【第4章】今も変わらない何か
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「…今日はここに泊まる」
「え…あ、はい」
2人で中庭から寝室に戻ると、閻魔刀を片手に握ったバージルさんが私に言った。
多分私のことを思って言ってくれていて、あくまでも真剣な表情なのに勝手に頬が熱くなった。
グリフォンたちがいなくなって、身体が軽くなってすっきりしたような感覚と…すぐ傍でお喋りできていたのができなくった、寂しさの方もやっぱりあった。
「何か…想像したか?」
今本当の意味で2人っきり。
心が結ばれて、いつそうなっても構わない私がいる。
まだ熱い頬のまま、しっかり深く頷く。
バージルさんを見つめる自分の瞳がとろんとして誘っているように見えないか、ちょっと心配だ。
「うん…だってベッドがひとつしかないから」
「今は身体を休めろ」
さっきまで心臓の痛みとか魔獣を操って体力を消耗していたせいか、ただ頭に右手を乗せられてぽんぽんされる。
子ども相手にする仕草みたいで、少し恥ずかしくなって来た。
「バージルさん…はしたないって思った?」
「いや…素直でいい」
バージルさんが口角を上げたので軽蔑されてないならいいやと思った時、唐突に腰を引き寄せ抱き締められる。
「また今度丁寧に抱いてやる…アリア」
今度っていつ?
なんて野暮な質問ができないくらい、熱を帯びた甘い口調で耳に直接流し込まれ、なんだか身体の力が抜けてしまった。
どきどきする胸を抑えながら、なるべく冷静を装ってバージルさんの顔を見つめると、相変わらずにやりとして私と同じように瞳は熱を帯びている。
「…っ…バージルさんなんか大胆になったね…」
「お前への愛を認めたからな」
「…好き」
とにかく私の体調を気遣ってくれているのが分かって、でも、せめて気持ちだけでも伝えたくて私はまた囁いた。
今まで多くのことがあったけど、バージルさんが大好き。愛してる。
「……あまり煽らない方がいい」
「え?」
「間違ってお前の身を傷付けたら困る」
そう言っておでこにそっと唇を押し当てるバージルさんに、返って身体の奥が熱くなってしまった。
「今日は…キスだけだ」
「ん…」
また優しく口付けてくれて、ちょっと名残惜しくなりながらお互いに少し距離を取る。
これ以上したら、そろそろ本当に引き返せなくなるのはさすがに私自身も分かってる。
脈打つ胸に当てていた左手を解くと、改めて薬指にあるターコイズブルーの小さな指輪が目に入った。
私はバージルさんと契約した。
魂が対価で、勿論人間の私には不利なのかもしれない。
半魔の寿命がどれくらいあるか分からないけど、バージルさんとずっと一緒にいられるなら、これ以上嬉しいことはない。
私が死ぬか、バージルさんが死ぬまで契約が切れない。
文字通り「死が2人を別つまで」の契約。
「バージルさん、私たちって…結婚するんですよね」
「そうだ。不満か?」
思い違いだと嫌だから確認すれば、バージルさんは僅かに眉を歪める。
もしかして逆に不安にさせてしまったかもしれないと、今度は私からバージルさんの胸に飛び込んだ。
きっかけとか出逢いは普通じゃなかったし、私自身も未来の旦那さんもただの人間じゃないけど、今満たされていることは確かだ。
「ううん、幸せ」
「良かった…アリア」
その後、もうかなり夜も更けていたのでバージルさんは先に私にシャワーを譲ってくれ、髪を乾かして1人でベッドで横になっているうちに眠ってしまっていた。
バージルさんが出て来るまで待っているつもりだったのに、自分で気づかないうちにかなり疲れていたらしい。
初めて一緒に眠る夜にちょっと勿体ない。
次に太陽の光と鳥の声に目を開けば、バージルさんの顔のアップで心臓が飛び出すんじゃないかと思うくらいびっくりした。
「バージルさん!!起きてたんですか…!」
「アリアの気配で目覚めた。よく眠れたようだな」
時計もセットしていなかったから、自然に目覚めるまで寝てしまった。
それこそバージルさんがいつベッドに入って私の隣で横になったか分からないくらい。
いつも上げている銀髪が下ろされているのが少し幼く見えて、ちょっと可愛い。
「おはよう…バージルさん」
「ああ、おはよう」
朝の挨拶をして、瞳を細めたバージルさんが短めのキスをくれる。
今、とっても幸せ。
今日お店をお休みにして、体力的にも精神的にも本当に良かった。
自然とだらしない顔をしてしまうのをなんとか取り繕って、遅めの朝ご飯を一緒に食べた。
半魔のバージルさんは食事をしなくても生きていけると言っていたけど、最近私と同じように3食取っていて、人間の私に合わせてくれているのかなとちょっと思う。
食事中にバージルさんが、1度ダンテさんの事務所に荷物を取りに戻ると言うので、私も同行することになった。
とりあえず、まずダンテさんに結婚について報告する。
