陸
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『目が覚めたとき、お前は俺の奴隷になってるのだ』
うーん、気持ち悪い。
そもそも蜘蛛になるって何。
4本しか手足のない人間を蜘蛛にする毒とか一体何事?
分裂するのか?
分裂して8本になるのか?
いや、普通に考えて気持ち悪いからね。
毒が厄介なだけで鬼自身はそんなに強くないし。
いや、倒せなかった自分が言えるセリフじゃないけれど。
絶対あんた友達いないよ。
恋人もできない。
鬼になる前もいなかったんじゃないかな。
……あれ、これ誰の言葉だっけ。
そうだ、善逸だ。
あのひよひよな我妻善逸の言葉だ。
善逸はどうしてるんだろう。
というか、あれから何日経ってるんだ。
私蜘蛛になっちゃったのかな。
やだなぁ。
やだなぁ。
体がふわふわする。
力が入らない。
何も見えないのに薄っすらと眩しい光が見える。
みょーじおなまーえは3日ぶりに、意識を浮上させた。
++++++
消毒液の匂いと、ほこり臭い匂いが混じっている。
ほこり臭い匂いは自分の体からだった。
「起きましたか?」
耳の上で2つ結びをした少女が腰に手を当ててこちらを見下ろしていた。
髪飾りが蝶の羽になっている。
蝶って確かに見た目は綺麗そうだけど、実は生物学的には蛾と同じなんだよな。
活動時間が違うだけで。
それに鱗粉が手に着くと落ちにくいし、結局足は6本あるし。
「聞こえてたら返事をしてください。それとも耳が聞こえなかったりしますか?みょーじおなまーえさん」
「…聞こえてます」
気の強い少女の言葉に、おなまーえは動かしにくい首をコクリと縦に振った。
よく見るとこの子、鬼殺隊の制服を着ている。
救急箱を持っていることから、彼女が治療にあたってくれたのだろう。
「おなまーえ゛〜っ!!」
ふと隣のベッドから聞き覚えのある人物の汚い叫び声が聞こえてきた。
呼ばれたおなまーえはさっと布団を頭まで被って聞こえないフリをする。
「な、何で逃げるんだよー!」
「あなたも絶対安静です!大人しくご自身のベッドに戻ってください!」
少女の制止の声が聞こえたと思いきや、おなまーえの体にズシリと重力が加わる。
「わーーん!生きててよかったよー!!」
「布団に戻ってください!!」
「……」
「わーーん!!」
「…もう。私はしのぶ様におなまーえさんが目覚めたことを報告してきますから。それまでにベットに戻っててくださいねっ!」
二つ結びの少女、アオイは空気を読んで退散していった。
残った善逸は再びおなまーえの布団にすがりつく。
「おなまーえ全然目覚めなくてさ。手もほとんど蜘蛛みたいになっちゃってて、足なんて棒切れみたいになってて…!」
「……」
「死んじゃうかと思ったよぉ〜!!」
「…勝手に殺さないで」
おなまーえは渋々布団から顔を出す。
心配させたのは事実だ。
自分1人ではあの鬼を退治することはできなかっただろうし。
「ああ゛!!ぢゃんど女の子にもどっでる〜!!」
「ちゃんとって何よ、ちゃんとって」
「へぶっ!!」
飛びつこうとしてきた彼の頭を布団に沈める。
汚い顔。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして、彼はおなまーえのことをずっと心配してくれていた。
そんなことをいちいち感謝の言葉に置き換えたりなんてしないけれど、善逸の優しさは骨身に沁みた。
病室にはおなまーえと善逸の二人だけではなかった。
「善逸、その女の子と知り合いなのか」
「うぐ…ひっく…俺らの同期…」
「それは知ってる」
「お前俺のことは覚えてなかったくせに可愛い女の子のことは覚えてんのかよ!!」
おなまーえの隣の隣には、額に傷のある少年が横になっていた。
全身を包帯でぐるぐる巻きにされた彼は、よろよろと体を起こす。
「最終選別のときに死知川の腕折ってた子?確か竈門…」
「炭治郎です。竈門炭治郎。」
「炭治郎ね。よろしく。」
互いにベットの上から動けないので、善逸を間に挟んで初対面の挨拶を交わす。
「私の名前は…」
「俺が紹介する!」
善逸はズバッと手を上げて名乗り出た。
「え?」
妙にテンションの高い彼に、おなまーえは一瞬戸惑う。
なんで彼はみょーじおなまーえの紹介をそんなにしたがっているのだろうか。
ポカンと口を開けている当人を置いてけぼりにして、勝手に人の紹介を始める。
「俺とこの子の出会いは最終選別のとき。鬼に襲われていた俺を助けてくれた彼女はまるで百合の花のようで…」
「……」
「善逸、俺はこの子の名前を知りたいんだ」
「だぁーもう!炭治郎はせっかちなんだから!!もっと情緒とかムードを大切にしなよね!」
うっとりと、まるでラジオのナレーションのようにいい声で話をしていた彼は、やれやれ仕方ないとばかりに首を振る。
仕切り直して善逸はおなまーえの手を取った。
「この子の名前はおなまーえ。我妻おなまーえ、俺の婚約者さ!!」
「はい?」
「…は?」
一同呆然。
おなまーえは思考回路が追いつかない。
三日間も寝ていた弊害だろうか?
