第2章 阪神共和国
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神は細部に宿る。
「自然界にある万物には神が宿る」という考え方のもと、八百万の神と呼ばれるものがある。
それらが形を成し、ひとりひとりに宿ることで守護霊といった呼称をされることもあるが、すべての前提においていきとし生ける生命であることが条件である。
故に、輪廻転成から逸脱した存在に対してはこの限りではない。
阪神共和国
意識が揺蕩う。これは布団の感触だから杏子の家かなんて寝ぼけて、次の瞬間顔にのしかかった重みに眉間を寄せる。
「ぷう、みたいな」
「……は?」
目を開くと、視界いっぱいに映る白い物体がこちらを覗き込んでいる。
「……」
「……」
「……」
たっぷり3秒考えてようやく思考回路が整ってくる。そうだ、私は異世界への旅にでたはず。この白い生き物は、確かモコナといっただろうか。
「…というか…あなた喋れるんだ」
「むぅ…ツッコンでくれたけど、そこじゃないのー」
ぴょんと飛び跳ねたモコナは、ふてくされたようにわたしのお腹の上で飛び跳ねる。まるでトランポリンのように遠慮なく。
「うっ、グッ、ちょっ、つっ…!」
人の体の上で飛び跳ねないでと言いたいが言葉にならない。
「っ!」
「女の子のお腹の上ではねちゃダメだよ、モコナ」
「あ…」
ヒョイっとモコナが持ち上げられた。肺いっぱいに新鮮な空気を取り込み、緩慢な仕草で起き上がる。
モコナを持ち上げたのは、侑子のところで見かけた、愛想の良い外国人の男性。彼はモコナをおろすと、柔らかい笑みをこちらに向けた。
「目ぇ覚めたみたいだねぇ」
「……えっと、ここは?」
「んー、オレもまだ詳しくはわかんないかなぁ。とりあえず、ハイ」
「あ、ありがとう、ございます」
真っ白なタオルを渡される。きちんと干されているであろう布団と青い畳、そしていい匂いのするタオル。少なくともここが危険な場所ではないと判断し、ほっと胸を撫で下ろす。
(もしかして、初っ端から自分の世界にこれたとか、そういう幸運はないよね…)
淡い期待を胸に、スマートフォンを取り出す。冷えた指でロックを外すも、右上の電波は無情にも『圏外』と記されていた。
(そう簡単にうまくはいかないか…)
ガックシと肩を下ろす。
「なぁにー?それー」
「え!あっ!」
ひょこりと外国人男性が画面を覗き込む。指からスマホが落ちそうになるのをギリギリで掴む。距離の近さに驚いてしまった。
「えと…なにって…スマホですけど…」
「すまほ?」
「あ…」
そうか、彼の世界では携帯電話なんて存在しないのか。文化レベルも教育水準も異なる世界を旅すると言われていたけれど、それは仲間も同じこと。今こうして言語が通じてるのが奇跡なのだ。
「わたしの国での電話で、えっと、通信手段っていえばわかります?」
「念話みたいなものかな?面白いねぇ」
興味深げにスマホを見つめる彼の髪から水が滴り落ちた。ここに来てからどのくらい経っているのかはわからないけど、わたし含めて全員びしょ濡れだ。壁に寄りかかっている侍のような男も、いまだに眠っている少年少女も体が冷え切っている。
髪をかきあげようとすると指が絡まってぐしゃぐしゃになる。きっと側からみればわたしはすごくみすぼらしいと思う。
「ぷう、みたいな!」
先ほどと同じモコナのセリフが聞こえた。今度は目が覚めたばかりの少年に仕掛けたようだ。
「さ…くら…」
しかし、残念ながら少年からは良い反応が得られなかった。少年は頭に疑問符を浮かべている。
「っ!!サクラ!!」
少年はハッとした様子で体を起こす。必然的にお腹の上に乗っかっていたモコナはコロコロと頭から転がり落ちた。
「サクラ…」
胸の中で目を瞑っている彼女を見て少年は辛そうな顔をする。
「一応拭いたんだけどー」
金髪の男性は、視線をスマホから少年に向けて、再び柔らかい笑みを浮かべたが、警戒の視線が突き刺さる。
「モコナも拭いた!ほめてほめてー!」
「モコナ頭打った?」
「大丈夫なのー!」
「寝ながらもその子のこと離さなかったんだよー君ぃー、えっとー…」
「小狼です」
「こっちは長いんだー、ファイでいいよー」
「はい…」
「君はー?」
「あ、わたしはおなまーえです」
「おなまーえちゃんねー。でそっちの黒いのはなんて呼ぼうかー?」
ファイの視線の先に目を向ける。眠っていると思っていた侍の出で立ちの男は、細い目を開けてジロリとこちらを睨みつける。その鋭い眼光にわたしは一瞬たじろいだ。
「黒いのじゃねぇ。黒鋼だ」