今日から早速バージルさんは私の家に住むことに決め、追々私の母にも挨拶に行かなきゃいけない。
心配させるかもしれないから、勿論悪魔関係のことは内緒にしておくつもりだ。
食器の片付けを終えた後、閻魔刀を構えるバージルさんから距離を取り、十字に宇宙のような空間が現れたところを手を引かれながら一緒に一歩踏み出した。
「門」を潜ってすぐ目の前に事務所のネオンサインが広がって、何度見ても便利だなと思った。
バージルさんは一応自宅だからかチャイムもノックもせずにドアノブを捻り、室内で気配に気付いたであろうダンテさんが顔を出す。
「ダンテさん、こんにちは」
私の顔を見て驚いたように少し目を開いたダンテさんに、何か言われる前に先に声を掛ける。
「久しぶり、アリアちゃん。その調子だと…なーんか色々あったみたいだな」
どことなく重い声色と真剣な眼差しで私を見てから、にやりとしてバージルさんを見た。
やっぱりダンテさんにも、私の身体からグリフォンたちがいなくなったのは分かってしまうんだろう。
「…お前が思う一部の下衆な想像はない」
「マジで?」
バージルさんに視線をやったのはちょっと分からなかったけど、すぐに私も理解して頬が熱くなった。
「アリア、こいつと会話すると下品になる」
「え…でも」
「おい、酷ぇな」
バージルさんがダンテさんを無視して部屋に向かおうとするから、いつ言い出すんだろうとつい立ち止まってしまう。
でも、そのまま振り向くこともなく一直線に歩いて行くので、私もそれについて行った。
その間にも私たちに張り付いて来るダンテさんの視線…どこか刺すようなそれを感じて勝手に背中がぞわぞわする。
以前1度部屋を使わせてもらった時も思ったけれど、バージルさんの持ち物は必要最低限で、ウィリアムブレイクの詩集と洋服、日用品くらいだった。
すぐに荷造りは終わってしまい、その間ダンテさんは事務所の机でなんだかぼんやりしていた。
再び2人で前に並べば、荷物を手にしているバージルさんの姿に珍しく眉間に少しのしわを作っている。
「…俺はこれからアリアと共に暮らす」
「一応聞くが…ひとりで勝手に言ってんじゃねぇだろうな?」
「私も同じ気持ちです」
さっきからちょっとぴりぴりした雰囲気を纏っているダンテさんに、懇願するように両手を組んで即答した。
なんでダンテさんがそうなっているのか、私に心は読めないけどバージルさんとの仲を認めてほしい。
その時、恐らく初めてダンテさんの視界に薬指の指輪が映ったのか、目線を横に逸らした後やっと口角を上げてくれた。
でも、どこか瞳の奥に尖ったものを秘めたダンテさんに、恐怖心めいたものを感じる。
「そうか…そりゃめでたいな。アリアちゃん、これから末永くよろしく」
内容までは分からないけど、私とバージルさんが契約した事実は丸分かりだろう。
私はとりあえずゆっくりお辞儀して、次に頭を上げた時にはダンテさんは以前と同じように優しい笑みを浮かべていた。
ほっとしたのに、心臓は反対にどくどく脈打っている。
この人は…敵に回したら本当にまずい。
人間でしかも戦闘について心得がある訳ではない私にも、一連の流れでよく感じ取れた。
バージルさんが手にした荷物を床に置いて、私の腰を引き寄せてくれたので、その温もりで段々落ち着いて来る。
ともかく、仲を認めてくれたのは事実で本当に心の底から良かった。
「バージルが所帯持つって…マジで信じられねぇ。あ、ネロにも連絡しなくちゃな」
ダンテさんは思い付いたように受話器に手をやって、今にもコールしそうだ。
でも、私は「ネロ」という人については今まで一切何も言われていないので、目を丸くするしかない。
「ネロ…?」
疑問のイントネーションで名前を呼ぶと同時に、バージルさんがダンテさんの腕をぐっと掴みに行った。
ただ…やっぱりダンテさんの口元までは静止することはできない。
「ネロはバージルの息子で…なんだよ、バージル」
一瞬思考停止してから、息子という単語の意味を改めて頭の中で検証してみる。
逃避できない現実に突然ぶつかって、私は口を開いた。
「息子?バージルさん、子どもがいたんですか!?」
「誤解だ、アリア!いや…いるにはいるが」
「やっぱりいるの!!私、どうしよう…」
「頼む、説明させてくれ!」
珍しくバージルさんが声を張り上げて、私に弁解を求めている。
初恋で婚約もして、しかも契約までしてしまった…。
息子がいる事実は何も言われていない私にとって、ショック以外何ものでもない。
「やべー修羅場…?」
「貴様…許さんぞ!」
「いや、だって一緒になるなら言わねぇ訳には…」
「ものには順序というものがある…!」
「何常識的なこと言ってんだよ。てか、焦ってるアンタも面白いな」
2人が言い争っているのが画面の向こう側みたいに見えて、気づいたら私は事務所のソファに座らせられていた。
バージルさんが好きな気持ちは変わらないのに、頭がついて行かない。
息子がいるってことは…奥さんもいる?
