5戦目
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健二の活躍と、各所の適切かつ迅速な対応により、未曾有の都市機能の混乱は沈静化された。
陣内家の夕食会でもそれが評価され、健二は少し照れくさそうにしていたものの、手放しで喜べる状況でないことも皆承知していた。
今日のOZ混乱の事件は終日ニュースで報道されている。
ニュースキャスターは、事態は治まりつつあると話している。
「…でもまだ」
「ラブマシーンを倒せたわけじゃない」
「その通り」
珍しく夕飯に参加している佳主馬が、諸悪の根源の名前をはっきりと口にした。
「ラブマシーン?」
「なにそれ。モー娘?」
「叔父さん、時代感じる」
「アカウントを盗むAIだよ」
パソコンを机の上に乗せれば、皆こぞって佳主馬の後ろに寄りあつまる。
こういうところで陣内家は団結力が高い。
画面には進化した後のラブマシーンの写真がアップで映っていた。
「なんか悪そうなアバター」
「いかにも敵って感じじゃん」
「今日の原因はこいつか」
誤報に散々振り回されたであろう、救急隊員と消防隊員の叔父さんたちが、苦々しくアバターを睨みつける。
「今もまだOZのどこかで息を潜めてるんじゃないかな。奪われたアカウントはまだ復旧してないみたいだし。」
「でもなんで報道されない?」
「時間の問題だと思うよ、師匠」
「ネットの世界は広いし、気づいてる人はもう行動を起こしてる。情報を共有して力を合わせれば、止められないわけないよ」
皆で情報を共有すれば、AIにも勝る知恵と技術がきっと見つかるはず。
佳主馬はそう信じて疑わなかった。
「残念だけど、それは無理だね」
「え?」
だがそれに水を差す人間が一人いた。
賑わっていた夕食が、一気に静まり返る。
縁側に一人腰をかけていた侘助が、優雅にタバコをふかしていた。
昼間帰ってきたと聞いた時は少し驚いた。
「……なんで無理だってわかるんだよ」
佳主馬も佳主馬で、侘助に食ってかかった。
「なぜって?」
彼はまるでいたずらが成功した子供のように嬉しそうに笑う。
「そりゃあ、そいつの開発者、俺だもん」
「ええ?」
「え?」
親族一同に衝撃が走った。
開発者?
それはつまり、あのAIを作ったのが侘助だというのか?
「ラブマシーンを、作ったの?」
「ああ。俺が開発したハッキングAIだ」
佳主馬が確かめるように再度問いかけると、侘助はなんて事のない顔でそれを肯定した。
「俺のやったことはただ一つ。機械にものを知りたいという希望、つまり知識欲を与えただけだ。そしたらあちらの国の軍人がやってきて、実証実験次第では高く買うって言うじゃないか。まさか、OZを使った実験とは思わなかったよ」
侘助は聞かれてもいないことをペラペラと得意げに話す。
食事の席がこんなにも凍りついていることに気がついていながらも、嬉しそうに自身の功績を語る。
「だがどうだい。結果は良好。やつは本能の赴くまま、世界中の情報と権限を蓄え続ける。今やたった一体で何百万という軍隊と同じだ」
それは武力で行使する軍隊ではない。
情報やシステムを使って攻め入る、新手の侵略だった。
「いい?勝てないのはそういうわけ」
「っ…」
佳主馬が息を飲んだのがわかった。
勝てない。
そんなAIなんてものを相手に、勝てるはずがない。
こちらは生身の人間なのだ。
AIには体力の限界がない。
倫理や道徳の限界も知らない。
どこからが非人道的な行為になるのか、そういった考えは持ち合わせていないのだ。
「…今日どれだけの人が被害を被った?どれだけの世間様に迷惑をかけた?」
正義感の正しい、消防士の克彦が厳しい言葉を投げかける。
「俺のせい?まさか。AIが勝手に…」
「あれのせいで世の中めちゃめちゃになってるんだぞ」
「わからない奴らだな。AIが勝手に…」
「子供みたいに言い訳すんじゃねえ!」
事の重大さを未だに理解できていない侘助は、飄々とした態度で、責任をAIただ一つに押し付けようとする。
