#06
夢小説設定
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「…うわ…」
通報を受けて、渋谷区代官山の公園に駆けつけてみれば、それはそれは酷い有様の死体が設置されていた。
――そう、設置。
少女の死体は噴水の下に、まるで芸術品のようにオブジェにされていたのである。
通報をした男は「作り物かと思った」と口にしていた。
まるで人形のような生気のない肌。
フィギュアのようにバラバラになった四肢。
ガラス玉のような艶のある瞳。
(……芸術品みたい)
あまりにも美しく悪魔的で、不謹慎ながら、おなまーえは漠然とそんなことを思っていた。
それと同時に、例の未解決事件・公安局広域重要指定事件102、通称標本事件に酷似していると、おなまーえだけではなくこの場にいる全員が感じた。
「……今回の捜査からはずれてもらうぞ、狡噛」
「えっ」
「…なんでだ?
「余計な先入観に捉われた刑事を初動捜査に加えるわけにはいかない」
「私からしてみたら、宜野座さんこそ余計な先入観とやらをお持ちのように見えますが」
「口を慎め、みょーじ監視官」
「はいはい」
肩をすくめて素直に口を閉じる。
「刑事さーん」
「はーい、今行きまーす」
呼ばれたおなまーえはホログラムの電源装置に近寄った。
おなまーえはプログラミングはおろか、ソースやらコードやらそういった類のことは専門外だ。
故に公園のホログラムを弄ることが、どの程度の技術でできるのかもわからない。
(……この事件もチェ・グソンが関与していたりして)
冗談半分で、なんとなく頭の片隅でそんなことを思っていた。
結局、狡噛は捜査から外され、常守監視官もその監視という名目で除外された。
****
初動捜査の結果、被害者は葛原沙月・15歳だということがわかった。
1週間前から行方不明になっていて、捜索願いが出ていたらしい。
彼女は全寮制の女子高等教育機関、桜霜学園の生徒で、この学校は3年前の未解決事件、標本事件の容疑者・藤間幸三郎の勤務先。
遺体も特殊な薬剤によってタンパク質がプラスチック状に変質していて、分析の結果、3年前の事件でつかわれた薬品と同一であることが判明していた。
会議後、夕食刻。
あんな遺体を見た後でも、食べるものは食べないと脳が働かない。
配属されて間もない頃は食事が喉を通らなくて大変だったが、最近はすっかり慣れてしまった。
公安本部の食堂で、おなまーえはうどんと天ぷらを、縢はハンバーガーを注文して、2人は対面して席に着く。
今日はもう2人とも上がりだ。
「なーんでギノさん、あんな意地になってんのかね。コウちゃんの意見も聞くだけ聞きゃあいいのに。」
「ほら、あの人潜在犯潔癖症だから」
「何それ、初めて聞いたんだけど」
「今私が作った」
どれほど標本事件と今回の事件が酷似していようと、宜野座は頑なに狡噛を捜査に参加させなかった。
おなまーえは熱々のうどんを持ち上げて冷ます。
ネギは抜いてもらえばよかった。
「でも実際、潜在犯に対する気持ちは誰よりも強いと思うよ。なんたって実の父親なんだしね。」
「とっつぁんも、もっと強く出ていいと思うんだけどな、オレ」
「『貴様のような潜在犯の言葉など、聞く耳も持たぬわ』って言われるのがオチだよ、きっと」
「ハハ、言いそー」
麺を口に含む。
冷ましが甘かったようで、少し舌を火傷した。
「……」
お行儀悪くお冷の氷に舌をくっつけているおなまーえを見て、縢は視線をそらす。
宜野座伸元とみょーじおなまーえ。
境遇こそ違えど、各々身近な人が潜在犯になったという点では共通していたし、何より動機が同じだった。
宜野座は征陸を追いかけて監視官になり、おなまーえは縢を追いかけて監視官になった。
(そういえば…)
縢は何か思い出したかのように顔を上げた。
「……なぁ、つかぬ事を聞くけどさぁ」
「んー?」
おなまーえはコップから唇を離した。
「そういや、なんでオレの事追いかけてきたか聞いてなかったなって」
みょーじおなまーえがなぜ監視官になったのかは聞いた。
だがどうして縢秀星を追いかけてきたのか。
それはここ数年共に仕事をしているが、一度たりとも聞いたことがなかった。
「え゛今更?」
「んだよ、言えねぇ理由なのかよ」
どうせ聞くまでもなく、同情だとか後ろめたさとか罪悪感とか、そういうものだと予想していた。
自分のせいなんて綺麗な偽善。
責任を取るなんて無責任な正義感。
みょーじおなまーえが誘拐されなければ、縢秀星は潜在犯にならなかったかもしれない。
シビュラシステムの定義する社会に、それとなく溶け込んでいた可能性だってある。
(……いや、ねぇな)
自分で尋ねておいて、ちょっと惨めになってきた。
「んー…」
おなまーえは半分溶けた氷を咀嚼して、アンサーまでの時間を引き延ばした。
(さーて困った)
まさか馬鹿正直に、あんたのことが好きだからと言うわけにはいかない。
では同情はどうだろうか。
否、これはさすがに酷いだろう。
申し訳ないと思ったから?
否、それはおなまーえの本心ではない。
「そうだねー…」
氷は体温ですぐに溶けてしまった。
もっと大きい氷を食べればよかった。
「んー…」
「そんなにもったいぶるほどのことか?」
「いや、そんなに深く考えたことなかったから…」
小さい頃から縢秀星のことが好きだった。
好きという感情の次は、そりゃあ会いたいが来るに決まっている。
縢に会いたいから、勉強もスポーツも頑張った。
縢に会いたいから、心理学を学ぼうと思った。
縢に会いたいから、監視官の適正をもぎ取った。
(やっぱちょっとストーカーじみてるな、私)
こうして改めて言葉にすると、おなまーえの人生で縢以外のために行動したことは意外と少なかったりする。
「んー……まぁ特に理由はない、じゃダメ?純粋に縢とまたゲームしたいなって思ったんだよ」
間違えてはいない。
嘘も言ってはいない。
「ふーん…」
納得はしていないが、可哀想に思ったからと言われなくてよかったと、縢は胸をなでおろした。
ハンバーガーを頬張り、指先のソースを舐めとる。
「ちっせぇ頃はママゴトがいいって聞かなかったくせに、よく言うぜ」
「あんたこそ、私よりゲーム下手っぴだったじゃない」
「ほー。じゃあ試してみるか?」
「望むところよ」
バチバチと視線がぶつかり合う。
先ほどのシリアスな会話などなんのその。
2人の頭にはもう既にゲームのことしかない。
「オレのアイスクライマーに勝てると思うなよ!」
「あんたこそ、私のガノンドロフに翻弄されなさい!」
その晩、夜通しでスマブラで力比べをする執行官と監視官がいたとかなんとか。