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雲一つない晴天。この猛暑にも関わらず、今日も勤め先の茶屋は大繁盛だ。接客があまり得意ではない私だけど、その不慣れさが逆に好評で嫌々ながらも看板娘を任されている。最後のお客さんを営業スマイルで見送った後、ずっと我慢していた疲労の溜め息が零れた。
この茶屋を経営している老夫婦にはとてもお世話になっている。でもいくら体調が優れないとはいえ、大切なお店をこんな小娘一人に任せてしまって不安はないのだろうか。そんな何度目になるか分からない疑問を抱きながら、ちらりと時計を見れば午後四時過ぎ。そろそろ私の大好きで大嫌いな時間がやってくる。
「***ちゃん聞いてよぉぉ!!」
「近藤さん、迷惑です。どうせ来るなら笑顔でご来店ください。」
この繁忙期に店番を一人でしているのも、苦手な接客業を続けているのも、この時間にこの人の笑顔を見るためだ。でも素直じゃない私はそんな気持ち、表には微塵も出さない。まあもし無意識に出してしまったとしても、鈍感なこの人じゃ絶対に気付かないだろう。
最近の近藤さんはいつも泣いている。今日も可愛らしく両手で顔を覆って、乙女よりも乙女らしく泣くものだから、こちらまで憂鬱な気分になってくる。彼の笑顔を見たのはいつが最後だったろう。でも歓喜しているならしているで複雑だ。片想いをしている女性と上手くいっているということだから。
「俺だってしたいよ!でも…いや、シたいってそういう意味じゃなくて!」
「…通報して良いですか?」
「いや、俺が警察だから!!」
「世も末ですね。」
皮肉を込めた満面の笑みで応えると、近藤さんはがっくりと項垂れた。その隙に彼を縁台に誘導して、頼まれてもいないお団子とお茶を準備する。請求すれば文句一つなく支払ってくれるので、最近では注文されなくても用意している。この茶屋で一番高いヨモギ餡団子の金粉がけ(近藤さんのみに提供)を置き、隣に腰掛けると近藤さんはポツリと呟いた。
「またお妙さんに振られた…」
「何度も言ってますけど、ここは愚痴り屋じゃありません。」
「だって真面目に聞いてくれるの***ちゃんだけなんだもん…」
近藤さんと初めて出会ったのは二年前。他愛のない会話で生まれた貴方の笑顔に、何処までも純粋な貴方の性格に、私の心は瞬時に奪われてしまった。その頃はまだ近藤さんに好きな人はいなくて、私も告白する勇気なんてなかったから、ただ一緒に居るその時間が
最初は真剣に相談に乗っていた。苦しくて、悲しくて、もう止めてほしくて、だけど拒絶することで不要になるのが怖かった。慟哭を押し殺してでも貴方の側に居たかった。…でも、もう無理かもしれない。"お妙さんはもう諦めて新しい恋を見付けたらどうですか?"自分が言われたら一番嫌な言葉で近藤さんを足蹴にした。それなのに貴方は、その悪意さえも笑顔で受け流しちゃうんだ。
「ねえ、俺の何がいけないと思う?」
そんなの私が教えてほしい。彼女は近藤さんの何が不満なのだろう。こんなに素敵で一途な人、人生で滅多に会えるものじゃない。まあ唯一の弱点を挙げるなら、鈍感なところかな。貴方を好きな人の前で何の悪気もなく、自分の好きな人の話をしちゃうところ。そこが嫌い。でもそこも含めて貴方が好き。だから駄目なところなんて、これっぽっちも見当たらない。…そんなこと口が裂けても言えないけれど。
「知らないです。」
「え!欠点はないってこと?!」
「…そういうところ。」
どうしてそこだけポジティブ思考になれるんだろう。彼女からの言葉もそうやってプラスに捉えればもっと笑顔で居られるだろうに。
「そういえば***ちゃん、片想い中の人とはどうなったの?」
まさか今その質問を投げ掛けられるとは思わなくて、不覚にも表情が強張る。
告白もせずに玉砕したあの日から少しして、優しく微笑む近藤さんに聞かれたのだ。"***ちゃんは好きな人いないの?"だから我慢できなくて、少しでもこの気持ちを理解してほしくて、片想い中の人がいることを伝えた。もしかしたら気付いてくれるかもなんて、少女漫画のような淡い期待を寄せて。
「…振られました。」
「え?!マジで?!こんな美女を振るなんて、なんて贅沢なヤツなんだ!」
でも貴方は気付いてくれなかった。近藤さんへの想いを語れば語るほど、"羨ましい"だの"応援する"だの貴方は心底嬉しそうに笑った。それがどれほど残酷なことかも知らないで。だからもう聞きたくなくて、自嘲するように笑って言ったんだ。
「前にも言いましたけど、その人にも好きな女性が居るから仕方ないですよ。」
「***ちゃんに告白なんてされたら、俺なら絶対 心移りしちゃうけどな。」
それ以来、近藤さんが私の想い人について詮索することはなくなった。気遣ってくれたんだと思う。私があまりにも泣きそうな顔で笑ったから。でも今の言葉は聞き捨てならない。どうしてそんな無責任なことが言えるの。どうしてそんな心にもないことが言えるの。もし私が告白したって貴方は…
「…、お茶のお代わり持ってきます。」
表情を見られたくなくて、私は急いで台所に引っ込んだ。涙目だったの気付かれなかったかな。そんな不安を抱きつつ、私は生温い壁に凭れて泣いた。早く戻らないと近藤さんが心配する。我慢したいのに、いつもの仏頂面に戻らなきゃいけないのに、涙が止まらない。久々にひどく傷付いた。たとえ貴方の言葉に悪意がなかったとしても、無知ってとても罪深い。
「***ちゃん、」
すぐ近くで近藤さんの声がした。嗚咽を抑えるのに必死で全く気付かなかった。これ以上、醜態を晒したくなくて急いで目元を拭う。そして勝手に入ってこないでと悪態を吐こうとした瞬間、視界いっぱいに真選組の制服が広がった。それが近藤さんの腕の中だと理解した時、想像以上に逞しい胸板に余計悲しくなった。そして呼吸できないくらい力強く抱きしめられる。
「無神経なこと言ってごめん。片想いって辛いよな。おじさんの胸でいくらでも泣くといい。」
拭ったはずの視界が歪む。どうして私が必死に隠した感情に気付けるのに、このどうしようもない貴方への好意に気付けないの。いつか貴方は、この勇猛な腕で愛する彼女を抱くのでしょう。優しい眼差しで変わらぬ愛を囁くのでしょう。なのにどうしてこんな中途半端に与えるの。期待させるの。もう貴方のことなんて嫌いになりたいのに。ねぇ、どうして…
「諦めないで一緒に頑張ろう。」
この鈍感!
私は貴方みたいに強くないんだよ。
(…勲さん、)(あれ?なんか今、名前呼んだ?)(呼んでません。セクハラで訴えますよ。)(え!?何で?!)
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