#04
夢小説設定
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エレベーター独特の浮遊感が止まる。
チェ・グソンは先ほどと同様にまた台車を押す。
「さて、ここでみょーじおなまーえさんに質問」
「……」
「助けに来てくれた幼馴染を潜在犯認定し、この社会に不要なものとして排除したシビュラシステムのことを、あなたはどう思ってるんです?」
「シビュラシステムのことを?」
「ここではシビュラの目は届きません。あなたの本音を、私は聞きたい。」
がたんと台車が大きく揺れ、台車が止まった。
かちゃかちゃと鍵を開ける音がする。
昔ながらのマンションや団地なのだと推測できる。
「……」
シビュラシステムのことをどう思っているか。
人にそう聞かれたのは初めてだ。
みょーじおなまーえが多感な年になる頃には、世間ではシビュラシステムがあって当たり前のものになっていた。
社会に溶け込むように――否、社会の基盤として位置づいたそれについて、わざわざどう思っているかなど聞かれたことがなかったのである。
「……シビュラシステムは、少なくとも現代人にとっては欠かせないものだと思う。今や恋人だってシビュラシステムが最適解を出してくれる世界だもの。『為しうるべきが為すべきを成す』。とても合理的だと思います。それによってこの国は平和に保たれているんだろうし。」
「……ふぅん?」
「――というのが、優等生の考えです」
おなまーえはぐっと奥歯を噛んだ。
表情が一転する。
目隠しされていても、その瞳の奥には長年の恨み辛みがありありと現れている。
「本音は……なんで機械なんかに私たちの人生決められなくちゃならないのって思ってる。潜在犯だって普通の人間じゃない。未だに犯罪係数だって意味不明だと思ってるよ、私は。」
なんで縢が潜在犯認定されたのか。
彼は私を守ろうとしてくれたんじゃないか。
幼馴染が見ず知らずの男に襲われてて、それでいて平静を保てという方が人格破綻者だろう。
シビュラシステムのせいで、みょーじおなまーえと縢秀星は離れ離れになった。
再会しても、そこに犯罪係数という隔たりがある限り、また共に歩むことはできない。
さながらロミオとジュリエットのように、2人は離れ離れのままだ。
「シビュラシステムについてどう思っているかって?……殺したいほど憎んでるよ、私は。」
だってこんなに殺意を秘めているおなまーえが正常な犯罪係数を出して、あまつさえ監視官なんてやっているのだ。
そもそもこのシステム自体、欠陥があるとしか思えない。
おなまーえの静かなる憎悪を聞いたチェ・グソンは、非常に満足そうな笑みを浮かべた。
「それでこそ私が見込んだだけはある」
「……見込んだってなによ。見込んだって。」
「いやぁ?君とならお友達になれそうだと思ってね」
「あなたと?見たところ三十路っぽそうだけど、ジェネレーションギャップについてこれる?」
「年齢の話はよしなさい」
彼はおなまーえの目隠しを外した。
部屋は薄暗く、ブラインドから差し込むかすかな光で、緩やかに明順応していく。
「……どこ?ここ」
「私が設置したプロキシサーバの設定場所です。逆探知された時のダミーといえば分かりやすいですか?」
「理解した」
なるほと、確かにここならばいずれ公安が捜査しにくる。
まぁこんなあからさまな罠に宜野座がかかるとは思いたくはないが。
「で、私のことは見逃すの?」
「ええ。ただし、一つ条件がある。」
「チェ・グソンという人物のことは見なかったことにする、でしょ?」
「お利口だ。ご褒美に一つ、いいことを教えてあげよう。」
「いいことかどうかは私が判断する」
「ハハッ、その通りだ。じゃあ――俺はアンタの憎悪に手助けできるかもしれない。」
「……つまり?」
「俺の目的はシビュラシステムの全貌の解明だ」
「!!」
「アンタも興味あるだろう?殺したいほど憎んでいるシステムが、いったいどんなものなのか。」
「……」
興味はある。
神さまにでもなったつもりで、人の人生の選択肢を潰していくシビュラシステムがいったいどんな貌をしているのか。
幼い子供を引き剥がしたシビュラシステムが、どれほど偉大なものなのか。
多くの潜在犯の人生を踏みにじるほど、たいそうな代物なのか。
言葉にしてみて、思った以上にシビュラシステムに興味があることに今更気がつく。
「それも私を捕まえたら永遠に知り得ることはないでしょうね。アンタにはそこに辿り着くまでの技術がない。」
「あんたなら見せてくれるっていうの?」
「ええ。見せる程度ならお安い御用です。」
先ほど取り上げられたデバイスを、拘束したままの腕につけさせられた。
ひんやりとした感触に体を震わせる。
「あなたの番号は控えさせてもらいました。クライマックスの時には必ず一報差し上げましょう。」
部屋を出て行こうとする彼の背に声をかける。
「……信用していいのよね?」
「さぁ?」
逆光で彼の顔の表情はよく見えない。
だがきっと楽しそうに笑っているのだろうと、おなまーえは思った。
「ただ俺の名前をアンタに教えたのは、一種の信頼だと思って欲しいね」
「……やっぱりあなたが私を見逃すメリットがない。なんで助けてくれるの?」
「言ってるでしょう?楽しいからだと」
「合理主義者のあなたが、こんな無駄なことをするとは思えない」
「……私はどちらかというと快楽主義者なんですけどねぇ」
チェ・グソンは扉の外に出る。
「……ま、大した理由じゃありませんよ。故郷に残してきた妹に、ちょっとだけアンタが似てただけだ。」
光が細くなる。
その刹那に見えた彼の表情は、犯罪者でもなく、協力者でもなく、ただ妹を憂う兄そのものだった。
――ガシャンッ
重々しい音を立てて、扉が閉まった。