#07
夢小説設定
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その次の瞬間。
――ガバ
「っ!!」
おなまーえは何者かに腕を掴まれ、押さえつけられる。
「はなっ!して!」
身を捩り、声を上げて抵抗する。
耳元に唇が寄せられた。
「ほんっと、危機管理能力がなってませんねぇ、監視官さん?」
「っ!!やっぱりアンタなのね」
首を45度回して後ろを睨みつける。
赤茶色の髪。
赤と金色の義眼。
狐のような笑み。
天才ハッカーとの、3度目の出会いだった。
「少し考えれば分かることでしょうに。それとも、仲間が傷つけられてショックでしたか?」
「シビュラを暴くのに専念してくれるなら見逃したけれど、今回ばかりはさすがの私も黙ってられない」
「ホウ」
「…なんで狡噛を狙ったの」
おなまーえは低い声で問いかけた。
一見するとこの事件は常守朱を狙うために用意されたものに見える。
だがあの狩場を見て直感した。
これは朱を狙ったものではない。
それよりももっと獰猛で、鼻が効いて、ゲームをより盛り立てるプレイヤーに相応しい人物――つまり狡噛を狙ったものに相違なかった。
「……ウチの旦那が彼に興味津々でね。まぁ良い暇潰しにもなるし、ギャラはたんまりもらえるし、断る道理はありません。」
「そんな、理由で…」
「ええ、そんな理由です。あなただってその程度の理由でシビュラに対抗しようとしているのでしょう?」
カッと頭に血がのぼるのを抑える。
たしかにシビュラと敵対するのに、高尚な理由は持っていない。
こいつにその程度と言われても否定はできない。
抑えろ。
我慢するんだ。
こいつの狙いはただ狡噛を釣るだけじゃないはずだ。
おなまーえは一呼吸置いて冷静に分析した。
「アンタ、一体何が狙いなの。狡噛が来ることまで織り込み済みで、あのわざとらしい誘いで、私がここに来ることも計算通りなんでしょう。」
彼女を拘束したまま、チェ・グソンはニヤリと笑った。
「ええ。実はシビュラを暴くのに少々厄介なセキュリティがありましてね。あなたの権限があればそれももう少し容易になる。」
「あれ、凄腕のハッカーのくせにセキュリティの一つも突破できないの?」
「いえいえ、突破することはできますが、少々手荒な真似になるんですよ。」
「手荒なのって嫌いじゃなかった?」
「まぁそうですね。だからこうしてあなたに協力を願っているんです。」
「…断ったら?」
「この首都圏の機能を全て麻痺させる事態になりますね」
そんなこと、できるはずがない。
そう言葉にしようとして、続かなかった。
なぜなら今自身の手を抑えているこの男は、それができるだけの技量を持ち得ている。
首都圏に住む全市民を人質に、チェ・グソンは協力を申し出てきた。
「…っ」
悔しさに唇を噛む。
自身の甘さにほとほと呆れる。
最初から、この男は自分を利用するつもりで話しかけていたのだ。
何が妹に似てるだ。
ただ使える駒だと思って利用したかっただけだろうに。
(私が断れば、首都圏に被害が及ぶ…)
もうここまできたら引くことはできない。
「……」
おなまーえは重い首を持ち上げた。
「そうはさせねぇ、よっ!」
そのまま頷いて肯定の意を示そうとしたそのとき、青年の声が聞こえた。
と思うやいなや、視界の端から見覚えのあるオレンジ色の髪が駆けてきて、おなまーえとチェ・グソンの間に割って入ってきた。
チェ・グソンはあっさりと拘束を解き、十分な距離を取る。
「か、縢!?」
縢はおなまーえを後ろに、チェ・グソンを睨みつける。
対して向こうは至極残念といった様子で眉を下げていた。
「なるほど、君が彼女の幼馴染か」
「なーにうちの監視官誑かせてくれちゃってるわけ?」
「その子が望んでやろうとしていることを、ちょいと手伝ってやろうとしてるんだよ」
「っ…」
「…やっぱり槙島の仲間か、オメー」
殺意を燻らせているだけの者に、それを実行できるだけの方法と手段を与える。
シビュラに恨みを抱いていたおなまーえに、それを実行できるだけにハッカーを与える。
狡噛が言っていた、これが槙島のやり口だ。
「おや、旦那の名前まではバレてたんですね」
さして驚く様子もなく、男はニコニコと笑った。
「テメェが直接手を下してようが下していなかろうが関係ねぇ。ちょっくら署までご同行願おうか。」
「ヤダなぁ。オレ頭脳派だから喧嘩とか苦手なのに。」
チェ・グソンは逃げる気だ。
ジリジリと少しずつ足を後退させている。
両者一触即発。
突き刺すような居心地の悪さ。
例えるのであれば、虎と蛇のにらみ合い。
おなまーえはただただ困惑するのみであった。
「いやぁぁああぁああ!!!」
空気を引き裂くような悲鳴が、あたり一帯に響き渡った。
まるで断末魔のような女性の叫び声。
「っ!?」
「なんだ!?」
縢とおなまーえは目の前の男から意識をそらした。
「…ふっ」
そのほんの一瞬の隙をついて、チェ・グソンは走り出した。
「あ!おい待て!!」
気がついた時には彼の背は遠い暗闇に消えて行ってしまった。
縢は追いかけようと一歩踏み出したものの、ほんの一瞬躊躇し、男の姿を見失った。
去っていく足音が小さくなっていくほど、体が重く感じる。
(…また、裁けなかった…)
何もできなかった。
何もしなかった。
あいつに利用されて、それに屈服しそうになっていた。
今だって、縢とともに追いかければ追いついたはずだ。
けれど自分は足を動かさず、結果的にそれが縢を足止めさせることになった。
「……」
「……」
縢はこの場で追求することはせず、おなまーえも弁明することもなかった。