でもそうしたら、私にプロポーズしてくれたのはどうして?
色々と考えてしまったけど、バージルさんは私の瞳を食い入る様に見つめながら真剣にひとつずつ説明してくれ、どうにか不安を解消させることができた。
逆にダンテさんがここでぽろっと情報を漏らしてくれて良かったかもしれない。
「ていうか、そういうことは先に言っとけよ…女の子にはキツいぜ?」
「…そればかりは何も言えん」
バージルさんの息子だと言うネロさんには後日こちらから連絡することに決め、今日はこれで私の家に帰宅することになった。
バージルさんは今までダンテさんと一緒に悪魔狩りをすることも多かったから、これから依頼が来た時には私のお店に電話を入れてくれるらしい。
短時間なのに色々とあって、ちょっと疲れてしまった…。
気晴らしに帰り道は自分たちの足で帰ろうという話なって、閻魔刀は刀袋に入れられた。
人間社会で生きるには仕方ないけど、すでに知識が色々ある私にはバージルさんに背負われた閻魔刀が少し可哀想にも思える。
多分バージルさんも同じことを考えているだろうな。
「すまんな…怖がらせただろう」
レッドグレイブに着いて大通りを歩いている時、唐突にバージルさんが口を開く。
私が怖がるようなこと?
「息子」のインパクトが強すぎてすぐに分からない。
何のことだろうと記憶を辿れば、ダンテさんのぴりぴりした態度に思い当たった。
「…ダンテさんですか?」
「今日会った時からアリアの「時の流れ」が変わったのは分かったはずだ。それが俺の力だというのも」
荷造りしている時ぼんやりして見えたのは、そこまで見抜いて色々考えていたからかもしれない。
私が悪魔憑きだった時にも会っているのに、あんな態度取られたことはなかった。
ダンテさんからは最初、バージルさんが無理矢理私の寿命を弄ったように見えたのかな…。
お互い合意の上だったから、認めてくれたのか。
ダンテさんの悪魔の姿は見ていないけど、あの時の殺気のようなものは確実に「この人が本気を出したらすぐに殺される」とわかった。
ダンテさんもバージルさんも、見た目は人間だけどやっぱり「悪魔」だ。
「あいつは…俺がここまで本気だとは思わなかったんだろう。人間のお前とずっと共に…などと」
バージルさんが空いている方の手で私の左手を取って、ターコイズブルーの指輪を見つめる。
私たちの契約の証でマリッジリングでもある。
「私は…これで良かった。もうあなたなしの人生は考えられないから」
私の今があるのは、あの時Vが私を見つけてくれて最後まで私を見捨てなかったからだ。
そして今また…私を見つけてくれて、一緒に時を刻んでくれている。
「偶々好きになった人が半魔だっただけ」
「アリア」
手を繋いで歩きたいなと、私はそのまま目を細めたバージルさんと指を絡ませた。
他の人から見て恋人同士だと分かるような仕草に、くすぐったような温かい気持ちになる。
それは握り返してくれたバージルさんも同じだと信じてる。
また少しすると、3年前のあの日の記憶が蘇ってくる場所に辿り着いた。
「あ…」
「ああ、あの時のキャンディーストアか。リニューアルしていたんだな」
グリフォトの根が私のお店にも現れて、Vが隣街まで送り届けてくれた途中にあったところだ。
確か皆で一緒にチョコチップクッキーを齧った。
「…覚えてるんだね」
「全て思い出したと言っただろう。なんならお前の3年間も断片的に記憶がある」
「えぇ!?どんな!?」
「そうだな…」
「やっぱりやめて!」
にやりと笑ったバージルさんの頭の中にどんな記憶がよぎったか分からなくて、頬を赤くした私は思わず叫んだ。
きっと3年間一緒にいたグリフォンたちの記憶の一部がバージルさんにも引き継がれてしまったんだろう。
お互いに共通の思い出を話せたのが嬉しくて、店内に入ったら内装はほとんど同じだった。
勿論あの時のチョコチップクッキーも置いてあったので何枚か買ってしまった。
「帰ったらお茶にしましょう、バージルさん」
「ああ」
紙袋に入ったクッキーを見て冷静になってみれば、あの時は勝手に食べた訳だから泥棒になるのかな?と一瞬頭によぎる。
そうしたら私は他にもスーパーから食材をもらってしまったし、「非常事態」だったから仕方ないか…。
なんて、すっかり「日常」にいる今振り返ると、3年前には当たり前に「生きるのに必要なこと」は何でもしていたと分かる。
帰宅後早速クッキーをお皿に盛り、大好きなオレンジティーの茶葉をティーポットにセットした。
準備している間にバージルさんには寝室にあるチェストに、持って来た洋服を収納してもらう。
蒸らし終わったポットをスプーンで底の方から数回混ぜて、ティーカップに注いでいる時にちょうどバージルさんが戻って来た。
