8戦目
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「……まだ負けてない」
だがたった一人の男が、まだめげずに前を向いていた。
夏希は弾かれたように顔を上げる。
「……負けたじゃん」
「負けてないよ」
「負けたよ」
「負けてないよ」
「っ、負けたんだよ!!」
「だからまだ負けてないですって」
涙を溢れさせながら感情的に叫ぶ佳主馬とは対極的に、健二は冷静に状況を分析する。
「何かまだ手があるはずです、絶対に」
「何だよ手って。数学とは違うんだよ」
「同じです。諦めたら解けない。答えは出ないままです」
「……お前」
不思議と、健二がそう言うのであれば、本当にまだ手があるように思えてきた。
数学において、答えというものはただ一つだけ。
だがそこに行くまでのプロセスは無数の可能性がある。
『ラブマシーンを倒す』という答案を作るための数式は、必ずしも一つではないはずだ。
「……」
夏希は丁寧に封をされた封筒を万理子に押し付けると、何かを思いついたかのようにその場を走り去った。
彼女もまだ諦めていない。
「夏希、どこへ行くの!」
「夏希!」
「…姉は姉で考えがあるのでしょうから、好きにさせてやってください」
夏希を追いかけようとした叔母たちを、おなまーえは引き止める。
「それより、その手紙。もしかしておばあちゃんの遺言?」
「え、えぇ…」
「万理子叔母さん、読んで」
言われた通りに万理子は封筒を千切る。
三つ折りに畳まれた手紙は、三枚に渡って手書きで言葉が連なっていた。
『家族へ。まぁまずは落ち着きなさい。人間、落ち着きが肝心だよ』
まるで今の陣内家を見ているかのような出だしだった。
慌てふためき、圧倒的な力を前に戦意を喪失していた陣内家にとって、栄の遺言は乾いた土を潤す水のようであった。
自身の葬式、財産、そして栄にとって生涯の心残りであったであろう侘助について、手紙では触れられていた。
『家族同士、手を離さぬように。人生に負けないように。もし辛い時や苦しい時があっても、いつもと変わらず、家族みんな揃ってごはんを食べること。一番いけないのは、お腹が空いていることと一人でいることだから。』
栄は家族全員で囲む夕食の席が大好きだった。
遊びに来るたび「お腹は空いていないかい」と聞いてきたのを覚えている。
『私は、あんたたちがいたおかげで、大変幸せでした。ありがとう。じゃあね。』
感謝の言葉で、最後は締めくくられていた。
栄の言葉に、今更ながら空腹だったことを思い出す。
今朝は朝食はろくに喉が通らなかった。
きっとそれはみんなも同じ。
――キュルルルルッ
どこからともなく車のドリフト音が聞こえる。
程なくして現れたのは、白いスポーツカー。
翔太の車に乗った、侘助だった。
「っ、ばあちゃん!ばあちゃん…!」
「叔父さん…」
車から降りた彼は血相を変えてこちらに走り寄ってくる。
夏希が、彼をここに呼びつけたのだ。
「侘助」
次期当主となる万理子は落ち着いた様子で侘助を諭す。
「おばあちゃんにちゃんと挨拶してらっしゃい。そしたらみんなで、ご飯食べましょ」
++++++
静まり返っていた陣内家は一気に騒がしくなる。
奈々さんが中心に作ってくれた料理をたった一個のテーブルに並べて、家族みんなで肩を付き合わせて食べ物を頬張る。
「原発が狙われてる!?大変じゃない!!」
先ほどまで息子の甲子園予選を応援していた由美は、OZの混乱と、人類が滅ぶかもしれないという危機的状況を知り、声を荒げた。
「ああ、追い詰められてる」
「食べてる場合なの!?」
由美の言葉はごもっとも。
だがみな、食べ物を口に頬張る手を休めない。
「遺言だからな」
腹を減っては戦はできぬ。
こんな時だからこそ、空腹であってはいけない。
誰か一人でもかけてはいけない。
「て、敵は圧倒的なんでしょ?」
「…慶弔20年の大阪夏の陣じゃ、徳川15万の大軍勢に打って出た」
「でも負けたんじゃ…?」
「こういうのは勝ちそうだから戦うとか、負けそうだから戦わないとかじゃないんだよ。負け戦だって戦うんだ、うちはな。それも毎回」
「バカな家族」
「そう、私たちはその子孫」
「確かに。私もそのバカの一人だわ。」
侘助も栄との別れを終え、輪の中に加わる。
これで24人全員が同じ釜の飯を食らうことができる。
「でもでも、何か策はあるんでしょ?」
「今から奴をリモートで解体する。だが間に合うかどうか五分五分だ。そこで…」
「混乱の原因はアカウントを奪われていること。もっと有効な手段で奪い返すには、どうしたらいいか」
「有効な手段?」
「これです」
健二は机の空いたスペースに花札を置いた。
「花札…」
「なるほど」
ラブマシーンは好戦的な性格をしている。
花札とてゲーム。
しかも賭け金として、アバターを設定することができる。
一世一代の大博打。
陣内家は、今ひとつになって人類悪と対峙しようとしていた。