第16章 日本国
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
日本国
ワルプルギスの夜は憎悪から生まれた。おなまーえが人と出会い感じてきた気持ちを食して、やがて肥大化した温床から生まれた、正真正銘の魔女。
彼女はこの世全てを厭世し、人の営みを嫌厭し、無償の愛を憎悪し、そして自分自身さえも嫌悪した。自分というものを押さえ込むおなまーえ――外郭――を呪った。
とはいえ、実のところワルプルギスの夜そのものは、そこまで悪性の強いものではない。例えるならば、白いテーブルクロスの縁に付着した僅かなシミのように、放っておいても害はないものだった。
真っ白な景色の中、流れ込んでくるのはおなまーえの感情だけ。時に喜び、時に落ち込むおなまーえの一喜一憂は、ワルプルギスの夜を飽きさせることはなかった。嫉妬と恋情が同時に流れてきた時などは、それはそれは高らかに笑ってしまったほど楽しかった。
だがその平穏な世界も長くは続かなかった。テーブルクロスの僅かなシミは、素の白を覆い隠す勢いで侵食していった。おなまーえの感情を食い物にして、ワルプルギスの夜は確実に成長していたのである。
ワルプルギスの夜が成長すればするほど、おなまーえと想い人の距離は離れていった。
『っ、ファイ…』
おなまーえが切なげに彼の名を呼ぶ。だが彼はこちらに振り向いてはくれない。
妬み、裏切り、憎悪。その心地よくも身を割くような痛みは、他の誰でもないワルプルギスの夜が一番よく知っている。
「っ…」
彼女は悔しげに拳を床にぶつけた。愛する人の名を切なげに何度も呼ぶおなまーえを、どうしても見ていられなかった。
少女の想いだけを主食にして成長したワルプルギスの夜は、誰よりも純粋だった。誰よりも、恋に恋焦がれていた。
――誰よりも、おなまーえのことを愛していた。
故に、ワルプルギスの夜はおなまーえを救うために暴走した。こんなに辛いのならば、私が代わりになってやると。
――自分自身が一番おなまーえを追い込んでいるとも気がつかずに。
少女の末路は、世界とともに終焉を迎えることとなった。これで、あらゆる世界に絶望が振りまかれる事はなくなった。『悪』は排除され、『正義』が勝ったのである。
白い髪は揺れる。
ワルプルギスの夜は『悪』そのものである。それでも誰よりも愛しい人を守れた彼女は、それも含めて、全てが誇らしかった。
**********
「あの、お願いします。もう少し言うこと聞いてくれませんか…」
日本土下座コンテストなるものがあれば、準決勝くらいまではいけるだろうか。綺麗に折り畳まれた脚と、背中の曲線が見事だ。ひれ伏すおなまーえの前には使い魔がふわふわと、それはそれは楽しそうに浮遊している。
ここは日本国――黒鋼の母国だ。時刻は深夜。転がり落ちるようにこの世界に着地してから数時間経っている。
セレス国から命からがら逃げてきた一行は怪我の治療を受けた。黒鋼はもちろん重症。ファイと『小狼』も決して軽傷ではないから、治療に時間がかかる。一方傷が勝手に治るおなまーえは軽い消毒だけしてもらい、城内を散策していた。
おなまーえは思いの外悲しまなかった。少なくとも周囲にはそのように見せていた。
ワルプルギスの夜を失って悲しみにくれている暇はない。彼女を失った今、おなまーえには満足に戦える力がない。魔力はあるものの、それを使いこなすテクニックが備わっていないのである。
魔法は経験あるのみ。おなまーえは、まず第一歩として、使い魔の使役から試みようと考えたのである。
知世姫から魔力が一番強い場所、この国の中心である桜の木の元に案内してもらい、おなまーえは積極的に修行に励んだ。
しかし、何度も使役を試みているのだが、どうにもこの子たちはおなまーえの言うことを聞いてくれない。ワルプルギスの夜のときはあんなに素直に聞いてくれていたのに、今じゃ簡単な命令も無視される始末。
そこで冒頭の土下座シーンに戻る。
「お願いだから、もう少し仲良くしようよ!…きゃっ」
おなまーえが必死にお願いするも、彼女たちはおなまーえの髪や服を引っ張ったりするばかりで聞いてくれない。主人として見られていない。否、完全に舐められている。
「……ああもう。何がいけないんだろう」
息抜きにゴロンと横になった。短くなった不揃いな白い髪が地面に広がる。
(やっぱり使い魔の使役は難しいのかな…)
使い魔たちは桜の花びらをつかまえようと宙を飛び回る。統率が取れていないどころか、自由奔放な無法地帯である。こんな光景、ワルプルギスの夜に見られたらバカにされるなと、おなまーえは苦笑した。
「………」
花弁が鼻の先に落ちてきた。それを払うこともせずに、目を閉じてウトウトする。
時刻は深夜。神とはいえ、肉体は普通の人間と同じように設定されているため、食欲もあれば睡眠欲もある。
「……ん…」
穏やかで、安息の時間は久々で、おなまーえは半分夢見心地だった。
だから誰かがこの広間に入ってきて、そのせいで使い魔たちが妙に静かになっただなんて気付かなかった。
1/8ページ