第15章 セレス国
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よくある昔話をしよう。
ここに友に命を救われた男がいる。その友は男を救うために死んでしまった。
男は自分のために死んでしまった友の名を名乗り、以後多くの人を救ったという。後の世に残るであろう功績も人生も全て、命を賭してくれた友に与えられるようにと。
――いい話でもなんでもない。
要するに友の名を騙ると誓った時点で、その男はとっくの昔に死んでいたのである。
セレス国
突き刺すような寒さに身を震わす。鼻先が凍り、足の爪先から冷えが侵食してくる。
「ついた?」
モコナが問いかける。
足元には降り積もった雪。ファイの母国は雪国と言っていたから、きっとここがそうなんだろう。
「さむい…」
「ここが…」
「セレス国」
そこは一面の銀世界。
春も訪れないこの土地には木々も枯れ果て、星明かりすらも吹雪に霞んで見えない。存在感を放つのはいっそう明るい金色の満月と、雪の白さに負けないくらい幻想的な雪の城。繊細な建築技術、卓越した美術。魔法という文化が発展した都市は、ただただ美しかった。
だがそれだけだ。無機質なまでの美しさ。生命の気配を感じない代わりに、城の中心部から感じるとても強い魔力。確実にあそこに何かいる。
「あの城は?」
「オレがいた、ルヴァル城」
ファイは寒さを物ともせず先頭に立つ。
「……駄目!サクラの体がどこにあるか、分からない!」
「……」
モコナが大粒の涙を流す。モコナが感知していたのはサクラの羽根の気配。そして羽根はサクラの記憶であり心であるため、魂のない身体の場所はわからない。
『小狼』はその涙が凍らないように、そっと拭った。
ファイは静かに指をさす。
「サクラちゃんはあの城にいる」
「何故分かる」
「魂と体が分かれてもサクラちゃんはまだ生きてる。…生きているものの気配はあの城からしかない」
「…この国の他の人たちは?」
「………」
モコナの問いかけにファイは口を噤む。『生きてるものの気配』と彼は言った。ならこの国の人たちはもう亡くなっていると容易に想像がついてしまう。
「どうやってお城まで行けばいいのかな。あの階段登るの?」
再びモコナが問いかけた。あの階段とは、城の周りをぐるっと囲む要塞のような階段。侵入者を防ぐにしても、味方まで疲弊してしまうのではないかと思うくらい長い長い階段。
「……あれは本当にあるわけじゃないんだ」
「幻か」
「……」
本当にあるわけではない。城に入るためには魔法で直接玄関まで行かないとならない。これは選別だ。魔法がないとこの国では生きていくことすらできなかったから。
ファイが手を前に出し、その指先に魔力を集めた。だが『小狼』がその手をゆっくりと下させた。おれがやると言わんばかりの『小狼』は小さく呪文を唱える。
「風華招来」
――フワッ
『小狼』が呪文を唱えると風が4人を包み込む。吹雪をものともせずに、浮かび上がった4人の体は風に運ばれる。芯の通っている『小狼』らしい魔法だった。
「『小狼』こんな魔法も使えるんだね」
「……」
今までは彼は戦いの中でその魔力を発揮していたため、攻撃魔法しか見せたことがなかった。
ふわりとシャボン玉のように城に向かっていき、4人は城の入り口にゆっくりと降り立った。
「「!?」」
まず目に入る赤。低い気温のせいか、鮮血の様に鮮やかなそれが絨毯のように雪を覆っていた。
この門の守衛だったであろう人間は、横たわり凍りついている。降り積もった雪の量から、相当な時間が経過していることがわかる。何かと争ったのだろう、どの遺体も損傷が激しかった。
「っ…」
決して見ていたいものではないから、おなまーえは目を背ける。
「ファイの着ている服と…似てる」
「この城の奴らか」
「……」
「そうだよ」
彼はなんてことのないように呟き、死体の山を越えて門を開く。
「小娘」
「なんですか、黒鋼さん」
「俺の背中だけみて歩け」
「……ありがとうございます」
フードを深く被り、ただ黒鋼の背中だけを見て歩く。つまづいたものがなんであれ、失った命に対してできることはないから、決して振り向かずに歩く。
最後に城門をくぐった『小狼』が頭を抱えよろめく。
「どうした」
「頭、痛いの?」
「いや…」
黒鋼とモコナが心配の声をかけるが、彼は眉間にしわを寄せながらも首を振る。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だ。姫を捜さないと…」
永遠と続きそうな階段も、果てのなさそうな回廊も、慣れたように進むファイ。だんだんと近づく巨大な魔力。
――カツーン
階段を登りきり、大きな扉の前に立った。荘厳な扉からここが王の鎮座する玉座とわかる。ファイがその扉に手を伸ばしたとき、その手が触れるより先に扉がひとりでに開いた。
「「!!」」
奥には人影が一つ見えた。王の風格と気品を兼ね備えた男。膨大な魔力の持ち主。
「おかえり、ファイ」
対峙した男は穏やかに一行を迎え入れ、だがその瞳には狂気が感じられた。
「出来れば、帰らずにいられればと思っていました、アシュラ王」
ファイは目を伏せて苦しげに答える。彼がこの旅に出る時に言っていた理由。水底で眠っていたという会いたくない人。
「約束したのに、わたしの願いを叶えてくれると」
「……」
狂気を携えながらも、なお笑顔で話し続ける。彼は片手でマントをめくった。
「待っていたよ、君を。この子も待っていた」
「っ!」
ファイが目を見開く。
そこには薄汚れた長髪の子供がいた。元は金色であろう髪は泥に塗れ、その隙間から青い瞳がこちらをみている。やつれて歯が剥き出しになり、端的に言ってしまえばとても見窄らしい子ども。
「……」
子供はこちらをすっと指差し、口を動かした。声にはならなかったが、その動きからその子が何を言っているかわかる。
『オマエ ガ コロシタ』
その瞬間おなまーえの頭の中に見たこともない景色が送り込まれてきた。思わず頭を抱えてうずくまる。
「っ!?」
「なん、だ!?」
隣の黒鋼や『小狼』も同じように頭を抱えてしゃがみ込む。立っていられないくらいのめまいだった。
3人は過去の記憶を見せさせられた。
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