後日談
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後日談
「「そーっと、そーっと」」
マルとモロは、既に寝てしまったモコナたちに毛布をかけた。2匹が寝たことで宴の席は随分と静かになった。ここからはしっとりとした大人の時間だ。
「寝ちゃったね、モコナ達」
「あれだけ騒いで跳ねて飲んで食ったら、眠くもなるだろ」
「それだけ嬉しかったんだよ。やっと逢えて」
本当に嬉しかったのだろう、2匹は始終ハイテンションで騒いでいた。
「小娘もな」
「……」
黒鋼の言葉に一同の視線がおなまーえに集まる。規則正しい寝息を立ててファイに寄りかかっている彼女は、始終泣いて笑っていた。あまりのはしゃぎように疲れて寝てしまったのだから、たわいない。
黒鋼は自分のおちょこに酒を注いだ。
「何日目だ。俺達がこの服で玖楼国から旅立ってから」
「520日。オレ達にとっては。でも…」
「小娘達にとっちゃ、もっと長い時間が経ってたみてぇだな」
異世界を渡れば、その土地の時間軸に沿って生活する。ある次元での1分は、別次元での1年かもしれないのだ。
「……」
ファイは優しい手つきで彼女の白い髪を撫でる。おなまーえの目尻に溜まっていた涙がホロリと落ちた。泣いて、呑んで、また泣いて。
彼女は10年間ずっと待っていたと言った。つまりここの時間軸は他の時間軸より少し進むのが早いのだろう。その分だけ彼女は待たなければならない。これからもおなまーえには辛い思いをさせてしまうだろう。ファイは静かに目を伏せた。
「「あの」」
可愛らしい声にファイが顔を上げれば、マルとモロが困ったような顔をしてこちらを見ていた。
「どうしたのー?」
ふにゃんと笑って問いかければ、2人はおなまーえを指差した。
「おなまーえの部屋ね、ここを出て右に行って突き当たりを左に曲がって2つ目の部屋なんだけど…」
「私たちじゃおなまーえ運べないから…」
彼女たちの言わんとしていることはすぐにわかった。要はおなまーえを部屋まで運んでほしいということだろう。
「うん、わかったよー」
よっこいしょと立ち上がる。彼女の足と首に腕を通して、いわゆるお姫様抱っこをした。
初めて彼女を抱き上げた阪神国の時より柔らかく感じる。身長は少し伸び、体型もふくよかになった。成長はしていないと言っていたが、10年という年月はおなまーえを美しく艶やかな女性に変貌させていた。
「おい」
部屋を出ようとした時に黒鋼に声をかけられる。彼はグイッとおちょこを飲み干す。
「んー?」
「俺の国の諺で『据え膳食わぬは男の恥』っつぅのがある」
「…どういう意味ー?」
ファイは困ったように笑った。
「とぼけんな。わかってんだろ。今日はもうこっちには戻ってくんなよ」
「……うん、じゃあ先におやすみするね」
「……」
黒鋼はそれ以上は何も言わなかった。
**********
心地よい揺れを感じる。柔らかくてしっかりとした体温に近いものに包まれている。おなまーえはゆっくりと目を開いた。
「んっ…」
「あ、起きたー?」
優しく笑ってこちらを見てくるのはファイ。ということは、今自分は彼に抱えられているのか。
「ファイ…」
目を開けたら彼がいる。なんて幸せなのだろうか。涙は流しきったと思ったのに、再び目尻から雫がこぼれた。
「もーう、おなまーえちゃん泣き虫ー」
「だって…」
彼が足を止めた。正面を向くと見慣れた障子がある。この店でおなまーえに与えられた自室だ。
「ここであってるー?」
「うん。あってる。」
ファイがゆっくりとおなまーえの足を下ろした。床のひんやりとした冷気が全身に回って身震いした。同時に頭も冴えてきて、非情な現実を感じる。こうしてファイと共に過ごす時間は長くはないのだと。
「じゃあオレは客間に戻るからー」
「あっ…」
彼が行ってしまう。ただ別々の部屋にいるだけなのに、離れるというものがどうしても怖かった。
自然と伸びた手は彼の服の裾を掴んでいた。
「……どうしたの?」
「ファイ…」
わたしだってもう子供じゃない。これが最初で最後になるかもしれない。おなまーえは意を決したように彼を見上げた。
「お願いが、あります」
「………」
ファイの蒼い瞳が少し揺れた。
「今日だけでいいの」
ドクドクと心臓がうるさい。頬が紅潮する。酔いはすっかり覚めて、けれども体はとっても熱い。
「私を、抱いてください」
「……」
ファイは答えなかった。沈黙が痛い。
重いことを言って困らせてしまっただろうか。それともファイには別の良い人ができたのだろうか。こんな長い間旅をしていたらそういう機会もきっとあるはずで、ファイは優しいしかっこいいからどの世界の女性も放っておかないだろう。その中には、私みたいな平凡な女の子よりももっと素敵な人がいたはずなんだ。
そんな嫌な想像ばかりが頭を埋め尽くす。
沈黙を破ったのはファイの方だった。
「……廊下で話すと誰か来るかもしれないし、おなまーえちゃんの部屋に入ってもいい?」
「……はい」
断る理由もなくて、少し気落ちしながらおなまーえは部屋に通す。整い過ぎず、乱れ過ぎず、程よい生活感だ。
「……」
「……」
2人はベットに腰を下ろす。チクタクと時計の音が静寂の中流れていた。
「おなまーえちゃん」
先に切り出したのはまたもやファイだった。
「何か隠してるでしょ」
「……」
なぜこの人はそういうことがわかるのだろう。昔からそうだ。隠していたことや、無意識に知らぬふりをしていたことを、ファイは的確に見抜いていく。けれどそれを言及されたのは、これが初めてかもしれない。
できることなら隠したままでいたかったけれど、おなまーえは小さく頷いて重々しく口を開いた。
「怒らないで聞いてくれる?」
「…うん」
その返事を聞き、おなまーえは自身の細い体を両手で抱きしめた。
「私、いつ死ぬかわからないの」
この身体は、消滅しそうになったおなまーえをまどかがギリギリで留めてくれているだけの存在。魂を無理やり現世に繋ぎ止めているだけ。なのでひょんなキッカケからいつ死んでしまうのかわからないのである。
「糸、みたいなものかな。無数の糸で私の魂をこの地に括りつけてる。けれどそれは確実に一本一本切れていて、最後の一本が切れるのがいつかわからない」
「……」
店に縛り付けているのだから、ここから出ればすぐにおなまーえは消失してしまう。この店で、終わりの時まで静かに待つことしかできないのだ。
10年間よくもったと思っている。だけど次会うときには、私はもうダメかもしれない。
「だから…だからお願い。一度でいいから、私はあなたと――」
そこから先は言葉が続けられなかった。ファイの細くて綺麗な指が唇に当てられたからだ。
「……」
「っ…」
ファイは静かに首を振った。目尻が下がっていて、悲しそうな顔だ。
そこでようやく理解する。
(……そっか…)
彼はおなまーえが死んだと思っていたはず。ならばこの2年弱、おなまーえからしてみれば10年のうちに、新しい好きな人ができていてもなんらおかしくはない。むしろそうでなければおかしいくらいだ。
何を期待していたのだろう。何を驕っていたのだろう。死んでもなお、愛されているだなんて。
「……ごめん」
ずっと好きだった。重いと言われたとしてもずっとずっとファイを想って生きてきた。彼が来るのを待っていた。そのためだけにここで生きていた。結局無意味に終わるのだけど。
先程までとは異なる涙、悲しみの情の篭った雫が溢れる。
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