hollow ataraxia《結》
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1分経ったか。
10分経ったか。
時間の経過なんてとうに忘れた。
腕も足も擦り傷だらけ。
無限に湧く彼らとは違い、おなまーえは生身の人間。
当然疲労も徐々に増えていく。
「っあ!」
気力ばかりが先走り、体がついていかなかった。
空中で脚を掴まれ、バランスを崩す。
「っ!!」
――ズシャッ
地面に振り落とされた。
「っあ!!」
幽霊とはいえ、痛みは感じる。
羽根をもがれた小鳥は地面を這いつくばることしかできない。
「っ、この…!」
囲まれてしまった。
大軍に対しての魔術なんて本ですら読んだことがない。
少なくとも病室の少女には必要のないものだったから。
「っ…」
絶体絶命。
ここで"彼ら"に食べられてもおなまーえ自身には問題はないのだが、"彼ら"を足止めすることができなくなる。
少年の元に"彼ら"をいかせてはならない。
ああ、だが哀しきかな。
振り下ろされる爪に、為すすべがないのは事実。
「ここまで、かぁ…」
ははっと小さく笑う。
痛みに耐えるために、体を縮こませる。
今更地面のコンクリートの冷たさに体を震わせた。
(ごめんね、アンリマユ)
「お困りのようだな、嬢ちゃん」
「え――」
聞き覚えのある声にハッと顔を上げる。
同時に目の前の異形が、紅い槍で突き飛ばされている光景が目に入った。
「なっ…!」
鮮やかな青装束はすぐに身を翻して、おなまーえを囲う"彼ら"を薙ぎ払っていく。
あんなに苦戦していたのがバカらしく思えるほどブレのない槍さばき。
「なんで、来てくれたの…?」
聞こえないとはわかりつつも、おなまーえは思わず呟いた。
「あ?ンなの、女のピンチに駆けつけねぇやつは男が廃るってもんよ。」
「っ!?私の声、聞こえてるの!?」
「ああ。声だけだがな。残念ながら、相変わらず嬢ちゃんの姿は見えねぇ。」
声だけでも彼に届いた。
そのなんと嬉しいことか。
伝えたいことがたくさんある。
話したいことがたくさんある。
聞きたいことがたくさんある。
逆しまのほうき星を背景に、ランサーは"彼ら"を一掃していく。
「俺が相手すっから、嬢ちゃんは取りこぼしを潰してくれ。流石にこの数、俺でも全部は捌ききれねぇ。」
「で、でも私も取りこぼし全部は…」
「問題ねぇ。あのビルにはまだもう一騎待機してやがる。」
「そ、それって!」
「まぁここまで来て、アイツが手を貸さない道理はなぇわな」
センタービルに視線を移す。
――パァアアア
「っ!!」
黄金色の、約束された勝利の光が、ビルの周囲を覆い尽くした。
本当に、本当に全員揃ってしまった。
願望機のために互いを蹴落とす聖杯戦争ではなく、5日目を取り戻すための聖杯戦争。
敵味方関係なく、たった1人の少年のために。
「……よし」
全部を倒しきらなくて良いとわかると、途端にやる気が湧いてきた。
ここが最後の砦だと思っていたから、色々と気負いし過ぎていたのかもしれない。
すぅっと大きく深呼吸する。
ようは敵の数を減らせば良いのだ。
全て倒すのではなく、無限に湧く"彼ら"を少しでも足止めする、それがおなまーえたちの勝利条件だ。
指をまっすぐ構える。
ランサーが取りこぼした敵がこちらに襲いかかってきた。
「っ!」
――ドドンッ
最小限の魔力で敵を撃ち落とす。
派手で大きな立ち回りはランサーが代わりに請け負ってくれた。
まだまだ夜は長い。
体力ないおなまーえは、省エネモードで戦わなければ。
「ほらよっ!」
「はぁっ!!」
狼が好き勝手に敵を屠り、小鳥がその取りこぼしを潰していく。
連携のとれたプレー。
初めて会った者同士とは思えない程のコンビネーションである。
「嬢ちゃん、いつもこのホテルの周りでコイツらに襲われてただろ」
「え?なんで知ってるの?」
槍の動きを止めずにランサーが話しかけてきた。
「そらいつも見てたからな。妙にアイツらが集まる場所があるのはわかってた。まさか嬢ちゃんが襲われているとは思いもしなかったがな。」
「み、見てたの!?変態!!」
「あぁ!?」
――ザンッ
槍を持つ腕につい力が入り、派手な音が鳴る。
「変態たぁ言ってくれるな!」
「だ、だってそうじゃん!人が必死に痛みに耐えてるの見て、楽しんでたんでしょ!?」
「楽しんでねぇし、つーか元々見えてねぇよ!」
「いやー!!変態ー!!」
「変態ゆーな!!」
互いに攻撃する手は緩めず、軽口を叩き合う。
ああ、こんな日がまた来るなんておなまーえにとっては夢のようだった。
「ふふ、あはははっ!」
どうしようもなく楽しい。
この1時間で、奇跡が起きたのだ。
(……あ、そっか)
この1時間だからこそ、奇跡が起きたのだ。
現実と空想、実と不実の接合面。
少年が聖杯に至り、世界の境界線が曖昧になっている今だから声が通じたのか。