そう言えば…
あの日も周りの危機的状況から離された私のお店で、何度もお茶をしていた。
今バージルさんと、こうしてまた同じようにしている。
あの時私たちが願ったことはだいたい叶っている。
レコードプレーヤーに「ただ1度だけ」をセットして、ソファに並んで座った。
ティーカップを持って紅茶を口にしてから、バージルさんが微笑んでくれる。
「私、この茶葉お気に入りなの。どうですか?」
「後味がすっきりしていいな」
お互いにクッキーもひと口齧って咀嚼している間、私はひとりで「普段澄ましたひとがお菓子を手にしてるのは可愛いなぁ」とか考えていた。
「この曲…」
バージルさんは私の視線に気づいてかそう言い掛けて…改めて流していた「ただ1度だけ」に意識が移る。
歌詞の「夢かもしれない」とか「黄金の輝き」という部分が3年前のデイリリーの思い出に重なって、最近よく聴いていた。
バージルさんはまたひと口紅茶を飲んでから、私をじっと見つめた。
「…やつに代わった方が良かったか」
「え?」
「お前の「お気に入りの曲」だろう」
ドイツ語の曲だけど映画が有名なこともあって、バージルさんも知っていたみたい。
言わなくても気づいてもらえたのに、ちょっとびっくりもしてしまった。
「バージルさん分かっちゃったんだ…やつってV?」
「ああ…あの日やり残したひとつかと思ってな」
「確かに…それはそうかもしれない」
結局私はVに「私の好きな曲」を紹介できずに、あの1ヶ月を終えた。
3年間Vに会えなかったからこそ、この曲が自分のもののように思えたのもあって今は複雑。
「ただ1度だけ」が流れる映画の恋は叶わないけど、私の恋は今叶っているし…。
答えに困っていれば、バージルさんはベビーブルーの瞳を細めた。
「俺はもう…俺の人間の部分を認めている。Vに代わっても記憶を曖昧にすることはない」
バージルさんがVに代わった昨日の晩、Vは「俺はどんな姿でも愛されている」と言っていた。
私の気持ちはまさにVが言った通りで、今バージルさんが「私のお気に入りの曲」を分かってくれたので十分な気も…する。
勿論、Vにも会いたいけれど…。
バージルさんはVの存在を認めてくれている。
きっと、今では…「そうありたい姿」でいてくれればいい。
「人間が諦めなかった…今俺がお前といるのはその結果だ」
ぽつりぽつりと自分の気持ちを話してくれるバージルさんに、私は自然と微笑んでいた。
「すまん、会話の方向が謎だな…」
「全然!大丈夫です…!」
「…必要な時にまたVになろう」
紅茶もクッキーもそのままに、腰に手を回され引き寄せられる。
胸元に頬を寄せれば鼓動が聞こえて、やっぱり安心感に包まれた。
バージルさんが顔を覗き込んで来て、私も瞳をじっと見つめ返す。
「今は…お前を「独り占め」したい」
「うん…」
「俺もVも嫉妬深いのは変わらんな」
にやりと口角を上げて更に顔を近づけてくるから、心臓がとくんと脈打った。
「アリア…キスを」
言われてから改めて目を閉じ優しく唇が重なって、細められたベビーブルーに吸い込まれそうになる。
「…愛してる」
「私もです…バージルさん」
「甘い、な」
2度目の短いキスもクッキーの味がして、なんだかくらくらしてしまった。
私はきっと、これからも何度も「この人」に恋をしてしまう。
あの日中庭に咲いていた、たくさんのデイリリーのように。
【デイリリーの咲く頃に】END
「え…あ、はい」
2人で中庭から寝室に戻ると、閻魔刀を片手に握ったバージルさんが私に言った。
多分私のことを思って言ってくれていて、あくまでも真剣な表情なのに勝手に頬が熱くなった。
グリフォンたちがいなくなって、身体が軽くなってすっきりしたような感覚と…すぐ傍でお喋りできていたのができなくった、寂しさの方もやっぱりあった。
「何か…想像したか?」
今本当の意味で2人っきり。
心が結ばれて、いつそうなっても構わない私がいる。
まだ熱い頬のまま、しっかり深く頷く。
バージルさんを見つめる自分の瞳がとろんとして誘っているように見えないか、ちょっと心配だ。
「うん…だってベッドがひとつしかないから」
「今は身体を休めろ」
さっきまで心臓の痛みとか魔獣を操って体力を消耗していたせいか、ただ頭に右手を乗せられてぽんぽんされる。
子ども相手にする仕草みたいで、少し恥ずかしくなって来た。
「バージルさん…はしたないって思った?」
「いや…素直でいい」
バージルさんが口角を上げたので軽蔑されてないならいいやと思った時、唐突に腰を引き寄せ抱き締められる。
「また今度丁寧に抱いてやる…アリア」
今度っていつ?
