Charlotte
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「バージル」
眩しいほど白い世界の中で、俺を呼ぶ声がした。
ゆっくり目蓋を開けば、幼い黒髪の少女の姿。
エリだった。
小さな妹はいつも俺たちの後をついていた。
血は繋がらないけれど、エリが本当の兄妹のように懐いて頼ってくれるのが、くすぐったかった。
いつも微笑みながら俺の名前を呼ぶ妹を、ぼんやりと「守りたい」と思った。
ずっと俺が守るから、ずっと傍で笑ってほしい。
声には出さないが漠然と、そうしたい、そうなればと思った。
だけど、それは叶わなかった。
その現実に突き当たった時、この白い世界は夢だと気づく。
夢なら幼い妹が微笑んで生きていても不思議ではない。
彼女は小さな手を伸ばして、俺の右手を掴む。
温かい。
懐かしい感覚だった。
守りたかったこのぬくもり。
柄にもなく感傷に浸り、目を伏せると、妹の姿が変わる。
艶やかな黒髪に同じ色の瞳を縁取るような長い睫、赤い唇。
妹は、成長していた。
幼い頃の面影を僅かに残す彼女の笑み。
俺の手を握ったままの妹は、何かを囁いた。
懸命に耳を凝らしたが、何を言っているかはわからなかった。
ただ彼女の微笑みは、相変わらず心を穏やかにさせてくれる。
「おはよう、バージル」
エリは朝食を持ってバージルのもとを訪れた。
今日はこの間の一件があってか、幾分頬は赤みを増して顔色が良い。
トレーを机に乗せ、バージルに向き直る。
「もう起きてて大丈夫?」
「…そうだな、いい加減良くなった」
本当はだいぶ前から肉体的には回復していた。
ただ精神的に動く気持ちになれなかっただけだ。
まだ外に出る気分ではないし、エリが世話してくれるのでこの中にいるだけである程度事足りた。
彼女は何も求めないし、何も聞いてこない。
ただ、優しい。
エリが出て行って、ひとりで黙々と食事を取る。
食べないと彼女が悲しむと思ったし、出されるものは口に合った。
頃合いを見てエリは食器を片付けにやってくる。
わざわざそうして貰うのも申し訳ないという感情も、芽生え始めた。
「…なんか、ごめんなさい」
「突然どうした?」
エリはトレーを持って、バージルに言い掛ける。
いつもと同じ微笑みの中には僅かな悲しみの色が見える。
「全部私のエゴだってわかってるの」
どういうことだと思った。
黙ったままでいると、彼女は続けた。
「バージルを連れて帰ってほしいってダンテに頼んだの、私。また家族揃って暮らすのが夢だったから。でも、そんなの押し付け」
知らない間にそんなやりとりがあったとは知らなかった。
エリに頼まれたから、ダンテは自分を殺さずに連れ帰った。
疑問に思っていたことが少し解消される。
「ごめんね、こんなこと言って」
「…エリ」
エリは言うだけ言ってそそくさと出て行こうとしたので、思わず引き留める。
どうやら、ずっと無気力に部屋に引きこもって出て来ようとしないことに、責任を感じているらしい。
別に、エリのせいではないのに。
バージルはエリからトレーを取り上げ、ベッドに座るよう促した。
「少し落ち着け」
「ありがとう…バージル」
お礼を言う場面ではないと思うのに、素直にお礼を言う彼女。
子どもの頃と変わらない姿に、思わず和んでしまう。
そういえば、こんな風にまともに2人っきりになるのは初めてだ。
何となく気まずい中、エリの隣に座ると、彼女は緊張しているのか身を固くしている。
昔はくっついて過ごしていたのに、10年の隔たりはやはり長かった。
しかし、こうしていると今お互いに共に巡り会えたことに、間違いはなかったと確かに感じる。
エリも無言で隣に座ってくれたバージルが、心的に少しずつ歩み寄ってくれているのがわかった。
変なことを言ってしまったことも、後悔した。
「バージル、どうだ?」
エリがバージルの使った食器を洗っていると、ダンテが後ろから聞いてくる。
なんだかんだでダンテもバージルの心配をしてくれて、自然と笑みがもれた。
「もう完治したみたいだよ。食事も全部食べてくれるの」
「そうか」
ダンテはバージルが目覚めてからも1度も会いに行っていない。
エリはこれまで2人がどうやって再会したのかとかテメンニグルで何があったのかとか、何も聞いていないが、無理矢理に引き合わせたりするのは違うと思っていた。
自分とバージルが歩み寄るのに時間が掛かるように、双子とはいえ2人も何年も会っていなかったのだから、いきなりうまくいく訳ではないと理解した。
ただ今ぼんやり考えることは、自分は恵まれていたということだ。
「ねぇ、ダンテ。私、ダンテがそばにいてくれて良かったと思ってる」
エリは蛇口をひねり、皿についた泡を洗い流す。
振り向いてくれないのでダンテからは彼女の表情は見えない。
「ダンテがいたから今まで頑張れた。ひとりだったら多分潰されてた」
母親が殺され、自分ひとりだけ残されたとしたら、きっと今までまともに生きていけなかっただろう。
生きていたとしても、今のように昔から変わらない精神を持ち続けられたか自信がない。
「だけど、バージルはずっとひとりだったんだよね。それってどんな風だろうって最近考えるの」
突然何を言い出すかと思えば。
ダンテはエリが落ち込んでいる訳ではないと知って、胸を撫で下ろした。
同時に彼女がひとのことを真剣に考えすぎていて、可笑しくなってくる。
「…お前優しすぎだろ」
「そんなことないよ」
エリは濡れた手をタオルで拭きながら振り返って、笑いながら否定する。
妹がいれば、俺たち家族はきっと大丈夫だ。
ダンテはぼんやりと感じていた。
end.