伍
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――ズルッ
側から見ていたおなまーえは目を見開く。
「善逸っ!!」
「ハハハッ!こいつ頭から落ちて死ぬぞ!」
鬼の言う通り。
木の上で意識を失ってみろ。
重心の重い頭から落下して、死に至るに決まっている。
ああ、この蜘蛛の糸が解けないのがもどかしい。
毒による動きの鈍りがなければ、こんな糸簡単に切れるのに。
それ以前に刀を落としてしまっているから、自分で斬ることすら叶わないけれど。
もう毒を打たれてから随分と時間が経った。
痛みは感じないものの、どうしようもない倦怠感が全身を襲う。
「っ…」
自分も善逸もここまでだ。
呆気ない。
本当に随分と呆気ない。
けれどこんなものなのだろう。
(私は、父のようにはなれない)
おなまーえは諦めて声を貼るのをやめた。
――シィィ
その時微かな呼吸音が聞こえた。
(呼吸?)
おなまーえは顔を上げる。
(…え?)
そこに木から落下する、気絶した善逸はいなかった。
彼は悠々と着地すると、こちらに向かって一直線で飛んでくる。
――シュバッ
あの速さはおなまーえ の足の最速に匹敵する。
いや、それ以上なのではないのか。
鬼は飛びかかってきた善逸に対し、毒の痰を吐き出す。
あれは浴びてしまうと木々や普通の洋服では溶けてしまう酸性の毒。
おなまーえの半々羽織も少し溶けてしまっている。
「…!」
善逸は鬼の攻撃を見た瞬間、空中で身をひねって軌道を変えた。
軽々と避けて着地をする姿は、木の上でうずくまっていた彼とはまるで別人である。
身体能力だけでなく、状況判断能力をもが格段に向上している。
「これは…」
まるで別人。
あのなよなよしかった善逸の面影は残っていなかった。
おなまーえは息を飲んだ。
一見、ひ弱で臆病でチキンで、あ、これ全部同じ意味か。
一見臆病な我妻善逸が最終試練を突破したとわかったとき、正直おなまーえは「運が良かったのだな」としか思わなかった。
初めて彼と出会った時。
みょーじおなまーえの助けがなければ、この男はあのまま鬼に食われてしまっていただろうと。
その後の6日間は運良く鬼に出会わなかったか、出会ったとしてもうまく朝まで逃げ切れたのだなと、その程度にしか考えていなかった。
彼に隠れた才能があるだなんて、微塵も感じなかった。
弱きを護る鬼殺隊士として、悪鬼を前に刃を振るわねばならないその時、善逸は緊張と恐怖が極限が超えて、失神するように眠りに落ちる。
――この眠っている間のみ、彼は本来の実力を発揮し、一流の隊士にまで肉薄することができる。
(…えぇ…なにそれ…)
少女はげんなりとした表情を浮かべる。
いや、普通にあり得ないだろう。
申し訳ないがもう一度言う。
普通にあり得ないだろう。
寝たら覚醒する?
いや、寝てるんだから覚醒なんてするわけないだろう。
第一目は見えてるのか?
耳は?
声は?
というか、寝ててあんな俊敏に動けるわけがない。
やっぱりもう一度言う。
普通にあり得ない。
(ていうか、え、あの鬼相手に互角に戦えてるし…毒は?…えぇ…)
寝ている善逸はおなまーえ でも目で追うのが精一杯なほど俊敏に動く。
毒なんてまるで浴びていないかのように軽々と。
身体能力も大幅に向上しているのではないだろうか。
みょーじおなまーえは多少のことには驚かないと自負していたが、こればかりはイレギュラーすぎて彼女は目を回した。
地面に着地した善逸は再び先ほどと同じ構えをとる。
「飛びかかれ!」
だが鬼蜘蛛が、地面を這っていた人面蜘蛛に命令を下してそれを阻止する。
善逸は同じ構えを何度もとるも、ことごとく鬼に邪魔されていく。
(……もしかして善逸、同じ技しか使えない?)
腰の柄に手を置き、状態を低くし少した、居合斬りのような構え。
その状態から入る神速の踏み込みの一閃は、普通の人間には勿論、鬼の目ですら捉えられず、ただ瞬間移動したかのように見えるのである。
善逸は己の才覚と修練の全てをこの技の研鑽に費やした結果、天剣絶刀の威力と雷光の疾さを誇るに至った。
『1つの技しか使えないのであれば、1つの技を極めろ。』
泣いていい。
逃げてもいい。
ただ諦めたくない。
信じるんだ。
地獄のような鍛錬に耐えた日々を。
極限まで叩き上げた、誰よりも強靭な刃となって。
その刃こそが我妻善逸のできる唯一の技『雷の呼吸 壱の型・霹靂一閃』。
彼がたったひとつを極めに極めた、珠玉の技なのである。
善逸は地面を駆け回り、蜘蛛から逃れようとする。
鬼と蜘蛛共は、彼に体勢を整える間も与えない。
走り回る善逸に鬼が毒を吹き付け、善逸の着物が溶ける。
毒が回り、痛みと痺れる手足のせいで、動きが鈍くなっている証拠だ。
――ガクン
彼に毒が回り始めてからそろそろ15分。
善逸はとうとう膝をついた。
(……親のいない俺は誰からも期待されない)
誰も、俺が何かを掴んだり、何かを成し遂げる未来を夢見てはくれない。
誰かの役に立ったり、一生に1人でいいから誰かを守り抜いて幸せにするささやかな未来ですら、誰も望んではくれない。
一度失敗して泣いたり逃げたりすると、あぁこいつはダメだと離れていく。
でもじいちゃんは何度だって根気良く俺を叱ってくれた。
何度も何度も逃げた俺を、何度も何度も引きずり戻して。
明らかにちょっとアレ殴りすぎだったけど、俺を見限ったりしなかった。