第1夜 黒の教団
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第1夜 黒の教団
死体が燃える匂いを知ったのは13歳の頃だった。
鼻の奥にまでこびりつくタンパク質の香り。
黒焦げたそれらは近所のお兄さんであり、行きつけの八百屋の店主であり、たまに飴をくれるおばさんであり、父であり、母であった。まだ炎が上がる中、かろうじて残っている布切れが、彼らの素性を語っている。
何が起きているのか分からなかった。
声を上げることもできなかった。
ただ涙だけが溢れていく。
パチパチと燃える火と、天高く登っていく煙は非現実的で、母だったものの手を掴めばぱらぱらと崩れていく。眠れない夜に音楽を奏でてくれた細い指が、私の手の中で崩れ落ちていく。
途方もない絶望。
これは夢?否、この熱は現実だ。
――ざりっ
倒壊した建物と砂利を踏みしめる音が聞こえた。
ああ、よかった。まだ生きている人がいる。
私は期待の眼差しで後ろを振り向いた。
「!」
「……なんで」
「……ルル姉?」
そこにいたのは大好きな姉だった。いや、正確にはきっと姉だと思う。
確信するまでわずかに時間を要した理由は、その外見だ。お揃いの白い肌は朽ち果てた灰のようで、額には十字架のいれずみがある。糸のような金色の髪は、今は自分と同じような漆黒に染まっていて、いずれも見覚えのない姿だ。
でもこちらを見て驚いている瞳は、間違いようがないくらいに姉のそれと同じだった。
「……」
驚いた表情も一瞬のこと。姉はこちらの呼びかけには答えずに踵を返す。
そこで私は我に帰る。
置いていかれる。
姉はこちらに気がついているはずだから、意図的に。
「まっ、待って……あつっ」
咄嗟に追いかけようとして勢いよく立ち上がる。
「っ、ごほっ…」
しゃがみ込んでいたことで避けられていた煙が私の目と鼻を襲う。
つんとする匂いと煙が肺に広がり、むせ返す。目も開けていられない。とてもじゃないけど立って歩くなんてことはできない。
だというのに、私より背丈の高い姉は、なぜ平気そうにしているのだ?
それ以前に、この惨状を見てどうして表情を変えずにいられるのだ!?
「待ってよ!ルル姉なんでしょ!?」
カラカラの喉から、声を搾り出して訴える。
炎が前を遮り、姉のいる方へ行くことができない。
あの優しい姉が、私を見捨てるなんて絶対にしない。
きっと私のことが見えなかったんだ。
きっと私の声が聞こえていないんだ。
助けて。助けて。助けて。いかないで…!
「ルル、ねえっ…」
伸ばした手は届かず、声はもう届かない。
彼女は長い髪を揺らしてこの地獄を後にしていく。
炎は建物を覆い尽くし、木材でできた支柱を燃やし尽くす。
もちろんそれの耐久性なんてたかが知れていて。
「っ!!」
無様にも地面に這いつくばった私の背中に、瓦礫が降り注いだ。
▲▼
「………朝か」
懐かしい悪夢を見ていた気がする。額に張り付く黒髪が鬱陶しい。早く顔を洗いたくて、覚醒しきっていない体を緩慢に動かし、ひんやりする地面に足を下ろす。
朝は強くない。特に今日は非番だから、早く起きる必要もなかったのだけど、あいにく二度寝する気分にはなれない。
パシャパシャと水を浴びると、こもっていた熱がいくらか発散された。
「……ふぅ」
大きく息を吐く。
さて、今日は何をしようか。
神田はまだ任務に出ているし、リナリーも最近は室長につきっきり。それ以外のメンバーも基本出払っているから、自主トレに付き合ってくれそうな人もいない。
「とりあえず、ご飯食べてから科学班のところでも行こうかな…」
お茶汲みと雑談相手くらいにはなれるだろう。
いつものお決まりの服装、黒のタンクトップとホットパンツに着替える。トレードマークの赤いリボンをしっかりつけて、もちろんイノセンスの弓も忘れてはいない。
ああ、今日もなんでもない一日が始まる。
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