第17章 玖楼国
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
玖楼国
おなまーえとサクラは似た因果を纏っていた。生まれや境遇、過程は違えど、立場は同じものだった。
世界を巡ることで見に纏う因果。それが通常の人間であれば蓄積されていくことはないのだが、身体と魂のどちらかだけとなった存在には、地獄の果てまで付き纏う。
おなまーえの蓄積した因果は、まどかが『魔女』という概念を滅ぼすために使ってしまったが、仮にこれが『死』という概念を滅ぼすためにに使われていたとしたら、飛王・リードの目的はある意味達成できたのである。
だからこそ彼は悔いた。
亡き玖楼・リードに勝つために、『死』の概念を滅ぼそうと画策したものの、別の者の企てでそれが達成されそうになっていたという驚き。そしてそれを『魔女』の概念を滅ぼすなどという、くだらないことに使われたことに対する呆れ。
例えるならば良きライバルと認めた相手が、決戦を前に棄権したような、言いようのない感情だった。
「っあ…」
そして今はその残滓が目の前で蹲っている。
白い肌と白い短髪をかきむしり、地べたに這いつくばる神は、まるでナメクジのようであった。
「所詮残りカスだな」
「くっ…」
「何か使えるかとも思ったが、姫の羽根一枚ほどにも役に立たん」
「はっ…」
おなまーえの身を蝕むのは飛王・リードに利用された人々の魂。彼はモルモットを集めるように、様々な世界から人の魂をかき集めて人形を造る。その怨念は、セレス国のものとは比べ物にならないくらい大きくて、ほんの数滴注入されただけでもこの有り様。
(っ…ワルプルギスがいなくてよかった)
きっと彼女がいたら、私はまた魔女になってしまっただろう。苦しむのはもう私だけで良い。そして隙を見て一矢報いるのだ。
呪いを受けたおなまーえは、それでも屈しまいと飛王・リードを睨みつける。
「ほう、まだこちらを睨むだけの気力はあるか」
「かはっ…!」
大きな足がおなまーえの腹を蹴る。呪いの中和と受けた傷の治癒で、こちらの魔力も体力も限界だ。立ち上がることすらままならない。
女子供など、この男の前では一切が平等。だから血を吐くまで蹴ったたしても、この男は何も感じない。道端のアリを潰すが如く、関心すらない。
「円環の理はことごとく頭の悪い奴らの集まりらしい。なんせ、世界を書き換えるほどの力をその程度のことにしか使わなかったのだから」
「っ…何も知らないくせに…馬鹿にするな…」
「するとも。そのザマを見れば誰だってな」
希望を願った少女の末路を救いたいと、まどかは世界を書き換えた。自分自身さえも犠牲にして、勝ち取った希望だ。その想いを貶すものは誰だって許さない。
「連れて行け。目障りだ」
「……」
正気のない目をした小狼が、おなまーえの足を掴み引きずる。
だめだ、飛王・リードと差し違えてもとどめを刺したいのに、体が動かない。
「……」
小狼は静かに飛王・リードのいる間を後にした。
**********
おなまーえとサクラの体を追いかけて、三人とモコナは玖楼国の遺跡に足を踏み入れた。清い水が流れ、澄んだ空気が張り詰める。
時が止まった大神殿に。
――カツーン
わざとらしい足音が響く。
まるでここにいるぞと知らせように。暗闇から現れた人物を見て、モコナが誰よりも早く声を上げた。
「小狼!おなまーえ!!」
「おなまーえちゃん!!」
ボロボロで手足は痩せ細り、あちこちに血の跡が見受けられる。視線がおなまーえに注がれているとわかったからか、小狼はそれをぽいっと宙に投げた。
「っ!」
バシャバシャと水を掻き分けて、ファイが真っ先に抱きとめる。
