短編
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いつかそんな日が来ると思っていた。
「千石って亜久津くんと仲良いよね」
なんて、そういう風に見られてるとはつゆ程思ってなかった俺は、どうかなあと曖昧に笑う。
「テニス部…にも来てないし、会っても挨拶する程度だけど」
そして大概スルーされる。鋼の心、もう慣れた。
「会話する関係なら立派な友達だよ!」
「意外と強引だなあ小波、そういう子好きだよ俺は」
「千石!協力して欲しいんだ!!」
俺の好きだよには全く反応せず、小波は鼻息荒く俺に迫ってくる。
「好きなの私…亜久津くんのことが!」
倒置法で言うかな、とぼんやり思った。
中学も3年生になれば男女交際してる輩も多い。俺も彼女が欲しいなと常々思う。しかし海よりも深く空よりも広い心の持ち主でなければ、俺と付き合うことはできないのではないだろうか。非は俺にある。女の子皆が好きなのだ。俺は。
「自分で鈍臭いと自覚してるんだけど」
小波は恥ずかしそうに口を開く。
部活の前の僅かな時間でいいのでとりあえず話を聞いて欲しい、と言われたのだ。
「2ヶ月くらい前かな、先生に頼まれたプリントの束を踊り場で派手にぶちまけてしまって、しかもその日風が強くて、窓全開だし、プリントはどんどん飛ばされちゃって、でもがんばって拾ってたんだけど」
よくマンガで見るシチュエーションだ。姉ちゃんの持ってるマンガの主人公は大抵鈍臭い。
「まさか亜久津が手伝ってくれたの?」
「なにそれまるで亜久津くんが冷たい人みたいじゃない」
「ごめんごめん俺の勝手なイメージ」
冷たいわけじゃないんだよなあ、亜久津は。優しいところももちろんある。檀くんのこと可愛がってるし、それは知ってる。
「それでね、しっちゃかめっちゃかな現場に亜久津くんが偶然通りかかったの。散らばったプリントと私を一瞥して、無言で通り過ぎたわけ」
「拾わないんだ?!」
思わず身を乗り出して突っ込む。なんだなんだ亜久津冷たいやつだなあ。
「最後まで聞いて。慌てて拾ってたら私プリントで滑って転んじゃって、倒れたと思ったのになぜか痛くないのよ」
そこまで言うと小波は顔を赤くして続けた。
「亜久津くんが私のこと転ばないように支えてくれてたんだ」
…
「美奈子!」
俺の姿を見つけた美奈子は嬉しそうに手を振って駆け寄ってくる。まるで犬のようだ。
「清純〜春休みぶりだね!!」
「まあ会ったの一昨日だし、なんなら毎日連絡とってるけどね」
「それより学校広くない?ここにたどり着くまですごい迷っちゃった」
えへへと笑う美奈子は、中学生の時と変わらない笑顔で俺を見る。
「でも良かった、清純が居てくれたら大学生活も安泰!友達100人できそう!」
「女の子の友達ばかりになると思うよ」
本当に良かった、と美奈子は繰り返す。
清純が居てくれたら安心だよ。
その言葉に俺は喜びを感じていた。
「学科違うけど、一緒に受けられる授業取ろうよ。ご飯食べながら考えようか」
食堂は同じ新入生らしき人たちでごった返していた。システムをあまり理解できないまま、先輩っぽい人の見よう見まねで定食を頼み、なるべく静かな席に座る。
「…聞いたよ、亜久津から」
美奈子が困ったように息を吐いた。
「美奈子のこと心配してた」
「そういう優しさはいらないんだよなあ」
冷たい人でいてくれた方がいいんだよ、と冗談っぽく言って、笑顔を作り損ねた。
「…昨日フラれたんだ、私」
うまくいってるように見えていた。会えば挨拶する関係になった二人は中学を卒業して、別々の高校に進学し、ある日偶然再会したのだ。高校2年の秋、ようやく付き合えたのだと電話口で泣いていた。中学3年の夏に初めて打ち明けられてからずっと相談に乗り続けた身としては、心から嬉しく思ったものだ。
「そっか…」
いや、どうだろう。
その思いは気付いた時から胸の底にあった気がする。最近直視することができるようになったのだ。
同じ中学の同じクラス、同じ高校に進学して、同じ大学の食堂で、今も友達として向き合っている。
ねえ、美奈子。聞いてみたかったことがあるんだ。
もしも、あの時転ばないように助けたのが俺だったら、俺のこと好きになってた?
…
ずっと近くにいたら、ずっと一緒に居られるかもしれない。
中学生の俺に会ったら、肩を掴んで揺さぶりながらこう言いたい。
「今ならまだ間に合うよ」
高校生の俺には「高2の秋祭りの日、友達との約束より美奈子との約束を優先させろ。まだ間に合う」
大学生の俺にはなんて言おうか。
「冷たくなってしまった唐揚げ定食のことは一旦忘れろ。目の前の彼女をすぐに抱きしめるんだ。きっとまだ間に合う」
今の俺にまだ間に合うなんて声はかけられまい。有名な映画のようになってしまう。
何もかもから逃げるバスの中で、あの二人は幸せだったのだろうか。
「清純に一番に伝えたかったんだ」
その後に大事な友達だから、そう言われたら俺はもう、笑いながら二人の幸せを願うしかできない。
「ありがとう美奈子。…それから結婚おめでとう」
こんなに幸せそうな美奈子の顔を、俺は初めてみたかもしれない。
ちくしょう、羨ましいぜ亜久津。
ウエディングドレス姿も綺麗なんだろうな、と遠くない未来を想像する。
「なんだかんだ中学からの同級生だから友人代表の挨拶とかお願いされちゃったりして」
「気が早いよ〜まだ何にも決めてないんだから」
ここからの逆転ホームランはないだろう。姉ちゃんの持ってるマンガでなら見たことあるような気がする。
もしも、もしもそんな奇跡が起きたら、亜久津よ、許してくれ。
それまでは一生、彼女の幸せだけを願うから。