hollow ataraxia《承》
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――すんすん
鼻をヒクヒクさせて、それに導かれるようにおなまーえは当て所なく歩く。
「んー、いい匂い…」
ランサーに見られたら犬みたいだなとバカにされてしまう。
ただし仮に言われたとしたら、本人にそのつもりはなく、褒め言葉なのである。
クランの猛犬はそういう男だ。
「……あれ」
たどり着いたのは衛宮士郎の自宅。
この匂いの元凶はここだったか。
台所らしきところから賑やかな声が漏れてくる。
「先輩、お鍋の方お願いします」
「わかった」
「んー!おいしそー!いっただっきまーす!」
「こら、つまみ食いはやめろ」
「あ!タイガずるいわ!私も食べたい!」
なんて事のない、食事の支度。
ちょっと騒がしいけど、これが彼の望んだ日常だったのだろう。
「……羨ましいなぁ」
そしてそれはおなまーえにも言えること。
誰かとともに食事をしたことなんて、数える程しかない。
「また、ランサーと朝ごはん食べたいな…」
もう叶わない
――ガラリ
「じゃあ醤油買ってくるから。藤ねぇ、あんまり桜を困らせるなよ!」
「はーい」
「あ、いってらっしゃい、先輩!」
少年が衛宮邸から出てきた。
おなまーえは10メートル先の電信柱からひょこりと顔を覗かせる。
「げっ」
「む。なにその幽霊でも見たような顔は。」
彼の仰け反り方は、おおよそ女性に対しての反応ではない。
たしかに登場の仕方がホラー映画のそれっぽかったから、少年がこうして驚くのもわけないのだが。
柱の陰から現れたのがおなまーえだと悟ると、少年は安堵のため息と、謝罪の言葉を述べる。
「あ、いや、すまん…」
「いいよ。衛宮くんはお買い物?」
「ああ。ちょっと醤油が切れててな。」
「ご一緒しても?」
「構わないよ」
宵の明星が存在を主張し出す。
オレンジ色に染まった道路に影が二つ並んだ。
「衛宮くん、今学校どんな感じなの?」
「どんな感じって、別にいつも通りだけど……ああ、そろそろ文化祭があるからその準備もあるかな」
「文化祭か。いいなー、楽しそうだなー。」
「おなまーえも来るか?お化け屋敷出すとこなら喜んで雇ってくれると思うぞ」
「衛宮くんひどーい!」
ゆるゆると日が沈んでいく。
まだ店には着かない。
「アンタ、おばけ扱いするなって言う割には、その服といい言動といい、実はまんざらでもないんじゃないのか?」
「そんな倒錯趣味はないんだけど、この服そんなに変?」
「変ではないが…アンタが着るとちょっとゾッとする。他にもまともな服持ってただろ?」
「まぁ持ってることには持ってるけど…これ、一応お気に入りだから」
お姫様よろしく、ちょんとスカートの裾を持ち上げた。
白色は純真無垢な証。
何者にも染まらない、花嫁の証。
「…まぁ気に入ってんなら仕方ないか」
スーパーに辿り着く。
どこにでもあるような、一般的な作りだ。
もう日は完全に沈んでいた。
「私は外で待ってるよ」
「そうか?じゃあ急いで買ってくるよ」
「ごゆっくりー」
散歩中の犬よろしく、おなまーえは外で待機する。
リードは付いていないが、彼女はそこから一歩も動けない。
ごゆっくりと言った手前、待つのは当然のことなのだが、1人はあまりにも退屈で、地面を蹴った。
「……幽霊みたい、か」
全く失礼な話だ。
足はきちんと生えているし、水場が好きなわけでもない。
柳の木の下なんて行かないし、テレビから出てきたりもしない。
不気味な洋館の二階から見下ろしたりもしていないし、息子のために村人を監禁して殺したりもしていない。
月が大きく見える。
そういえば海外の映画で、月に照らされると本性を現す、ゾンビの海賊がいた。
自身の手を月にかざす。
「……よかった。普通だね。」
手と胸を撫で下ろした。
――わんっ
今度は本当に犬が連れられてきた。
まだ子犬だ。
よちよちと歩く姿のなんと愛らしいことか。
飼い主はリードを柱にくくりつけ、店内に吸い込まれていく。
「……あなたも待ちぼうけ?」
――わんっ、わんわんっ
「そう。お前はいい子だね。」
そういいながら手をゆっくり犬の頭を撫でようとして――
「っ――」
手を下ろした。
柔らかそうな毛並みに、おなまーえが触れることはなかった。
無垢な瞳は周囲すべてに興味を示す。
柱、店の自動ドア、駐車場の石垣、商品の棚。
だが子犬の目にはおなまーえの姿は映らなかった。