第13章 願イヲ叶エル店
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薄氷の平穏。積木の天秤。瓦礫の揺籠。
どんなに危ういものでもそれらは存在していて、救いを求めている。
ならば叶えよう。それが神たるものの役目ならば。
願イヲ叶エル店
静かな庭に、遠慮気味に小さな魔法陣が浮かぶ。
――シュルン
――スタッ
現れたのは制服を着た少女。白い髪が月明かりに照らされて、まるでそこにもうひとつ月があるのではないかと錯覚するほどの眩しさ。
「こんばんは」
少女は、日本庭園を眺めるひとりの女性に声をかけた。
「…まさか本当にイレギュラーの4人目になるとは思わなかったわ」
「驚きました?」
「酔いも覚めるくらいにはね」
女は日本酒を飲んでいた様子。今宵は満月。晩酌するにはうってつけの夜だ。
詫びにと少女は縁側に手をつき、酒を手に取った。上物のお酒だ。女の手元にあるお猪口にほんの少しだけ注ぐ。
「まさか神様の一部になるなんて、人間生きてると面白いこともあるもんですね」
「……」
そう言って笑う少女の顔はとても晴れやかで、憑き物が落ちたようであった。東京国でのような、絶望しきった面影はもうない。
女は安堵のため息をつき、微笑んだ。
「…ここに来たってことは願い事があるのね」
「はい」
「…当然対価もいるわ」
「承知の上です」
「いいでしょう……貴女の願い事は、なに?」
「……」
人生二度目の問いかけ。少女は目を閉じてすーはーと深呼吸する。
何度世界を渡ったか。何度日常を噛み締めたか。初めは未知だった白紙の5人の関係が、世界を渡る度に埋まっていった。埋めれば埋まるほど、光を失っていった。日常を愛するほど、新しい世界を求めるほどに、関心はどんどんと薄れていった。
それは当然の帰結であり、初めから仕組まれていたことだったけれど。
――けれど。
光を失ったとしても、築いてきたものが失われるわけではない。水面に絵の具をたらすように。通ってきた道は確かに存在する。
「私の…」
救いたい人たちがいる。あの陽だまりのような日々を。逆上せてしまうくらい暖かい愛を、もう一度。
「私の願いは」
そして目を開けると、真っ直ぐに侑子を見つめた。
「またみんなと旅をしたい」
危なっかしいのにそれでいて意志が強い、自由奔放な可愛いサクラ。
サクラに翻弄されながらも、自身の心を作り上げていた真面目な小狼。
そっけないと思いきや、誰よりも仲間を気にかけている頼りになる黒鋼。
何かを抱えながらも笑顔を振りまき、仲間の面倒をよく見てくれた優しいファイ。
いつも仲間の雰囲気を柔らかくしてくれ、そのお茶目っぷりを惜しげも無く発揮していたモコナ。
もう一度、みんなと旅に出たい。そして、彼らの行く先にはきっと飛王・リードがいるから。
「……それはまた難題ね」
侑子がいつかに聞いたような台詞を言う。
「いいでしょう。それでは、対価を…」
何を奪われてもいい。あのかけがえのない時間を取り戻すためならば、なんだってしよう。
侑子の続きの言葉を待つ。ほんの一瞬の間なのに、続きの言葉が聞きたくて長い時間に感じる。
夜の生暖かい風が2人の間を吹き抜けた。
「対価は、『帰る場所』と『コンパクト』よ」
「帰る場所…」
おなまーえは確認するように繰り返した。
「『帰る場所』とは即ち元いた世界ということ。もう二度とあの世界には行けないわ。特に貴女は永遠の存在となった。その上で戻れないのだから、かなり辛いこともあるでしょうね」
巴マミ、暁美ほむら、鹿目まどか、そして佐倉杏子。もう二度と、彼女たちに会うことはできなくなる。
「そしてその『コンパクト』は大切な人からもらったものね」
ポケットから取り出したボロボロのコンパクトは、ファイからもらった最初で最後のプレゼント。常に肌身離さず持ち歩いていた。
「……はい」
おなまーえは名残惜しげにそれにキスをすると、侑子に近づいて手渡しする。
「大事にしてくださいね」
おなまーえは微笑んだ。
そのコンパクトが後に四月一日の手によって聴鏡に使われることは、ここでは関係のない話。
「たしかに対価は頂いたわ」
「はい」
侑子とおなまーえはお互いに満足そうに笑った。
「次の世界ではイーグルという人物を頼りなさい。彼なら、あなたに力を貸してくれるでしょう」
「わかりました」
月が雲に隠れる。おなまーえはゆっくりと後退した。
「では侑子さん、達者で」
「えぇ、貴女もね」
「最後に一つだけ」
「なぁに?」
「ありがとうございました」
おなまーえはニカッと笑った。
きっとお礼を言えるのはこれが最後だ。
「……どういたしまして」
侑子も優しく微笑む。
おなまーえの足元に魔法陣が出現した。凛としていて力強い魔力は侑子の性格が出ている。
「……」
おなまーえはもう一度少し笑って、彼女に向かって手を振った。
――シュルン
《第13章 終》
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