第4章 湖の国
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気がついたときにはもう遅い。
絆とは、意識して築き上げるものにあらず。
友情とは、言葉で契約して成り立つものにあらず。
愛とは、見返りを求めて与えるものにあらず。
湖の国
冷たい霧が立ち込める。
「で、どこなんだここは」
「おっきい湖だねぇ」
大きな湖のほとりに一行は立っていた。霧で包まれた世界は神秘的でもあり、不気味でもあった。
「人の気配もないですね」
「今までが恵まれてたんですね、くしゅっ」
言葉の通じる人たちがいて、当たり前のように寝床と食事を確保していたけれど、本来であればこういうサバイバルも珍しくはないはずだった。とはいえ、この寒さは想定外。おなまーえはくしゃみしてぷるっと震えた。
「おなまーえちゃんこれ着てー」
制服姿を見かねて、ファイがモコモコのコートを脱いでおなまーえに被せた。
「え、いいんですか」
「オレこれくらいじゃなんともないから気にしないでー」
お言葉に甘えて袖を通す。とても暖かくて柔らかい。思わずまぶたが落ちそうになるくらい安心する。唯一欠点があるとすれば、裾を引きずらないように手で少し持ち上げて歩かなければならないことだ。
「モコナどう?サクラちゃんの羽根の気配するー?」
「…強い力は感じる」
「どこから感じる?」
「この中」
モコナは湖を指差した。
「潜って探せってのかよ」
「私、多少なら泳げますけど…」
「おなまーえちゃんは風邪ひいちゃうからだーめ」
「待って」
サクラが声を張った。
「私が、行きま…す…」
しかし、力なくふらーっと倒れ込んでしまう。近くにいた黒鋼がそれを片手で受け止めた。
「サクラ寝てるー」
「春香ちゃんの所で頑張ってずっと起きてたからねぇ」
「限界だったんでしょうね」
サクラは規則正しい寝息をたてている。
「オレが湖を見てきます。黒鋼さんとファイさんは周辺に何かないか見てきてください。おなまーえさんはサクラをお願いします」
「はーい」
「わかった」
小狼が的確に指示を出し、一行は分担して情報収集することにした。
**********
焚き火の側でおなまーえは拠点の見張りをしていた。しかし驚くほど何も起きない。人間の気配どころか動物の足跡すらも聞こえない。
「暇だなぁ」
焚き火は小狼がつけてくれて、とても暖かかった。ファイに借りた上着をサクラにかけようとしたが、まだ寒さを感じるおなまーえはサクラの隣に転がると、上着を大きく広げる。
「少しだけ、横になろ…」
程よい湿度と程よい暖かさのせいで、いつのまにかおなまーえは夢の中へと落ちていってしまった。
**********
「霧、濃くなってきたねぇ」
「うん、暗いね」
黒鋼の声が返事をした。
「かなり遠くまで来たけど、誰にも会わないねぇ。民家もないし」
「こわいなこわいな」
「大丈夫だよ、側にいるから」
黒鋼の声は明らかに本人のそれではない。
「黒鋼、嬉しい♡」
「誰が黒鋼だー!!おまえはモコナだろ!」
彼はとうとう、うらぁ!と怒り出した。モコナが黒鋼の服の中から出てくる。今まで声を発していたのはモコナだったのである。
「黒鋼が怒ったー!」
「気色悪いことするなー!」
「でもモコナ、声マネ上手だねぇ。黒みゅうそっくりだったよぉ」
「モコナ108つの秘密技の一つなの」
「後107つは?」
「な・い・しょ♡」
「モコナったらじらし上手ー」
「くすぐったーい」
「…一生やってろ」
ファイがモコナに頬ずりをする。呑気なふたりに構ってられないと、黒鋼が先に進もうとしたとき、いるはずのない人物が彼を引き止めた。
「黒鋼さん、待ってください!」
「んでおめぇここにいんだよ。待ってろっ…て…」
紛れもないおなまーえの声。だが振り返ると少女の姿はなく、モコナとファイがニマニマしているだけ。騙されたとようやく気がついた黒鋼は悔しそうに睨みつけ、今度こそ先に進んでしまった。
「あ、黒たん待ってー」
「待ってー」
ファイとモコナが追いかけた。黒鋼は立ち止まらずに顔だけ振り返る。
「オイ」
「んー?」
「あの女は結局魔法とやらは使えるのか」
「…変身してるとき限定って言ってたね」
ファイがふにゃんと笑う。
「それなりに体に負荷がかかる、ともね」
「…そうだったな」
「気になるのー?」
「おまえ、あの小娘のことどこまで知ってんだ?」
「……さぁ?」
あれほどグリーフシードに固執していた理由と、魔法を使いたがらなかった理由が繋がっているのはなんとなくわかる。だがグリーフシードで浄化ができなくなったときに何が起きるか、おなまーえは口にしていなかった。それは本人すら知らないことなのか、それとも知っていて隠しているのか。
誰かが大事なことを隠しているのはわかる。だが漠然とした感覚で質問しても、ファイは曖昧にはぐらかしてしまう。
「チッ」
それが何よりも気にくわない。黒鋼は大きく舌打ちをした。
次の瞬間、突如眩い光が辺り一帯を包み込んだ。
――カッ
「!」
「何だ!?」
光は湖から溢れ出ていた。瞬きは一度だけではなく、一定間隔を開けて再び起きる。
「……」
「戻ったほうがよさそうだね」
「ああ」
黒鋼が気になることは多々あれど、今は目の前のことに対処しなくてはならないため、それ以上の詮索はできなかった。
**********
暗闇がまたたく。
(眩しい…)
一瞬だけ明るくなった世界に、おなまーえは思わず目を開けた。
「隠れていてください!」
小狼の焦るような声がする。目をこすりながらそちらを見ると、湖に入ろうとする小狼とそれを引き止めるサクラがいた。
「さ、サクラちゃん!」
寝てる間に小狼が戻ってきたようだ。そして湖に変化が見られ、彼はまた湖に潜ろうとしている。おなまーえは慌ててサクラに駆け寄った。
「おなまーえさん、サクラを」
「うん」
サクラの体を抱きしめて引き留めたのを確認して、小狼は小さな手を離し湖へと潜り込んでいく。冷たくて暗い湖の底へと。
「っ…あの子って…」
「サクラちゃん?」
「だ…れ…?」
サクラの体が前のめりに崩れる。湖に落ちないように、代わりにおなまーえが前に出て体を支える。うわ言を呟くサクラの顔を見ると、目が虚でまぶたが落ちかけていた。
「……気にしなくていいんだよ、サクラちゃん」
「……」
「今はまだ、自分のことだけ考えていて」
「……」
サクラから返事はない。どうやらまた深い眠りに落ちたようだ。
「……報われないものだね」
彼女は小狼の存在をどうにかして思い出そうとしている。どう頑張ったってそれはできないことなのに、記憶のカケラを必死に集める彼の姿を見て昔抱いた気持ちだけは思い出しつつある。
「願わくばサクラちゃんとと小狼くんに明るい未来を」
愛おしい寝息を抱いて、おなまーえは小さく祈った。
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