なんて野暮な質問ができないくらい、熱を帯びた甘い口調で耳に直接流し込まれ、なんだか身体の力が抜けてしまった。
どきどきする胸を抑えながら、なるべく冷静を装ってバージルさんの顔を見つめると、相変わらずにやりとして私と同じように瞳は熱を帯びている。
「…っ…バージルさんなんか大胆になったね…」
「お前への愛を認めたからな」
「…好き」
とにかく私の体調を気遣ってくれているのが分かって、でも、せめて気持ちだけでも伝えたくて私はまた囁いた。
今まで多くのことがあったけど、バージルさんが大好き。愛してる。
「……あまり煽らない方がいい」
「え?」
「間違ってお前の身を傷付けたら困る」
そう言っておでこにそっと唇を押し当てるバージルさんに、返って身体の奥が熱くなってしまった。
「今日は…キスだけだ」
「ん…」
また優しく口付けてくれて、ちょっと名残惜しくなりながらお互いに少し距離を取る。
これ以上したら、そろそろ本当に引き返せなくなるのはさすがに私自身も分かってる。
脈打つ胸に当てていた左手を解くと、改めて薬指にあるターコイズブルーの小さな指輪が目に入った。
私はバージルさんと契約した。
魂が対価で、勿論人間の私には不利なのかもしれない。
半魔の寿命がどれくらいあるか分からないけど、バージルさんとずっと一緒にいられるなら、これ以上嬉しいことはない。
私が死ぬか、バージルさんが死ぬまで契約が切れない。
文字通り「死が2人を別つまで」の契約。
「バージルさん、私たちって…結婚するんですよね」
「そうだ。不満か?」
思い違いだと嫌だから確認すれば、バージルさんは僅かに眉を歪める。
もしかして逆に不安にさせてしまったかもしれないと、今度は私からバージルさんの胸に飛び込んだ。
きっかけとか出逢いは普通じゃなかったし、私自身も未来の旦那さんもただの人間じゃないけど、今満たされていることは確かだ。
「ううん、幸せ」
「良かった…アリア」
その後、もうかなり夜も更けていたのでバージルさんは先に私にシャワーを譲ってくれ、髪を乾かして1人でベッドで横になっているうちに眠ってしまっていた。
バージルさんが出て来るまで待っているつもりだったのに、自分で気づかないうちにかなり疲れていたらしい。
初めて一緒に眠る夜にちょっと勿体ない。
次に太陽の光と鳥の声に目を開けば、バージルさんの顔のアップで心臓が飛び出すんじゃないかと思うくらいびっくりした。
「バージルさん!!起きてたんですか…!」
「アリアの気配で目覚めた。よく眠れたようだな」
時計もセットしていなかったから、自然に目覚めるまで寝てしまった。
それこそバージルさんがいつベッドに入って私の隣で横になったか分からないくらい。
いつも上げている銀髪が下ろされているのが少し幼く見えて、ちょっと可愛い。
「おはよう…バージルさん」
「ああ、おはよう」
朝の挨拶をして、瞳を細めたバージルさんが短めのキスをくれる。
今、とっても幸せ。
今日お店をお休みにして、体力的にも精神的にも本当に良かった。
自然とだらしない顔をしてしまうのをなんとか取り繕って、遅めの朝ご飯を一緒に食べた。
半魔のバージルさんは食事をしなくても生きていけると言っていたけど、最近私と同じように3食取っていて、人間の私に合わせてくれているのかなとちょっと思う。
食事中にバージルさんが、1度ダンテさんの事務所に荷物を取りに戻ると言うので、私も同行することになった。
とりあえず、まずダンテさんに結婚について報告する。
今日から早速バージルさんは私の家に住むことに決め、追々私の母にも挨拶に行かなきゃいけない。
心配させるかもしれないから、勿論悪魔関係のことは内緒にしておくつもりだ。
食器の片付けを終えた後、閻魔刀を構えるバージルさんから距離を取り、十字に宇宙のような空間が現れたところを手を引かれながら一緒に一歩踏み出した。
「門」を潜ってすぐ目の前に事務所のネオンサインが広がって、何度見ても便利だなと思った。
バージルさんは一応自宅だからかチャイムもノックもせずにドアノブを捻り、室内で気配に気付いたであろうダンテさんが顔を出す。
「ダンテさん、こんにちは」
私の顔を見て驚いたように少し目を開いたダンテさんに、何か言われる前に先に声を掛ける。