最後に見た時から随分と軽くなった。浅いが呼吸もちゃんとしている。おなまーえは生きている。それだけに安堵し抱きしめる腕を強める。
「…おかえり」
「…ごめん、ファイ」
「謝んないで」
「……」
モコナを連れて後ろの方に彼女を横たわらせる。ここには水辺しかないから、体をそっと浸からせる。
「っ…はっ…」
「おなまーえ苦しそう…」
「呪いだよ。でもおなまーえ自身が中和しようと頑張ってるから、ここの水がそれを助けてくれるはずだ」
もともとサクラの修行場である此処は、神聖な水が流れ込む神殿。おなまーえに与えられた呪いを中和するには最適な環境だ。
――キィィィイイイン
小狼との背後にできた次元の狭間から飛王・リードが姿を現した。おなまーえが無事帰ってきて、ほんの少し和やかだった空気に緊張が走る。
「これはおまえが戻りたいと願った一瞬。おまえが切り取った刻。おまえの悔恨が焼き付いた刹那。おまえが刻を巻き戻した為に時空は崩れ、既に時間も空間もその摂理を失いつつある。未来だけではない、過去さえも」
そう願ったのは『小狼』であり、そう願わせたのは飛王・リード本人。
「だから魔女は巻き戻すと同時に、流れる次空から切り取って刹那をここに留めた。そして切り取った為に摂理は壊れた。おまえはそれも知った筈だ。囚われていた長い時間、写身の右目を通じて。けれどおまえはやめなかった。願う事を。おまえも同じ…」
饒舌な男に、とうとう黒鋼の我慢が限界を迎えた。
――ザン
黒鋼の刀が空間を裂くように振るわれる。風圧だけで小石が宙を舞う。
「……」
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ。能書きはいいから出てこい」
「無理だよ。オレとの時もああやって、裂け目の中からだけだった」
「なるほど、臆病者って事か」
「まあ否定するのは難しいねぇ」
ファイと黒鋼が挑発的に見上げた。
「小狼くん。前にもうひとりの小狼くんを通じて言ったこと、覚えてるかな」
「……」
『そこにあった未来を変える事が許されるのか』。結果がどうなるか、今は誰にも分からない。だったら今は考えないで、自分が出来る事を、やりたい事を考えたらいい。それは『逃げる』事とは違うから。
ファイは振り返り、優しい笑顔を向ける。
「君がやりたい事は?」
「……サクラは」
――ピク
サクラの名前におなまーえの隣にいる小狼が反応したように見えた。
「死なせない」
「……」
小狼はふいっと3人に背を向けて移動する。『小狼』を誘っているようだ。
「おまえは自分と、ケリをつけろ」
「…ああ」
小狼と『小狼』が席を外す。残った面々はじとりと飛王・リードを睨みつける。
「さて、お出まし願おうか、弱虫さんに」
「分かってんだろうな。あいつは俺の獲物だ」
「えー、どうしようかなー」
甲高い音が辺りに響きわたる。いくつも現れた時空の狭間からは、人型の黒い人形が現れた。それぞれ刀を所持していて、それらが一斉に黒鋼とファイに襲いかかった。
「あー、やっぱりこういう展開?」
「お前がやれ」
「いやいや、オレおなまーえとモコナ守りながら戦わなきゃいけないし、こういうその他大勢こそお父さん大活躍って感じで」
「そうか、よっ!!」
黒鋼が刀を一振りした。瞬く間に衝撃波が広がり、人形はドサドサと倒れる。
ファイは吸血鬼由来の長い爪で、近づくものを次々に切りつけていった。
**********
おなまーえは水底に手をつき、ゆっくりと体を起こす。
「おなまーえ、無理しないで!」
「大丈夫…」
水のおかげもあって、呪いはだいぶ中和できた。濃縮されたものだったが量が少ないことが幸いであった。立ち上がる体力も戻ってきた。いつまでも休んでるわけにはいかず、おなまーえは次元の隙間の奥、飛王・リードを睨みつけた。
1/3ページ