3戦目
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
午前6時半。
学校に行く日だってこんなに早く起きれたことはないというのに、すっかり目が覚めたおなまーえは、顔を洗って、着替えて、昨日と同じように納屋に向かった。
「おはよう」
「…おはよ」
まるで何事もなかったかのように朝の挨拶をした佳主馬。
それにほんの少し寂しいと思いながらも、あれは夏の夜の夢だったのだと割り切り、彼の隣に腰を下ろした。
「今日もトレーニング?」
「そうしたかったけど、無理みたい」
「無理?」
「ん」
佳主馬は画面をくいっとこちらに寄越す。
「……なにこれ」
そこには、いつものようにOZにログインしている佳主馬のアバターの姿。
だけど背景がちょっとおかしい。
時計が狂い、壁という壁には落書きが描かれている。
翻訳は意味をなさず、ほとんどが文字化けしてしまっている。
ステージが意味不明に回転していたり、窓口が開閉を繰り返していたり。
OZの世界は混乱を極めていた。
「え?なに?バグ?」
「だけでこうはならないでしょ」
「じゃあウイルス?」
「かもしれないよ」
タタンと彼はキーを叩いて別のページを開く。
簡単なニュース記事と、目元に黒い線が引かれたとある青年の顔写真が現れた。
ざっくりと要約すれば、この青年がOZ混乱事件の黒幕ではないかという話だ。
おなまーえはこの青年を知っている。
いや、おなまーえだけじゃなくて、この家にいる人はみんな知っている。
「…健二さん?」
「おなまーえもそう思う?似てるよね」
「あの人にこんな度胸あるように見えないけどな」
「人は見かけによらないかもしれないよ」
タタンともう一度キーを叩き、今度はOZの公式掲示板を開く。
一連の騒動については、現在調査中との一文が載せられていた。
「復旧にはしばらく時間がかかるみたい」
「それってほぼ都市機能停止するよね」
「そうだね」
OZの利用率は携帯の普及率とほぼ同数。
今や、レクリエーションやショッピングといったエンターテイメントだけでなく、公的手続きや会社の業務決済、そのほか生活のすべてと言っても過言でないほどのネットワークを、我々はOZアカウントに頼っている。
「私ログインできるのかな」
おなまーえは自身のタブレットを開き、いつもの通りにOZを開く。
慣れた手つきでパスワードを入れれば、簡単にログインすることができた。
「アカウントは大丈夫そう」
「一部ユーザーではログインできなくなってるみたいだから、おなまーえ気をつけてね」
「私なんかより佳主馬のアカウントの方が重要でしょ」
なんていったって、OZ格闘ゲームの世界チャンピオンなんだから。
廊下からドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
おなまーえと佳主馬は揃って、納屋の入り口を振り返り見る。
「いた!」
程なくして、忙しない様子の健二が納屋に飛び込んできた。
そんなにまだ暑くないというのに、彼は全身に冷や汗をかいている。
「これお兄さんがやったの?」
――ぶんぶん
佳主馬の問いに対し、千切れんばかりに首を振って健二は否定をした。
「あのさ、パソコン借りていい!?」
「…言い方がダメ。もっと取引先に言うみたいに言って。」
「佳主馬ドS」
「それはおなまーえにだけ」
「っ…」
キョトンとした健二はへなへなと正座をして深くお辞儀をする。
「も、申し訳ありませんがパソコンを貸してください…」
「ん」
「ありがとう!」
「健二さんもプライドとかないわけ?」
3歳も年下相手にこんな横柄な態度をとられて、彼は気にしていないのだろうか。
(気にしていないんだろうな、今それどころじゃなさそうだし…)
パソコンを受け取った健二は、ログイン画面に何度もIDとパスワードを入力するが結果はNG。
焦ってはいるものの、打ち間違いではなさそうだ。
「なんで?なんでぇ?」
「なに焦ってるの」
一方佳主馬は始終落ち着いた様子で、健二の慌てぶりを静観している。
麦茶に手を伸ばし、ゆっくりと飲み込む仕草までしてみせた。
「アカウント!乗っ取られてみたいなんだ」
「ああ、そういうこと」
「なんだ、なりすましか」
「どうしよう」
「サポートセンターに連絡」
「それだ!」
佳主馬のアドバイスを聞いて、健二は携帯から電話をかける。
だがよく考えてみてほしい。
OZのアカウントと電話回線は確か連動していたはずだ。
「ちょっと待って。ログインできてないなら、それ多分かからないんじゃない?」
「ああ、そっか」
「うぇ!?」
案の定、健二の受話器の奥から『OZアカウントを認証できないため電話回線に接続できない』もいうアナウンスが聞こえてくる。
「か、かからない!かからないよぉ?!」
「落ち着きなよ」
「小磯君?」
「うおぉお!?」
「落ち着きなって」
不意に名前を呼ばれて、健二は驚きひっくり返る。
平常心を失った人間とはこうも面白い行動を起こすものなのか。
健二を呼んだ聖美は、キョトンとして受話器を差し出す。
「東京から。佐久間さんって人」
「誰?」
「さぁ?お友達じゃない?」
中学生二人は非常に落ち着いた様子で麦茶を飲んだ。
通話をスピーカーモードにして、佐久間と健二は会話をする。
『まさかお前の仕業じゃないよな』
「違う!」
『だよな。動機も度胸もないよな』
「わかってるなら何とかしてよ!」
やはり健二はプライドとか、そういう余計なものは持っていないのではないだろうか。
おなまーえと佳主馬は顔を見合わせて肩をすくませる。
『無理。パスワードが書き換えられてて管理棟に入れない』
「OZは世界一安全じゃなかったの!?」
『……昨日変なメールがOZ中にばらまかれた』
「変なメール!?」
「あ、私もきてたかも」
佳主馬との情事を終え、自室に戻った際に確かわけのわからないメールが来ていたのを覚えている。
ただ沢山の数字が羅列されていて、いたずらメールか何かかと思ってスルーした。
『OZのセキュリティは2056桁の暗号で守られている。そう簡単に溶ける暗号じゃないんだ。それを誰かが一晩で解いちまった!』
「2056桁……最初の数字は?」
『8』
それを聞いた瞬間、健二は顔色を変えて俯いた。
真っ青な顔をして、頭を抱え、震える声で言葉を絞り出す。
「それ、僕です…僕がやりました…」
『なんだって!?』
まさかのカミングアウトに、おなまーえと佳主馬は驚き、フリーズする。
一般人ならいたずらメールとして処理するようなあの数字の羅列に意味を見出し、それを解いただと?正気か?
「……何かの問題だと思ってつい…」
『解いたってかこの馬鹿!』
「すいません!」
「すげえ」
「さすが数学オリンピック候補者」
正直見直した。
いや、この状況で言うことではないかもしれないが、彼のポテンシャルの高さには目を引くものがある。
興味なさげにしていた佳主馬も素直に感心している様子だった。
『とりあえず、その電話機の番号でゲストアバターとっといた』
「え?」
『何の権限もないけど、無いよりはましだろ!』
健二の持っている受話器に、2.5頭身のリスのアバターが映る。
ひとまずはその受話器のアカウントと佳主馬のパソコンで、健二はOZの世界にログインをした。