「久しぶり、アリアちゃん。その調子だと…なーんか色々あったみたいだな」
どことなく重い声色と真剣な眼差しで私を見てから、にやりとしてバージルさんを見た。
やっぱりダンテさんにも、私の身体からグリフォンたちがいなくなったのは分かってしまうんだろう。
「…お前が思う一部の下衆な想像はない」
「マジで?」
バージルさんに視線をやったのはちょっと分からなかったけど、すぐに私も理解して頬が熱くなった。
「アリア、こいつと会話すると下品になる」
「え…でも」
「おい、酷ぇな」
バージルさんがダンテさんを無視して部屋に向かおうとするから、いつ言い出すんだろうとつい立ち止まってしまう。
でも、そのまま振り向くこともなく一直線に歩いて行くので、私もそれについて行った。
その間にも私たちに張り付いて来るダンテさんの視線…どこか刺すようなそれを感じて勝手に背中がぞわぞわする。
以前1度部屋を使わせてもらった時も思ったけれど、バージルさんの持ち物は必要最低限で、ウィリアムブレイクの詩集と洋服、日用品くらいだった。
すぐに荷造りは終わってしまい、その間ダンテさんは事務所の机でなんだかぼんやりしていた。
再び2人で前に並べば、荷物を手にしているバージルさんの姿に珍しく眉間に少しのしわを作っている。
「…俺はこれからアリアと共に暮らす」
「一応聞くが…ひとりで勝手に言ってんじゃねぇだろうな?」
「私も同じ気持ちです」
さっきからちょっとぴりぴりした雰囲気を纏っているダンテさんに、懇願するように両手を組んで即答した。
なんでダンテさんがそうなっているのか、私に心は読めないけどバージルさんとの仲を認めてほしい。
その時、恐らく初めてダンテさんの視界に薬指の指輪が映ったのか、目線を横に逸らした後やっと口角を上げてくれた。
でも、どこか瞳の奥に尖ったものを秘めたダンテさんに、恐怖心めいたものを感じる。
「そうか…そりゃめでたいな。アリアちゃん、これから末永くよろしく」
内容までは分からないけど、私とバージルさんが契約した事実は丸分かりだろう。
私はとりあえずゆっくりお辞儀して、次に頭を上げた時にはダンテさんは以前と同じように優しい笑みを浮かべていた。
ほっとしたのに、心臓は反対にどくどく脈打っている。
この人は…敵に回したら本当にまずい。
人間でしかも戦闘について心得がある訳ではない私にも、一連の流れでよく感じ取れた。
バージルさんが手にした荷物を床に置いて、私の腰を引き寄せてくれたので、その温もりで段々落ち着いて来る。
ともかく、仲を認めてくれたのは事実で本当に心の底から良かった。
「バージルが所帯持つって…マジで信じられねぇ。あ、ネロにも連絡しなくちゃな」
ダンテさんは思い付いたように受話器に手をやって、今にもコールしそうだ。
でも、私は「ネロ」という人については今まで一切何も言われていないので、目を丸くするしかない。
「ネロ…?」
疑問のイントネーションで名前を呼ぶと同時に、バージルさんがダンテさんの腕をぐっと掴みに行った。
ただ…やっぱりダンテさんの口元までは静止することはできない。
「ネロはバージルの息子で…なんだよ、バージル」
一瞬思考停止してから、息子という単語の意味を改めて頭の中で検証してみる。
逃避できない現実に突然ぶつかって、私は口を開いた。
「息子?バージルさん、子どもがいたんですか!?」
「誤解だ、アリア!いや…いるにはいるが」
「やっぱりいるの!!私、どうしよう…」
「頼む、説明させてくれ!」
珍しくバージルさんが声を張り上げて、私に弁解を求めている。
初恋で婚約もして、しかも契約までしてしまった…。
息子がいる事実は何も言われていない私にとって、ショック以外何ものでもない。
「やべー修羅場…?」
「貴様…許さんぞ!」
「いや、だって一緒になるなら言わねぇ訳には…」
「ものには順序というものがある…!」
「何常識的なこと言ってんだよ。てか、焦ってるアンタも面白いな」
2人が言い争っているのが画面の向こう側みたいに見えて、気づいたら私は事務所のソファに座らせられていた。
バージルさんが好きな気持ちは変わらないのに、頭がついて行かない。
息子がいるってことは…奥さんもいる?
