第2夜 土翁と空夜のアリア
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
第2夜 土翁と空夜のアリア
――ぴぴぴっ
ゴーレムの呼び出し音がする。
ふかふかの布団から腕だけを出して、おなまーえはそれをつかもうと手を伸ばす。
指先がゴーレムのボタンを掠った。
『おはよ〜〜!おなまーえちゃん!起きてるかい!?寝てるね!?』
「……んん…うるさいコムイ」
『寝覚が悪いのはいつものことだからね!仕方がないんだけどちょっと傷つくな!』
「……任務?」
『そう!食堂にいるアレンくんと神田くん連れてきてくれないかな?』
「アレンと…先輩?」
昨日の門の前でのやりとりは科学班のみんなが知っていることだ。神田がアレンを快く思っていないことも知ってるはず。
司令室に連れて行くということは、当然任務を与えられるわけで、アレンは今日初任務のはずで。
コンマ数秒で導き出された推測に、図らずして目が覚めた。
ガバッと勢いよく起き上がる。
「え…なんでその人選?」
『お、起きた起きた』
そしてここまで全部コムイの計算通りだったのがちょっと悔しい。
『大体予想ついていると思うけど、司令室についてからのお楽しみってことで』
「いやいや、楽しむ要素カケラもないんですけど」
『じゃ!』
「ちょっと!」
プツンと無線が切れた。
しんっと部屋が静まり返る。
「はぁ…リナリー代わってくれないかな…」
新人教育はまた私なのか、なんて言った昨日の自分をほんの少し後悔した。
▲▼
日が昇って結構経つようなので、神田はきっと食堂か森か修練場にいるだろうと予想して、大きな教団を歩き回ると。
「もういっぺん言ってみやがれ、ああっ!!?」
「おい、やめろバズ!」
「うるせーな」
清々しい朝に、憩いの場の食堂には怒号が飛び交っていた。
渦中にいた探し人が、眉間に一層皺を寄せているのが見える。
どうやら探索部隊と一悶着始める様子。
喧嘩を売ったのは神田の方だと思うけど、きっと原因は探索部隊にあるんだろうなぁと、どこか上の空で彼らに近寄る。
「メシ食ってる時に後ろでメソメソ死んだ奴らの追悼されちゃ、味がマズくなんだよ」
ごもっとも。だが言い方というものがある。
「てめぇ、それが殉職した同志に言う台詞か!!」
ごもっとも。だが時と場所は弁える必要がある。
どうやら殉職した探索部隊を想って食堂で泣いていたらしい。
仲間を想い、憂うことは悪いことではない。神田が言いたいのはそれを食堂でやらないで、ということだけなのに、どうしてこうも不器用なのだ。
「通してくださーい、前にいかせてー」
2人の口論は注目の的で、ギャラリーが出来上がっている。
今すぐに行って止めたいが、出遅れたぶん、人をかき分けて前に進む必要がある。こういう時、身長が小さいのが困りものだ。
口論はさらにヒートアップする。
「俺たち、捜索部隊はお前らエクソシストの下で命がけでサポートしてやってるのに、それを…それをっ!メシがマズくなるだとーー!!」
男が神田に手をあげる。だがエクソシストである彼が避けられないはずがない。ひょいっと身軽に避けると男の首を一気に掴み上げる。
「サポートしてやってる、だぁ?ちげーだろ。サポートしかできねぇんだろ。お前らはイノセンスに選ばれなかったハズレ者だ。お前ひとり分の命くらい幾らでも代わりはいる」
「っ!!このっっ!!」
神田の煽り文句にカチンときた探索部隊が、再び神田に手をあげようとする。だがそれより先に神田の手の方が早かった。
ぐいっと首を宙に浮かせた瞬間。
「ストップ」
白い影がそれを止めた。
昨日入団したばかりのアレンだ。
「関係ないとこ悪いですけど、そういう言い方はないと思いますよ」
「……放せよ、モヤシ」
「モヤ…?アレンです」
「はっ、1ヶ月で殉職なかったら覚えてやるよ。ここじゃバタバタ死んでく奴が多いからな、こいつらみたいに」
「だからそういう言い方はないでしょ」
「……」
神田は男から手を離し、アレンを睨みつける。
正直アレンが神田を止めてくれて助かった。
おなまーえでは筋力でも身長でも勝てないから、止める術が説得しかなかったのだ。それも機嫌の良し悪しに左右されるから、そうなれば正直お手上げだった。
やっとの思いで人混みを抜けて、倒れた探索部隊に駆け寄る。
「ごほっごほ…」
「大丈夫ですか?念のため医務室に」
「あ…あんたは…」
おなまーえは男のことを知らないが、向こうはこちらのことを知っているのだろう。神田の言葉を借りるのならば、こちらはイノセンスに選ばれた数少ないエクソシストなのだから。
ちょっと驚いたように、気まずいように目を逸らされた。
「殉職した方のこと、お気の毒に思います。だけどここは食堂です。生きている人間が、次の戦争に向けてエネルギーを蓄える場。死者の弔いは礼拝堂でお願いします」
「……わかったよ」
バツが悪そうな顔をして、男はぶっきらぼうに去っていく。近くにいた取り巻きが彼を医務室まで連れて行ってくれるだろう。
彼には悪意があったわけではない。きっと四六時中共にしていた仲間だから、些細な日常が悲しくて仕方なかったんだろう。たまたま食堂で思い出してしまっただけで。
(さてと…)
残ったのは犬猿の仲のふたり。絶賛問題児のふたりだ。
神田の鋭い切れ目がアレンを射抜く。
「早死にするぜ、お前。キライなタイプだ」
「そりゃどうも」
みなが固唾を飲んで見守る中、2ラウンド目が始まる前におなまーえが間に割って入った。
「その辺りにして、ふたりとも」
「……」
「……」
正直イノセンスを使うことも厭わないと思っていたが、意外にも2人とも静かになった。
「室長が呼んでる。任務ですよ」
▲▼
アレンはまだご飯が残っているというので食べ終わり次第来てもらうように伝えて、先に神田と司令室に向かう。
「先輩、アレンのこと苦手なんですね」
「苦手なんじゃねぇ。嫌いなんだよ」
嫌いということは、きっちり関心はあるんだなぁと内心思う。
誰が言ったのか知らないけど、好きの反対は無関心だって聞いたことがある。リナリーに借りた恋愛小説だったかもしれない。
神田のそれには、もちろんそんなロマンチックな想いが込められているとは到底思ってもいないが、少なくとも気にはかけているのだと思う。
「あんまり『命に代わりがある』なんて言わない方がいいですよ。エクソシストにとっては戦場なんて日常茶飯事ですけど、あの人たちは未来を生きるためにサポートしてくれてるんだから」
「……」
「先輩も、あまり自分の命をぞんざいに扱わないでくださいよ」
「…ハッ、オレが死ぬように見えるか?」
「……それもそうですね」
その自信に満ちた顔が負ける姿が想像つかない。
セカンドエクソシストの彼は、きっと私より長く生きるんだろう。
『セカンドエクソシストは教団が作り出したもので、他の人よりちょっと丈夫なだけ』。
きちんと説明を受けたことのない私の認識は、その程度だったのだ。
そこに抱える運命も、前世も、何もかもが見えていなかった。
1/8ページ