彼女を大切にしてくれているように思えた。
縢にとってそれは複雑な心境ではあったものの、とても喜ばしいことであった。
というのに――
(なんで別れたんだ?)
喧嘩した等の話は一切聞いたことがない。
不満も一切聞いていなかった。
ただただ疑問しか浮かばず、なんでと聞く前に、彼女は理由を述べた。
「…私さ、気づいたんだ」
「何に?」
「……」
彼女は長い睫毛を下ろした。
一係が大変なときに不謹慎とは思われるが、その仕草は妙に色気を帯びていた。
「私さー……ちっちゃい頃から秀星のことが好きなんだよ」
まるでなんてことのない世間話をするかのように、彼女は呟いた。
青年は目を丸くさせる。
その瞬間に全てを悟った。
(っとに…)
この女は。
幼い頃から一緒だったのだ。
ここまでわかれば、彼女の思考回路くらい手に取るようにわかる。
監視官になったことも。
チェ・グソンの甘言に乗ったことも。
時任と別れたことも。
シビュラを憎いと思ったことも。
彼女の行動理由の全てが――
(全部、オレのためか…)
脱力する。
彼女にかけていた体重が軽くなった。
幼い頃の約束なんて、忘れていてくれてよかったのに。
(人の気も知らないで…)
ただ人並みの幸せを謳歌して欲しかったというのに、彼女はここまで堕ちてきてしまった。
ひとえに、縢秀星を愛しているという気持ちだけで。
「……ざけんなよ」
静かな部屋に、低い声が反響する。
好きと言われた喜びより、時任と添い遂げる道を選んでくれなかったことに憤りを感じる。
それほどまでに、縢秀星はみょーじおなまーえを大切に思っていた。
「オレはさ、5歳の頃に世間から弾かれて、それからみょーじ監視官の知らない世界を見てきたわけ」
縢は弄っていたおもちゃの指輪を思い切り引きちぎった。
ネックレスは千切れてチェーンが外れっぱなしの状態になる。
「別にそれに対して嫌だったとは思ってない。それなりに楽しくやらせてもらったしな。」
「……そうだったんだ」
「これまでまともな社会を渡ってこれた甘ちゃんには、想像つかないことだってやってきたわけよ」
「…何を…」
縢秀星はおもむろにみょーじおなまーえの胸元に手をかけた。
真っ白なワイシャツの胸ぐらを掴んだかと思うと、彼は容赦なく、それを左右に引きちぎった。
――ビリィ
ボタンが弾けるのなんてなんのその。
力任せに服を引きちぎる。
おなまーえの色気のカケラもないベージュの下着が白日の下に晒される。
「っ!?」
流石に諦観していた彼女も、この事態には表情を変えた。
自由になった手で、慌てて胸元の布を抑える。
「人を馬鹿にするのも大概にしろよ」
「馬鹿にしてなんて…」
「オレが欲しくても手に入らないもの全部持ってるお前が、それら全て投げ出してる様は見てて腹が立つんだよ」
「っ…」
ああ、彼はそういう人だった。
だから言いたくなかったんだ。
自分がこんな醜い考えを持っているだなんて。
「好き好んでこっちの世界に来ようとする奴のことなんざ…」
ぐわんぐわんと頭が鳴る。
ほんの一拍が、まるで永遠の静寂のように感じた。
「…大っ嫌いだ」
彼は指輪を地面に叩きつけた。