でもそうしたら、私にプロポーズしてくれたのはどうして?
色々と考えてしまったけど、バージルさんは私の瞳を食い入る様に見つめながら真剣にひとつずつ説明してくれ、どうにか不安を解消させることができた。
逆にダンテさんがここでぽろっと情報を漏らしてくれて良かったかもしれない。
「ていうか、そういうことは先に言っとけよ…女の子にはキツいぜ?」
「…そればかりは何も言えん」
バージルさんの息子だと言うネロさんには後日こちらから連絡することに決め、今日はこれで私の家に帰宅することになった。
バージルさんは今までダンテさんと一緒に悪魔狩りをすることも多かったから、これから依頼が来た時には私のお店に電話を入れてくれるらしい。
短時間なのに色々とあって、ちょっと疲れてしまった…。
気晴らしに帰り道は自分たちの足で帰ろうという話なって、閻魔刀は刀袋に入れられた。
人間社会で生きるには仕方ないけど、すでに知識が色々ある私にはバージルさんに背負われた閻魔刀が少し可哀想にも思える。
多分バージルさんも同じことを考えているだろうな。
「すまんな…怖がらせただろう」
レッドグレイブに着いて大通りを歩いている時、唐突にバージルさんが口を開く。
私が怖がるようなこと?
「息子」のインパクトが強すぎてすぐに分からない。
何のことだろうと記憶を辿れば、ダンテさんのぴりぴりした態度に思い当たった。
「…ダンテさんですか?」
「今日会った時からアリアの「時の流れ」が変わったのは分かったはずだ。それが俺の力だというのも」
荷造りしている時ぼんやりして見えたのは、そこまで見抜いて色々考えていたからかもしれない。
私が悪魔憑きだった時にも会っているのに、あんな態度取られたことはなかった。
ダンテさんからは最初、バージルさんが無理矢理私の寿命を弄ったように見えたのかな…。
お互い合意の上だったから、認めてくれたのか。
ダンテさんの悪魔の姿は見ていないけど、あの時の殺気のようなものは確実に「この人が本気を出したらすぐに殺される」とわかった。
ダンテさんもバージルさんも、見た目は人間だけどやっぱり「悪魔」だ。
「あいつは…俺がここまで本気だとは思わなかったんだろう。人間のお前とずっと共に…などと」
バージルさんが空いている方の手で私の左手を取って、ターコイズブルーの指輪を見つめる。
私たちの契約の証でマリッジリングでもある。
「私は…これで良かった。もうあなたなしの人生は考えられないから」
私の今があるのは、あの時Vが私を見つけてくれて最後まで私を見捨てなかったからだ。
そして今また…私を見つけてくれて、一緒に時を刻んでくれている。
「偶々好きになった人が半魔だっただけ」
「アリア」
手を繋いで歩きたいなと、私はそのまま目を細めたバージルさんと指を絡ませた。
他の人から見て恋人同士だと分かるような仕草に、くすぐったような温かい気持ちになる。
それは握り返してくれたバージルさんも同じだと信じてる。
また少しすると、3年前のあの日の記憶が蘇ってくる場所に辿り着いた。
「あ…」
「ああ、あの時のキャンディーストアか。リニューアルしていたんだな」
グリフォトの根が私のお店にも現れて、Vが隣街まで送り届けてくれた途中にあったところだ。
確か皆で一緒にチョコチップクッキーを齧った。
「…覚えてるんだね」
「全て思い出したと言っただろう。なんならお前の3年間も断片的に記憶がある」
「えぇ!?どんな!?」
「そうだな…」
「やっぱりやめて!」
にやりと笑ったバージルさんの頭の中にどんな記憶がよぎったか分からなくて、頬を赤くした私は思わず叫んだ。
きっと3年間一緒にいたグリフォンたちの記憶の一部がバージルさんにも引き継がれてしまったんだろう。
お互いに共通の思い出を話せたのが嬉しくて、店内に入ったら内装はほとんど同じだった。
勿論あの時のチョコチップクッキーも置いてあったので何枚か買ってしまった。
「帰ったらお茶にしましょう、バージルさん」
「ああ」
紙袋に入ったクッキーを見て冷静になってみれば、あの時は勝手に食べた訳だから泥棒になるのかな?と一瞬頭によぎる。
