hollow ataraxia《起》
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「ま、こうしてあるんだからいいじゃねぇか。生きてることを悩んでもしょうがねぇだろ。汝あるがままを行えってな。」
「わぁ、豪快」
「細かいことは気にするな。悩みごとってのはな、"どうして"じゃなく"どうやって"にすべきだろ。」
今の状態が正常じゃないことなど先刻承知、それがどうした、オレはオレでしかねぇんで、好きなようにやるだけさという心意気。
まさにレットイットビー。
不安を抱えてるこっちが小さく思えるほどの潔さである。
「はぁ。じゃあなんだ。アンタこの状況を調べる気はないってことか?契約者についても。」
「ん?ああ、無理して調べる気はねぇべさ。向こうから何も言ってこねぇ限り、気ままに過ごさせてもらうだけだ。」
「それは聖杯戦争についてもか?戦いが再開したことはアンタも感じてるんだろ?」
「あーそれね。たしかに"サーヴァントを倒さなければいけない"なんて衝動なら湧いてきてるが、それだけだ。オレは中立ってところだな。あまり乗り気はしねぇが、やるってんなら相手になるさ。」
あっけからんと、事もなげにランサーは答えた。
この冬木の異常に対しては乗り気ではない様子。
穏便に済むのならこのまま何事もなく過ごしていくそうだ。
少女に視線を移す。
「私はランサーのマスターじゃないからなんとも言えないけど、このままでも特に問題は無いと思うかな。無理して手を加えるほどのことじゃ無い気がする。」
「…そうか」
この人畜無害な少女が言うのであれば間違い無いのだろう。
ランサーのマスターらしい器の広―――はて。
ランサーのマスターはこんな愛らしい少女だっただろうか?
「話はこれでしまいか?なら釣りに戻るぞ。そろそろあたりが来る頃だ。」
ランサーはもう今日は話すつもりがないと顔を水面に向けた。
そんな長話をしたつもりもないが、今日は当たりが悪いというのは本当のようで、一度もその竿が下がることはなかった。
「……邪魔したな」
少年は2人に背を向けて歩く。
今日の夕飯は何にしようか、なんて何気ないことを考えていると、後ろからパタパタと足音が聞こえて立ち止まる。
「衛宮くん」
「おなまーえ。何か言い忘れたことでもあんのか?」
100メートル先から、彼女は白いワンピースを揺らして走ってくる。
たしかに彼女らしい服装だが、10月にしては少し肌寒くないだろうか。
「あ、待ってくれてありがとう」
少し息の上がった彼女は、パタパタと手をうちわのようにして自身に風を送る。
「ランサーね、っ…あんな感じで素っ気ないけど、はぁ、いざという時は衛宮士郎のこと、きっと助けてくれるから」
「わかったから息整えてから喋れ」
「ん……はぁ……うん、もう大丈夫」
この少女はそれを伝えるためだけにここまで走ってきたのか。
「そんなの、さっき言えばいいのにわざわざ」
「ランサー照れ屋さんだから。目の前で言ったら可哀想じゃない?」
この2人の関係は、ランサーがおなまーえを引っ張る図のように見ていたが、意外にもおなまーえの方が幾分かオトナなように見える。
あどけないようでいて、内面は人以上に成長している。
病室という閉鎖世界で、彼女は自身の外面を鍛えることができなかったため、その分内面を成長させてきたのだろう。
「……ランサーにはもったいないくらい良い女だな」
「え!?」
ふと感じた心の声はどうやら口から漏れていた。
本人に伝えるつもりは一切なかったのだが。
おなまーえはあからさまに頬を緩める。
「ほんと?ランサーには言ってもらえないから、ちょっと嬉しいかも」
「あっちの男は俺なんかに褒められても嬉しくねえとか言ってたがな」
「その辺りが照れ屋さんなんだって」
彼女の朗笑は耳に心地よい。
いつまでも聞いていたいが、あいにく昼餉の買い物もしなければならない。
「じゃ、俺は帰るから。アンタも戻れよ。そろそろランサーが心配するだろ。」
「…うん」
少年は再び歩き出す。
彼が角を曲がるまで、おなまーえはその小さな背中を祈るように見送っていた。
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