「くろがねねー……くろちゃんとかーくろりんとかー?」
「ああ!?」
「くろりん…ふふっ」
「おい小娘、調子のんじゃねぇ!」
「ヒッ…」
「女の子に怒鳴っちゃだめだよーぅ」
ファイの後ろにモコナと一緒に隠れる。怒鳴り声は苦手だ。得意な人なんていないと思うけど。
「…さくら」
少年の辛そうな唸り声でおなまーえは振り向く。
「……顔色、ずいぶん悪いね」
横たわるサクラは顔面が蒼白している。小狼に承諾を得て少女の首筋を触ると、かろうじて脈はあるが弱々しく体温も異常に低い。
「記憶がないだけでこうなるものなの…?」
「わからない…」
「んー…」
――ずぼっ
不意に、おなまーえと小狼のやりとりを見ていたファイが、小狼の服に手を突っ込んだ。
「うわっ!」
「え?」
「なにしてんだ、てめぇ…」
「んー…?」
彼は驚き呆れる周囲に目もくれず、何かを探るような仕草をしている。
「これかなぁ?」
やがて目当てのものを見つけたようで、服の中から手を出すと、その手には強力な力を発する美しい羽根が握られていた。
「これ記憶のカケラだよねぇ、その子の」
「え!」
「君にひっかかってたんだよ、ひとつだけ」
「あ…あの時飛び散った羽根だ…」
羽根はファイの手を離れると、ふわふわとサクラに近づいていき胸の中に吸い込まれていった。神秘的な光景に呆気にとられらる。
「これがサクラの記憶のカケラ…」
「体、暖かくなった」
小狼とおなまーえはほっと安堵のため息をついた。
「今の羽根がなかったらちょっと危なかったねー」
「記憶って呼んでるけど、きっと生命エネルギーもカケラと一緒に散らばってるんですね」
「おれの服に偶然ひっかかったから…」
「いいやー、この世に偶然なんてないってあの魔女さんが言ってたでしょー。だからね、この羽根もきっと無意識に捕まえたんだよ。その子を助けるために、ね?」
「……」
「なんてねー、よくわかんないんだけどねー」
実際のところこれが偶然か必然かはわからないが、なんとか一命を取り留めたのは事実だ。「ただ目的の過程が一緒」というだけで集まったメンバーだけれど、一緒に旅をする仲間には違いない。自分と同じくらいか、少し下の女の子が瀕死な状態なのは胸が痛かった。
「体温は上がりましたけど、目は覚めそうにありませんね…」
「まだカケラが足りないんだろうねぇ。もう服にはついてないみたいだし」
「どうすれば…」
「モコナ分かる!」
「え?」
「今の羽根、凄く強い波動出してる。だから近くなったら分かる。波動をキャッチしたら、モコナこんな感じに『めきょ!』なる」
モコナは細い目をかっぴらいてアピールをした。その目の丸いこと。
「げっ!」
「かわいい…」
「あははー」
黒鋼が驚いた声を上げ、小狼は冷や汗を流す。対照的におなまーえは好印象を抱いた。ファイは相変わらず笑っている。
「だったらいけるかもしれないねー。近くになればモコナが感知してくれるなら」
「教えてもらえるかな。あの羽根が近くにあった時」
「任しとけ!」
「ありがとう…」
胸をどーんと張ったモコナを抱えて、小狼はやっと表情を緩めた。ここまでずっとずっと気を張り詰めていたのだろう。微笑んだ顔は年相応に可愛らしかった。
だが暖かい空気は次の一言でピシリと張り付いた。
「おまえらが羽根を探そうが探すまいが勝手だがな、俺にゃあ関係ねぇぞ」
黒鋼が、またあの鋭い眼光でこちらを睨みつける。例えるならば荒野の狼。誰とも馴れ合う気はないという威勢が窺える。
「俺は自分がいた世界に帰る、それだけが目的だ。おまえ達の事情に首をつっこむつもりも手伝うつもりも全くねぇ」
「はい、これはおれの問題だから迷惑かけないように気をつけます」
だが小狼は臆せずはっきりと答えた。その対応に、黒鋼は虚をつかれたような顔をする。
おなまーえは思わず小狼にむかって拍手を送った。
「すごい立派!」
「あはははー、真面目なんだねえ小狼くんー」
彼はとても真面目だ。思わず応援したくなるくらいに。その愚直なまでの真面目さが彼の意志の強さなのだろう。
「決めた!わたし手伝うよ、小狼くん」
「ありがとうございます」
「元の世界に戻るのがわたしの目的だけど、それまで特にすることもないので出来る限りはお手伝いします」
「オレもー、とりあえずは元いた世界に戻らないことが一番大事なことだからねぇ。ま、命に関わらない程度のことならやるよー。他にやることないし」
ふたり揃って、ちらりと黒鋼の方を見る。
「……」
彼は気まずそうにそっぽを向いた。
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