そうしたら私は他にもスーパーから食材をもらってしまったし、「非常事態」だったから仕方ないか…。
なんて、すっかり「日常」にいる今振り返ると、3年前には当たり前に「生きるのに必要なこと」は何でもしていたと分かる。
帰宅後早速クッキーをお皿に盛り、大好きなオレンジティーの茶葉をティーポットにセットした。
準備している間にバージルさんには寝室にあるチェストに、持って来た洋服を収納してもらう。
蒸らし終わったポットをスプーンで底の方から数回混ぜて、ティーカップに注いでいる時にちょうどバージルさんが戻って来た。
そう言えば…
あの日も周りの危機的状況から離された私のお店で、何度もお茶をしていた。
今バージルさんと、こうしてまた同じようにしている。
あの時私たちが願ったことはだいたい叶っている。
レコードプレーヤーに「ただ1度だけ」をセットして、ソファに並んで座った。
ティーカップを持って紅茶を口にしてから、バージルさんが微笑んでくれる。
「私、この茶葉お気に入りなの。どうですか?」
「後味がすっきりしていいな」
お互いにクッキーもひと口齧って咀嚼している間、私はひとりで「普段澄ましたひとがお菓子を手にしてるのは可愛いなぁ」とか考えていた。
「この曲…」
バージルさんは私の視線に気づいてかそう言い掛けて…改めて流していた「ただ1度だけ」に意識が移る。
歌詞の「夢かもしれない」とか「黄金の輝き」という部分が3年前のデイリリーの思い出に重なって、最近よく聴いていた。
バージルさんはまたひと口紅茶を飲んでから、私をじっと見つめた。
「…やつに代わった方が良かったか」
「え?」
「お前の「お気に入りの曲」だろう」
ドイツ語の曲だけど映画が有名なこともあって、バージルさんも知っていたみたい。
言わなくても気づいてもらえたのに、ちょっとびっくりもしてしまった。
「バージルさん分かっちゃったんだ…やつってV?」
「ああ…あの日やり残したひとつかと思ってな」
「確かに…それはそうかもしれない」
結局私はVに「私の好きな曲」を紹介できずに、あの1ヶ月を終えた。
3年間Vに会えなかったからこそ、この曲が自分のもののように思えたのもあって今は複雑。
「ただ1度だけ」が流れる映画の恋は叶わないけど、私の恋は今叶っているし…。
答えに困っていれば、バージルさんはベビーブルーの瞳を細めた。
「俺はもう…俺の人間の部分を認めている。Vに代わっても記憶を曖昧にすることはない」
バージルさんがVに代わった昨日の晩、Vは「俺はどんな姿でも愛されている」と言っていた。
私の気持ちはまさにVが言った通りで、今バージルさんが「私のお気に入りの曲」を分かってくれたので十分な気も…する。
勿論、Vにも会いたいけれど…。
バージルさんはVの存在を認めてくれている。
きっと、今では…「そうありたい姿」でいてくれればいい。
「人間が諦めなかった…今俺がお前といるのはその結果だ」
ぽつりぽつりと自分の気持ちを話してくれるバージルさんに、私は自然と微笑んでいた。
「すまん、会話の方向が謎だな…」
「全然!大丈夫です…!」
「…必要な時にまたVになろう」
紅茶もクッキーもそのままに、腰に手を回され引き寄せられる。
胸元に頬を寄せれば鼓動が聞こえて、やっぱり安心感に包まれた。
バージルさんが顔を覗き込んで来て、私も瞳をじっと見つめ返す。
「今は…お前を「独り占め」したい」
「うん…」
「俺もVも嫉妬深いのは変わらんな」
にやりと口角を上げて更に顔を近づけてくるから、心臓がとくんと脈打った。
「アリア…キスを」
言われてから改めて目を閉じ優しく唇が重なって、細められたベビーブルーに吸い込まれそうになる。
「…愛してる」
「私もです…バージルさん」
「甘い、な」
2度目の短いキスもクッキーの味がして、なんだかくらくらしてしまった。
私はきっと、これからも何度も「この人」に恋をしてしまう。
あの日中庭に咲いていた、たくさんのデイリリーのように。
【デイリリーの咲く頃に】END