違うだろう、そうじゃないだろうと、陣内家の心は一つだった。
「っ!」
それを代表するかのように、克彦は侘助の胸ぐらを掴んだ。
慌てて克彦の兄二人が止めに入る。
「やめろ克彦!」
「ばあちゃんの前だぞ!」
「「!」」
その一言で克彦はふと我に返った。
侘助もこの家の家主、陣内栄の方を振り向く。
「……」
彼女は厳しい目で侘助を見つめていた。
栄の前では侘助も真剣な顔をした。
「ばあちゃん、今まで迷惑かけてゴメン。挽回したくってさ、俺頑張ったんだよ。この家に胸はって帰って来れるようにさ」
その代わりに大切なものを失ったことを、彼は気づいていない。
嬉々として彼は自身の端末を栄に見せる。
「今、米軍から正式なオファーが入ったんだ。じじいが生きてたころよりも大金が入る。これもばあちゃんのおかげだ。なんたって、ばあちゃんにもらった金で独自開発できたんだから!」
「…!!」
その言葉に、普段は温厚な栄が目の色を変えた。
しなやかな足取りはそのままに、彼女は飾り棚に置かれていた薙刀を手に取る。
「!」
「下がって!」
いち早く状況を察知した佳主馬は、聖美とおなまーえの手を引き後ろに下がらせる。
「ばあちゃん!!」
皆が栄を止めようにも、薙刀を振りまわしているため近寄ることができない。
――ブン
侘助を殺さんばかりの勢いで、彼女は刃物を振り回す。
「!」
侘助はとっさに後ろに回避したものの、バランスを崩して転倒する。
テーブルの上の料理が地面に転がる。
――がしゃん
――ブン
――どしゃん
酒瓶が転がり、畳に染み込んでいく。
美味しそうだった料理も全て台無しだ。
普段の栄なら絶対にこんなことしない。
食べ物を粗末にするようなこと、彼女が許すはずがない。
それほどまでに、彼女は侘助に怒りを抱いている。
あとがなくなった侘助の顔面に、薙刀を突きつける。
「侘助!今ここで死ね!」
「っ」
説得も説教も無意味なのだと悟った。
栄はどストレートに侘助に死ねと言い渡す。
だがそこまで言われて、はいそうですかと受け入れるはずがない。
「っ…」
侘助は薙刀の刃物の部分を手で握る。
小さく悲鳴が上がったが、幸いにも何年も研いでいない刃先は綻んでいて、血が出る気配はなかった。
「……」
「……帰ってくるんじゃなかった」
侘助はそう言い捨てると、乱暴な足音で縁側から外に出て行く。
姉はその彼を追いかけて外に飛び出そうとした。
「っ!叔父さん!」
「夏希!」
だが曽祖母の厳しい叱責に足を止める。
「いいかお前たち!身内がしでかしたことは、みんなでカタをつけるよ!」
そう言い残すと、栄は険しい顔のまま部屋を後にする。
緊張が途切れたように、皆床に転がった食べ物の処理を始めた。
割れた皿なんかもあって、このままでは非常に危ない。
おなまーえも微力ながら手伝いに精を出す。
姉が呆然と立ち竦んでいて、役に立たないから。
代わりに仕方なく。
皿の破片を拾い集めていると、横から伸びてきた浅黒い手がそれを阻止した。
「危ないから、僕がやる」
「…何いっちょまえに格好つけてるの」
「そんなつもりない」
そういう優しいところが大好きなんだ。
二人は黙々と破片を拾いあつめる。
万理子叔母さんが割れた皿を見てがっかりしている。
どんなに綺麗な皿も、高価な皿も、割れてしまえばただのゴミだ。
「……おなまーえ」
ふと、佳主馬に名前を呼ばれた。
なんだと言葉を返す前に、おなまーえの耳に手が当てられる。
「今日も来てくれる?」
「…っ、今言う?」
体が熱くなった。
なんでこのタイミングなんだと、おなまーえは頬を染める。
「お願い」
「……わかったよ」
その懇願とも言えるお願いは、きっと佳主馬なりのSOSなのだと思う。
母を守り、妹を守る、小さな小さなヒーローの、ささやかな弱音なんだと思う。
ならば自分はその捌け口としてでもいいから、彼の役に立ちたい。
「今夜、行くよ」
おなまーえは二つ返事で了承をした。