思考回路が鈍っているのか、それとも浦島太郎現象が起きているのか。
いや、冷静に考えよう。
たかが三日で知能がそこまで低下するわけがない。
(彼は今何と言った?我妻おなまーえ?婚約者?決して聞き間違いではないな、炭治郎もポカンとしているし。)
おなまーえはコンマ数秒でこの思考をこなし、次の瞬間には立ち上がり、善逸にバックドロップをかました。
「ッアァァーーアッ!!」
「誰が婚約者ですって?そんなに都合のいい頭は一度リセットが必要だね」
「やめて!頭痛い!ぐわんぐわんする!!」
「私は病人よ。これでも手加減してる方だと思うけど。」
「してないしてない!!ちょっと酷くない!?俺のこと好きって言ったじゃん!!嘘だったのあれ!?」
「やめろ善逸。みっともないぞ。これ以上恥を晒すな。」
炭治郎は、善逸と初めて出会った時のことを思い出す。
あの時も確か彼は、気分が悪いのかと声をかけてくれた女性に言い寄っていた。
今回も同じように「話しかけてくれた=俺のことが好き」という善逸方程式のもたらした結果なのだろうとため息をついた。
「確かに好きって言ったけれど」
「…え!?」
炭治郎は己の予想が外れたことに、いやそれ以上におなまーえが善逸を好きだと言ったと認めたということに驚きの声を上げた。
「ほらみろぉー!」
「人の話は最後まで聞けバカ」
おなまーえは再び彼の脳天に衝撃を与える。
「ってぇーー!!」
「たしかに好きだとは言ったけれど、それはあくまで人としてなんだからね?」
「そんなに照れなくてもいいんだよ!」
「照れない。あのさ、私あなたの優しいところが好きって言ったの。"友達として"善逸のことは好きって言ったの。」
おなまーえは最後の文を強調して、彼の耳によく聞こえるように耳の穴を広げて話す。
まぁそんなことしなくても、彼は耳がいいからちゃんと聞こえてはいるのだろうが。
「か〜ら〜のぉ〜?」
「以上」
「そんなわけないでしょぉお!?詐欺だよ!?ねぇこれ好き好き詐欺だからね!?」
「そんな犯罪があってたまるか」
おなまーえは善逸を床に転がし、自身の布団に潜り込む。
なかなか無理をしてしまった。
というか、私これ全治何ヶ月なんだ?
手足がひと回りもふた回りも小さいぞ。
背丈も、ただでさえ平均にギリギリ届くか届かないかというレベルなのに、今は10歳の幼子並みの低身長になってしまっている。
胴体より足が短くなるとか、農耕民族の日本人に対するいじめだろう。
善逸は床で伸び、炭治郎は呆れたように、ゴミ以下のものを見るように、干された彼を見た。
「善逸、お前同期にも手を出していたのか」
「…竈門炭治郎、"にも"とはどういう意味かしら?」
おなまーえはにっこりと笑顔を向ける。
しまった。
この子は善逸の女性に対する無節操さを知らないのだ。
鎮火しかけていた火に油をくべてしまったことに気がついても、もう時すでに遅し。
おなまーえは再び立ち上がり善逸の正面に立つと、しっかりと開いた手のひらを、彼の頬めがけて大きく横にふった。
――パァン